第27話


 体が揺れる。変な感じ。お母さんの声がはっきりと聞こえる。たぶん、今は、自分の部屋のベッドの上だ。

 少し重たい瞼を開くと、お母さんがいた。あたりを見てみると、やっぱりぼくの部屋であることがわかった。

「どうかした?」

「どうかした? って、呑気に……。うなされてたのよ、『うー、うー』って」

「心配かけてごめん。ちょっとおかしな夢を見てた。だけど、寝たらちょっと調子がよくなったよ」

「え? 夢を見てる時って、ちゃんと眠れていないんじゃなかったっけ? どうして調子がよくなるの? ……まぁ、よくなったなら、いいのかなぁ」

「それで、お母さん」

「なーに?」

「ちょっと、外の空気を吸いたいんだけど。散歩に行ってきてもいいかな」

「うーん……。お母さんと一緒に行くのなら、いいけど?」

 悩んだ。相沢さんは、招待状を渡していたのもその場所だ、と言っていた。ということは、その場所に大人を連れて行ってはいけないんじゃないか。

 でも、まずは行かないと話が進まない。

「わかった。準備していい?」

「いいよ。ああ、でも、あともうひとつ」

「なに?」

「行く前に、食べやすいものでいいから、何かちゃんと食べること」


 ぼくはお母さんが部屋からいなくなってから、枕の下に隠した招待状を手に取り、中の板を引き抜いた。

 そこには、さっきまであった文言がそのまま残されている。そして、その文字を消し去ることなく、上書きするように地図がうっすらと浮かんでいた。

「なんだ、近いじゃん」

 タイチの家のようにすぐ近く、というわけではないけれど、自転車を使いたいと思うほどの距離ではない。

 急いで外に出られる服に着替えながら、まだ痛みが残っている頭に鞭を打って、お母さんにつかなければならなくなるだろう言い訳を考えた。

 赤いとんがり屋根のお家に無事に辿りつけたとして。その後、どうやってその中にいるだろう相沢さんと会えばいい?

 これだ、という案は、なかなか思いつかない。けれど、考えてばかりいたら夜になってしまいそうだから、続きは歩きながら考えることにした。

 お母さんが食べやすいものを用意してくれたから、お母さんが〝これなら散歩くらいいいかな〟って思ってくれるくらいの量を、なんとか食べることができた。

 正直、ちょっと気持ち悪い。でも、もうひと頑張りだ。

「それで、どこを散歩するの?」

「にじゆめ川のあたりを」

「ええ、なんで川?」

「あの辺に、とんがり屋根のお家があるでしょ?」

「んー? あったっけ?」

「あのとんがり屋根が、夢に出てきたから、ほら、なんかこう、気になって……」

 ホテルのことは話していない。けれど、なんとなく、言っちゃいけないことまで言ってしまった気がして、だんだん声が小さくなる。

「まあ、いいけど?」

 お母さんは、詳しいことを聞き出そうとせずに、ぼくの隣を歩いてくれた。


 地図を見たから、なんとなくの場所はわかってる。

 けれど、少しいりくんだ場所にあるみたい。ぼくの目には、なかなか赤いとんがり屋根が見えない。

「ねぇ、コウジ」

「なに?」

「あれじゃない?」

「どれ?」

 お母さんが指差す先には、赤いとんがり屋根のてっぺんがちょこん、とあった。

「あのお家の近くまで、行ってみてもいい?」

「まぁ、うん。いいよ」

 そこにある、近くにある、とわかってから、ぼくの足は軽くなった。

 相沢さんがいる。あそこにいる。近くにいる。現実の世界に!

「わぁ、素敵なお家。だけど、変ね。何だか発明品みたいなものがたくさん。あの窓、ものだらけ。きっと中も発明品みたいなものでいっぱいなんだろうね」

 お母さんは、塀の外からジロジロと中を見る。

 ぼくは、ここから先の言い訳を考えるので必死だった。

 んー、と頭を抱えたい。けれど、ここでそれをしたら、頭痛がひどくなったと帰らされる気がするからできない。

「こ、こんにちは。コ、コウジ、くん」

 聞きなれた声がして、ハッとした。唯一ものだらけじゃない窓から、相沢さんがちょこっとだけ顔を出していた。

「あれ? 知ってる子のお家?」

「え? ええっと……。たぶん、この前ドッジボールをしていた時に、転がっていっちゃったボールを拾ってくれた子……だと思う。こんにちは!」

「どうぞ。入って。汚いけど」

「ああ、うん!」

「ええ、こんなことなら、お菓子を持ってくればよかったな。次来るときは、何か持って行きなさいよ? ほら、呼ばれてるんだから、早く行ってきなさい。お母さんはここで待ってるから」

 お母さんはブツブツ言いながら、ぼくの背中を押した。



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