第5話 効果の観察
コンコン──師匠の部屋の扉を叩く。
そして、その扉を開いて私は部屋の主に声をかけた。
「師匠~ご飯できましたよ~」
「ああ……マナカ。すまないが、この部屋に食事を運んでくれるかい?」
「え゛?」
それはちょっと困る……!
えっと、えっと、どうしよう。
「……マナカ?」
「きょ、今日は、師匠と一緒に食べたいなぁ~!」
「なら、お前の分もここに……」
「お皿を運ぶの面倒なので! ここじゃないほうがいいです!」
胸の辺りを思いっきり右手でドンッ! と叩いてアピールする。
その行動を見た師匠は、きょとんとした顔をしていた。
(ふ、不自然だったかな?)
私はごくりと喉を鳴らし、彼の様子を伺う。
師匠は特に気にしてないようで、「お前がそう言うなら仕方ないな」と言って、こちらに向かって歩いてきた。
彼が部屋を出て、私もその後をついて行く。
(危なかったぁ! 薬の効果の観察ができなくなるかと思った~!)
薬は既に師匠の食事に混ぜてある。
今後もこのようなことがあるといけないので、次に直接摂取させるときは事前に混ぜなくていいものにしようと、うんうん頷きながら食堂へ向かった。
**
「今日も美味しそうだ」
師匠がそう言ってお昼を食べ出す。
私も自分の分のお皿を置いているけれど、薬の効果が気になりすぎて、フォークを持つ手が進まない。
チラチラと彼のほうを伺っているせいで、師匠から怪訝な顔をされた。
「さっきから、どうしたんだい? 私の顔になにかついているのかい?」
「あ、い、いえ! 今日の味はどうなのかな~って気になって……?」
「なぜ、疑問形なのかな? ……今日も美味しいよ」
「そう、ですか! それは良かったです!」
あは、あはは~! と笑ってみせる。
まったく……と呆れ顔の師匠は、フォークでお皿の上のお肉を突き刺した。
そして、それをパクリと食べる。
──ゴクリ。
師匠が嚥下するのと同時に、私も喉を鳴らした。
(お肉のソースに……薬を混ぜたの)
ドキドキする。もし、もしも、この『恋愛薬』が成功していたら、師匠は私のことを好きになってくれるだろうか?
そんな打算がないとは言えない。だって、薬の効果があるってことは、きっとそうなるってことなんだから。
紫色の瞳が動いて、私の瞳がぶつかった。
「…………」
沈黙が降りる。自分の心臓の鼓動の音だけが聞こえた。
「マナカ……このお肉だけど」
「ひゃ、ひゃい!」
ビクッと身体が跳ねた。その様を見て、師匠はもう一度怪訝な顔をする。
「さっきから一体何なんだい? マナカのその態度……さては、私になにか隠しているね?」
「隠してません! 隠してません! 昨日、ルーバ君のことは話したじゃないですかぁ!」
両手をぶんぶんと振って、なにもやましいことはありません! とアピールする。
「確かに、それもそうか……。ふむ? まぁいい。それよりもこのお肉のソース、いつもと味が違うようだね?」
「そっそそそそうですか!? お口に合いませんでしたか?」
「これはこれで美味しいよ。もう少し食べたいなと思って……おかわりはあるかな?」
「あっあります! 持ってきますね!」
私は立ち上がって師匠の方へ行き、お皿を受け取った。
台所へ行って、フライパンのような形状の鍋にまだ残っているお肉を皿の上に載せる。
(…………)
今のところ、師匠に変化はまったく感じられない。
薬の量が少なかったのかな?
そう思った私はソースの中にもう少しだけ『恋愛薬』を垂らして混ぜた。
「どうぞ」
「ありがとう……ん?」
師匠にお皿を差し出す。
彼は皿に載った肉をじぃっと見つめた。
(えっ……もしかして、気づかれてた!?)
ドキドキしながら、私は師匠に尋ねる。
「ど、どうかしましたか?」
「いや、なんでもない。気のせいだったようだ」
そう言うと彼はフォークに肉を刺して、ぱくりと食べる。
ぱく、ぱく、ぱくと彼は皿の中身を全て食べ終えてしまった。
「美味しかったよ」と言って師匠は立ち上がり、先に自分の部屋へと戻っていく。
(あ……あれぇ?? なんでぇ?)
薬に使った材料の効能を考えても、多少なりとも何かしらの変化があってもおかしくないはずなのに。……なにも起きなかった。
(即効性じゃないってこと……?)
もしかしたら、そうなのかもしれない。
だとしたら、一時間ごとくらいに彼の様子を観察しに行かなければ。
とりあえず、即効性じゃないらしいと気づいた私はそれまでの緊張を解く。
そしたら、急にお腹が空いてきた。
既に目の前にある冷めた昼食をパクリと食べ始める。
私も昼食を食べ終わったら自室に戻った。
本棚の間から、錬金術に関することをまとめている紙の束を取り出す。
束をペラペラとめくり、まだなにも書いていない真っ白なページに今日作った『恋愛薬』のレシピと、先ほど使った量と『即効性なし』の言葉を綴り、『要観察』の項目を付け足した。
その後、一時間ごとに師匠の部屋にお茶を持っていき、彼を観察してみる。
──変化なし。
夕飯時にまた混ぜて、お風呂にも入れてみた。
──変化なし。
これだけ変化がないということは、どうやら薬は失敗したみたい。
寝間着に着替えて、鏡の前で髪を梳きながら、はぁ……とため息を吐いた。
そもそも『恋に効く不思議な薬』なんてものが、真っ赤な嘘の塊なのかもしれない。それをベースにして作ったところで、まともな物などできない……そういうことなのかな。
(結構上手くできたと思ったんだけどなぁ~)
まぁ、いいや。もう寝よう。そう思って私はベッドへ向かう。
布団の中に潜り込んで、さあ寝るぞ! と思ったとき、ガターンッ!! と大きな音が隣から聞こえてきた。
大きな物音に驚いて、私は慌ててベッドから飛び出す。
部屋の扉を開けて、隣の扉の前に行き、それをドンドンと叩いた。
「師匠! 大丈夫ですか!? 開けますよ!!」
返事も聞かずにガチャリと扉を開けた。
開いた扉の向こうでは、師匠が床に膝をついている。
彼は、ふっ、ふっ、と荒い息をしているようだった。
「だっ……大丈夫ですか!?」
師匠に近づこうとすると、「来るなっ!」と大声を上げられた。
突然の怒鳴るような声に、体がビクリと竦む。
私が体を竦ませたことに、彼はハッとして「すまない。違うんだ」と漏らした。
十年経てども、私はまだ大人の大声で驚くときがある。昔を思い出して、体が固まってしまうのだ。
私はその場を動かず、彼に声をかけた。
「師匠……どうしたんですか? 具合でも悪いで──」
──すか?
そう言葉を続けたかったのだけれど、私はあることに気づいた。
──顔が赤い。息も荒い。肩は小刻みに震えている……?
額には汗が浮かび、その汗のせいで銀色の髪が首筋にも張りついており、壮絶な色気を醸し出していた。
紫色の瞳は情欲の色を含ませて潤んでおり、彼の股間は少し膨らんでいるように見える。
「これは……まさか……?」
──師匠が発情している!?
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