第4話 薬作り
「ううう……た、大変だった」
怒涛の質問攻め。
飲み物を飲む暇すら与えられないほどの、質問攻め。
この装置はなんなのか。何をするものなのか。
なぜこの形状なのか……などなど。
こちらとしては『前世で見たことある形状だったから』とか『そんな機能がついていたから』としか言えない。
けれど、師匠はその答えにくいところを、チクチク、チクチクと針で刺すように聞いてくる。
もういっそ、メーカーに直接問い合わせてほしい……切実に。
師匠に捕まって、ようやく解放されたのは夜。
どっぷりと夜も更け、外ではホーホーと鳥が鳴いている。
おぼつかない足取りでヨロヨロと歩き、湯浴みを済ませてから、自室に戻ると早々にベッドに入った。
布団にもぐった頃には、既にまぶたは半分ほど降りていて、ウトウトしながら今日の出来事を思い返す。
(ああ……今日、雑貨店で聞いた『恋に効く不思議な薬』の調合をやってみたかったなぁ……)
帰ってきて即師匠につかまってしまい、こんな時間になったのだ。
明日は早起きできるかな? 起きれたら、やってみよう。
ああ、まぶたが限界。落ちてくる。
そのとき、キィ……と自室の扉を開いたような音が耳に届いた。
私の近くに誰かが立っている気配がする。
「──……」
なにかを言っているようだが、ハッキリと聞こえない。
私はそのまま真っ黒な世界へと飛び立った。
そして、朝が訪れるまで、その世界から帰ってくることはなかった。
***
「う……ん……」
カーテンの隙間から陽が射しこみ、私のまぶたを刺激する。
目を閉じているはずなのに、眩しい。とても眩しい。
朝日が何度もまぶたをノックする。
瞬きをパチパチと繰り返して、それから身体を起こした。
ふああぁと大きなあくびをしながら、目を擦る。
天井めがけて、う~んと両手を伸ばし、まだ寝ぼけている身体に『起きろ』と合図送った。
「──よしっ!」
ベッドから立ち上がって、窓に近づいた。外を見て、太陽の位置を確認する。
空の色はピンクやオレンジ色、そして青とまだらになっていた。
どうやら、いつもより早く目が覚めたみたい。
「これなら、掃除の前にちょっとやれそうね……!」
私は急いで寝間着を脱いで、服を着替える。
そっと扉を開けて、まだ少し肌寒く冷えた廊下に出ると、地下の倉庫部屋へと向かった。
「これと……これ、あとこれも」
こっそり盗み聞きした『恋に効く不思議な薬』の材料を倉庫棚から探し集める。
一通り集め終わって、部屋の中にある長机の上に並べてみた。
師匠について回った十年のおかげで、錬金術に使う材料の効能等の知識はそれなりにある。
……というか、自力で覚えざる得なかった。
あの天才様は指導者としては二流、いや三流といってもいい。
魔力の使い方を教えると言いながら、実際にやったことといえば、目の前で魔法を使って「ね? 簡単でしょ?」と言うだけだった。
私はそんな彼につい「……どへたくそ」と言ってしまい、あの美しい顔が石像のように固まってしまう事件もあった。
まぁ、そんな経緯があって、私は師匠に食らいついて、見て、聞いて、ただひたすら自分の頭に叩き込むしかなかったのだ。
……うん。あのころは大変だったなぁ。
私は材料のひとつひとつを、記憶という本を引っ張りだして照合する。
「あれ? これ……なんか、変」
これを調合しても、期待したものはできない……と思う。
効能を打ち消し合うものがいくつかあるのだ。
腕を組んで、首を捻って考え込む。
「相乗効果を狙うなら、やっぱりこっちじゃない?」
効能を消すものからお互いの効果が最大に活かせそうな材料へと入れ替える。
入れ替えて、組み替えて、次は合わせていく順番だ。
うんうんと悩み、考えながら、調合していく順に並べて、ようやく準備が整った。
それをメモして、材料を一度カゴの中に入れ、上から布をかける。
先に掃除と朝食を済ませてから、また続きをやろう。
倉庫部屋を抜け出すと、掃除道具を取り出し、クイッ〇ルもどきで床を拭いていく。
いつもの朝のルーティンをこなして、師匠を起こし、麗しい彼の顔を見ながら朝食を取ったのだった。
**
師匠が自室にしっかり籠っていることを確認して、私は倉庫部屋から材料の入ったカゴを自分の部屋に運ぶ。
机の上にそれらを並べて、次に乳鉢のような器の類をいくつか並べる。
小さなまな板も取り出して、材料を細かく刻んだりと下準備を行った。
料理と錬金術は似通った部分がとても多いと思う。
準備を怠ると失敗する確率がグンッと跳ね上がると、最初の数年で気づいた。
なので、それらをきちんと整えてから、私は次に錬金釜を引っ張り出す。
釜の取っ手の部分から魔力を流し、釜全体に力を満たした。
満ちたのを確認したら、薬の材料を順に入れていき、かき混ぜ用の棒にも少しずつ魔力を流しながら、私はくるくると釜の中をかき回す。
「この作業やるのが一番好き~♪」
こんな風に混ぜながら作るお菓子があったな、という前世の記憶が浮かび上がった日。
その日から私は錬金術が大好きになった。
練れば練るほど色が変わるところとか、全く同じなのでテンションは上がりに上がる。
今日もまたテンションは上がって、ふんふんと鼻歌を歌いながら、次の材料を手に取って鍋に入れた。
「くるっくる~♪ くるっくる~♪」
錬金釜の中身が黒っぽい緑色から、桃色と紫色のマーブル模様の状態へと変化していく。
ふたつの色が生まれ、混ざり合いなんともいえない『妖しさ』を醸し出していた。
「恋に効く……だからピンク色なのかな?」
前世でもこちらでも、色に関する認識にさほど大きな違いはないらしい。
街の女の子達もやはりピンク色を好む人が多いように思う。
ぐるぐるとかき回し、桃色と紫色が完全に混ざり合ったら、できあがり。
魔力を流すのをそこで止めて、あとは適当な瓶に流し込む。
「さてと、これどうしようかな?」
作ってみたは、いい。
作ってみたのは、いいのだけれど。
これ……どうしましょうね?
「作ったからには、データを取りたいのだけど……」
一応、これは『恋に効く不思議な薬(仮)』だし。
街の女の子達の話に出てきたレシピとは半分くらい内容物が違うけど、結構上手く作れたんじゃないかと……思う。
瓶詰めにした『恋愛薬』を机に置いてにらめっこする。
腕を組んで、うーん……と悩んだ。
そして、私はハッと良い方法を閃き、人差し指をピンッと立てた。
「そうだ! 師匠! ここに適任者がいるっ!」
そうよ! そうだわ! 彼ならば万が一のことがあっても対応できる!
なにしろこの国一番の『魔術師』兼『錬金術師』兼『魔導具師』なのだから!
摂取方法はどうしようかな?
皮膚に塗る?
それとも直接飲む?
「時間を置いて観察したいから、まずは飲み物に混ぜてみて……効果が無さそうなら、お風呂にも入れてみる?」
気がつけばそろそろお昼の時間。ちょうど良いので、昼食時に少し混ぜてみよう。
ポケットに『恋愛薬』を入れて、私は部屋を出た。
そして台所へ行って、師匠の昼食を作るのだった。
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