第6話 薬の効果はバツグンだ!?
──恋に効く不思議な薬。
あの日、雑貨店で聞いた女の子達の話では、それを摂取した相手は自分のことを好きになってくれる──そのはずだった。
──相乗効果を狙うなら、やっぱりこっちじゃない?
そう言って、その材料を入れ替えたのは私。
思い返してみれば、あの中には心も体も高揚させる作用を持つ物があった。
互いに持つ作用を最大限に引き出すことばかりを考えていて、そもそもその材料の効果が出た場合、『体はどのような状態になるのか』ということが、頭からすっぽり抜けていた。
(これは、この師匠の状態は……もしかして)
──私、やっちゃった……!?
ずりっ……と一歩、足を後ろに動かす。
その動きに気づいた師匠は、私を見上げてきた。
私の表情でなにかを読み取ったのか、彼が口を開く。
「そこのバカ弟子……一体なにをしたんだい?」
「え、えっとぉ~……なんのことでしょう?」
熱を含んだ妖しい紫色の瞳が『逃がさない』と言っている。
逃がしてください、と私はもう一歩後ろに下がった。
「マナカ……っく! なにをしたのか……いい加減言いなさい」
師匠の目がスッと細くなる。それを見てゾクッと背中に悪寒が走った。
この目は、正座で説教一日コースになる五秒前……!
イヤ! あれはもうイヤ!!
「あう……あう……ご、ご、ごめんなさーい!」
私は床に膝をつき、顔の前で両手を組んで、祈る様に師匠に謝り倒した。
**
「私の食事に……『恋愛薬』を入れた。そして風呂にも……」
「はっはいぃいい! ごべんなさいぃいいいい!」
私は師匠にゲロった。
素直にゲロゲロした。
洗いざらい喋って、もう言うことはありません! と宣言できるくらい詳細に喋った。
街の雑貨店で女の子達が『恋に効く不思議な薬』の話をしていたこと。
そのレシピを盗み聞きして、作ってみようと思ったこと。
材料がおかしいことに気づいて、効果を最大限に出すことだけを考え、組み合わせを変えたこと。
データが欲しくて、被験者に師匠を選んだこと。
「師匠だったら、なにが起きても対処できると思って……!」
そう告げることで、その薬を作るきっかけとなった自分の恋心をひた隠す。
あわよくば……なんて思ってたことがバレたら、恥ずかしい。
もし、それで『マナカのことを恋愛対象として見ていない』とか言われたら、『そんな風に考えていたのなら出て行け』とか言われてしまったら……怖い。立ち直れない。
「なる……ほどね」
はぁ……と師匠が息を吐く。
薬の効果を、自身の魔力でなんとか押さえつけようとしているように見えた。
時折、「くっ」という声が聞こえて、体の内側で戦っているように思える。
「マナカ……これ、普通の人間だったら、理性なんてとっくに吹っ飛んでいるからね?」
「……へ?」
「被験者を私に選んだのは、実は良かったようで悪かったね……っく……自分自身で色々と実験もしたから、なにかしらの耐性があったんだろう。それできっと効果が出るまでに時間がかかったんだっ……っ……っ」
「あ、そっか……! 耐性!」
「それで、薬の量は? どのくらい使ったんだい?」
「え、えーと……」
明後日の方を向いて、頬をぽりぽりとかく。
その行動を見た師匠が「まさか」と目を見開いた。
「……全部、使ったのかい?」
「…………はい」
あまりにも効果が出ないから、最後はお風呂に全部入れてやった。
彼は額に手をあてて、頭が痛いという仕草をする。
「ちなみに、使った材料の量は……?」
「えっと──」
自分の指を折りながら、入れた材料の名と分量を口にする。
すると、師匠が床に突っ伏した。
「し、師匠!? 大丈夫ですか!?」
「……これが大丈夫に見えるのかな? この、バカ弟子……ッ……はぁ……これは困ったね」
「どっどういうことですか?」
「私の力だけじゃ抑えることは、難しいってことだ、よ。マナカ。すまないがちょっと伝令を、いや、もう夜も遅いからお前を走らせるわけには……いかないな」
彼はヨロヨロと立ち上がると、部屋のクローゼットを目指し歩き始めた。
その中からマントを取り出し、前かがみになった体を隠す。
「ちょっと、街へ行ってくる。お前は寝ていなさい」
「えっ……? でも、師匠……その状態では」
「……ああ。これを鎮めるために、……っ……娼館に行ってくる」
──娼館。
つまり、それは、師匠が女の人とそういうことをするって……こと?
口づけを交わして、知らない誰かと肌を重ねるって……ことなの?
師匠が部屋を出て行く。
私は呆然と立ち尽くしていた。
(……うそ……でしょ)
彼も良い年齢の男性。年を考えたら、もう奥さんがいてもおかしくないし、彼女がいてもおかしくない。
その両方がいないのであれば、娼館という場所を利用していたとしても……おかしくはない。
前世の知識で性に関するものは、ぼんやりと頭にある。理解している。
でもそれが分かっていることと心は別物だ。私の心臓はギリギリと締めつけられた。
(……イヤ……イヤッ! ルシード様が誰かを抱くなんて、絶対にイヤ!!)
私は師匠の部屋を飛び出して、屋敷の玄関へと向かう。
ちょうど外へ出ようとしていた彼を見つけて、その背中に抱きついた。
「行かないでください! 師匠っ!」
「……マナカ?」
「わ、私じゃ……ダメですかっ!? 私がするから……だから、お願い。行かないで」
「するって、お前……自分が何を言っているのか、分かってるのかい?」
「分かってます! 私だってもう十八ですっ! 大人です!」
ぎゅうぅぅっと強く彼を抱きしめる。離れるものかと必死にしがみついた。
「……っく……離れなさい」
「イヤです!」
「マナカ」
「イヤったらイヤッ!」
師匠に腕を引っ張られ、私は彼の胸の中にすっぽりと収まった。
顔を上に向けると、視界は師匠の瞳しか映らない。
「──んうっ!?」
キス……してる。
師匠と……ルシード様とキス……してる?
彼の唇が離れて、コツンとおでこが当たった。
突然のことにドキドキしている心臓がまた飛び跳ねそうなことを師匠は口にする。
「この先をお前は知っているのかい? なにをするのか分かっているのかな?」
「……知ってる。……わかってます」
「そう。……では、一度、部屋に戻ろうか」
私の背中に彼の手が添えられ、歩くことを促された。
シンッ……とした廊下をコツン……コツン……とふたり歩く音だけが響く。
(勢いで、するとか言っちゃったけど、私本当にするの!?)
前世の知識はあれど、経験らしきものはなかった……かもしれない。
思い出せないだけかな?
(あ、あれ? 私ってそういえば下着ってなに着けてたっけ?)
頭の中がだんだん混乱してきて、気にするところはそこでいいのか!? と突っ込まずにはいられない。
気づけば、師匠の部屋の前にいた。彼が扉を開けて「どうぞ」と促す。
──ごくり。
私はこれから起こることを想像して、喉を鳴らすしかなかったのだった。
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