第26話
相沢さんは、話しかけやすい支配人。頼れるホテルのスタッフ。
大人っぽく見えるからだろうか。子どもらしい悩みなんて、ないと思っていた。けれど、彼女も彼女とて、普通の小学生らしいことを、ぼくは知ることになる。
「ピカピカのランドセルを背負っていた頃は、何となく楽しいと思って学校へ行っていました。けれど、だんだんと周りの子たちと合わなくなってきたのです。ヘンテコ発明家の子どもと関わったらバカになるとか、喋り方が変だから関わりたくないとか、大人ぶっているからどうとか、それはもういろいろなことを言われました。周りの子たちの口調や振る舞いを真似てみようと、努力したことはあるのです。けれどなんだか、いっそう変になってしまったりして」
「その喋り方って、大人っぽくしてるとか、支配人っぽく振る舞っているわけではないんだ」
「はい。元からというか、癖というか」
「赤ちゃんの時は?」
「そこまで昔のことを、私は覚えていません。しかし、動画を見たことはあります。その動画の中で小さな私は、車のことを〝ブーブー〟と言ったりしていました」
「じゃあ、言葉を覚えだしたころに、近くにいた人たちがしていた話し方を真似して、身につけた。とか、そんな感じなのかな」
「そう、なのだと思います」
相沢さんの口調は、丁寧であるけれど、落ち込んでもいる。そんな様子を心配してか、虹色の鍵が陰から顔を出した。ぼくと目が合うと、怯えたようにまた陰に隠れる。けれど、相沢さんがぼくと話をしているからだろうか。幾度か顔を出してぼくのことを観察すると、コイツは大丈夫、と思ってくれたのか、虹色の鍵は相沢さんの頭の上を、くるくると飛び回り始めた。
「学校へ行きたくなくなったある日、そのことを両親に伝えたところ、『別に行かなければならない場所ではないのだから、無理をしなくていい』と言われました。学校へは行かなくてもいいけれど、勉強はした方がいい。勉強は、両親が私に教えることができるから、心配しなくていいと、笑ってくれました。けれど、そんな日々が数か月過ぎた頃、私はそれが、本心ではないことを知ったのです」
「なにか、ナイショの話を聞いちゃった、とか?」
「ええ、そうです。ある夜、私はお手洗いに行きたくなってしまいまして、ベッドを抜けだしたのです。その時、キッチンで父と母は私について話をしていました。私はその会話に興味を持ってしまい、足音を消して、音がよりきこえる方へと歩みを進めたのです」
わかる。ナイショ話をしていることに気づいたら、それが自分の悪口である可能性があることを理解してはいるけれど、それでも聞きにいっちゃう。気になるから。
「母は言いました。『勉強は私たちでも教えることができる。けれど、人間関係を教えてあげることはできない。学校は、国語や算数だけを学ぶところではないでしょう? 人間だって、社会だって学べる場所。無理に行って、心を壊してはいけないと思うけれど、教科書とノートでは学べないことを学べるようにしてあげないと、将来あの子は苦労することになるわ。私たちのように』」
「私たちのように?」
「父や母も、人間関係を構築し、それを活用するのが上手くはないのです」
「ああ、なるほど」
こういうことを、たぶん〝偏見〟というんだと思うけれど、ぼくは今、確かに思ってしまった。
発明家ってコミュニケーションを取るのが下手くそそうだと。なるほどだから、発明家なのだろうな、と。
「それで作られたのが、この場所なのです」
「へぇ……。ご両親、すごい人たちなんだね! ノーベル賞とかもらえそうじゃん!」
興奮しながらそう言うと、相沢さんは微笑んだ。
言葉にされることはなかったけれど、その顔は「そんなことはありませんよ」と言っているようだった。
「この発明は、非常に危険なのです。だから、知られてはならない。発明した二人と、私だけの秘密基地。それが、ここでした」
「でも、それじゃあ元々の目的って」
「そうなのです。人間関係を学ぶには、相手が必要。同世代の子を、ここへ招き入れなければならなかった。ある程度環境が整ったのち、子どもの招待が始まりました。この時、大人にナイショする、という条件が付けられました」
「それは、なぜ?」
「ここのことをナイショに出来ないような知的レベルの子と、私は合わないだろうからと。ナイショにできるような子と触れ合えるようになってから、その条件を取り払えばいいと」
――コウジ? ねぇ、コウジ!
相沢さんと話をしているはずなのに、突然、お母さんの声がした。
「あれ……?」
「どうかなさいましたか?」
「ああ、いや……。ねぇ、相沢さんは、どこにいるの? ここじゃない、現実の世界では」
「それは、ナイショにしてはいけませんか?」
ぼくは、相沢さんに返事をしようとした。けれど、声が出ない! それになんだか、体が透けてきた気がする。
「ナイショにしている余裕はないようですね。私は、にじゆめ川の近く、赤いとんがり屋根の家に住んでいます。皆さんに招待状を取りに来ていただいていたのも、実を言うとこの場所です。夢野さまの招待状に反映できるかはわかりませんが、地図を送りましょう。もしも、あなたがかまわないと思うなら。私は現実の世界で、あなたと会って、この問題を共に解決――」
途中から、耳もおかしくなったみたいだった。ぼくは、相沢さんの話を最後まで聞くことができなかった。
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