第24話


 うつらうつらとしたり、頭の痛みと闘った。

 病院に行くのは面倒くさいし、なにを言えばいいのかわからないからって、気合でスポーツドリンクを一口飲んだ。

 少ししたら、お母さんが様子を見に来た。

 飲み物が少し減っていることを確認して、「一体どうしたんだか」と呟きながら、そろりと部屋を出ていくのを、ぼくはぼーっと感じ取っていた。

 少しして、「眠った時に行けるホテルを秘密基地として、毎晩遊んでいました」と白状してしまおうか、という考えが浮かんだ。

 そうしたら、この謎の頭の痛みとも、あのホテルともおさらばできるんじゃないかと思ったんだ。

 けれど、本当にそうなるだろうか。

 相沢さんが「スリープ状態」と言っていたのを思い出して、不安になる。

 スリープ状態からチェックアウトすることはできるんだろうか。

「そういえば、タイチはどうなったんだろう」

 ふと、気になってしまった。

 朝、お母さんはタイチの家に行っている。だから、たぶん、タイチの今日の状態を知っている。

 重怠い体を動かして、スポーツドリンクをゴクゴクと強引に飲んで、トイレを口実に部屋から出た。

「ねぇ、お母さん」

「わっ! びっくりしたぁ……」

 リビングで何か考え事でもしていたらしい。ぼーっとしていたところに急に声をかけたから、驚かせちゃったみたいだ。

「ごめん」

「ん? なにが? え、やめてよ? このあと『ごめん』って言い残してバタン、って倒れるとか、やめてよ?」

「心配かけてごめん。大丈夫。バタン、って倒れたりはしないよ」

「調子は? 少しは良くなった?」

「ああ、うん。少しだけ。それでさ、お母さんに、聞きたいことがあるんだけど」

「なぁに?」

「タイチ、なんか言ってた?」

「あ、ああ……」

 急に、お母さんの顔に気まずさのようなものが浮かんだ。聞かれてしまったから答えないといけないだろうけれど、本当だったら答えたくないんだろうな、って雰囲気を感じる。

「えっと、その……。約束、したっけ? って」

「……え?」

「あのね。タイチくんのお母さんもびっくりしてたんだけど。タイチくん、コウジと約束、してないって。仮にしたとしても、覚えてないって」

「どういうこと?」

「わかんない。でも、タイチくん以外、みんな同じ反応。タイチくんのお母さんは、『頭がおかしくなっちゃったのかしら』って、病院に連れて行きそうな勢いだったよ。なんなんだろうね。給食で変なものが出たとか? そんなこと、ないよね」

 そんなことはないって、わかる人にはわかる。大人にナイショの場所へ行っていたり、昨日の夜のトラブルに巻き込まれた人にしか、この変化は起きていないはずだから。

「寝ぼけてたのかもね。まぁ、忘れてくれててよかった。ぼくが学校休んでも、平気だったってことだもんね」

「そうだけど、学校休んでなかったら、平気じゃなかったようにも思うけど?」

 平気だよ。だって、ホテルでも会って話しているし、状況がわかっているんだもん。

 そう、口に出しそうになって、言葉をゴクンと飲み込む。

 今は、大人しく寝ていた方がいい。タイチは強制チェックアウトして記憶を失ったんだろうと、ぼくは思う。

 記憶を失うだけで済むならいい方だ。

 仮にスリープ状態からでもチェックアウトができるとして、その場合、ぼくの身に何が起こるのか、わからない。

 わからないことにチャレンジできるほど、ぼくは勇敢じゃない。


 タイチが記憶を失ったらしいことをお母さんから聞いたあと、ぼくは再び、眠りに落ちた。

 また、現実でもホテルでもない、普通の悪夢を見た。

 頭痛はおさまらず、眠りながらうなされているらしいぼくを、お母さんは病院へ連れて行こうとした。

 でも、ぼくは知っている。

 これは、お医者さんが治せる異常ではないと知っている。

 だから、「明日もこの調子だったら病院行くから、今日は寝ていたい」とお母さんに言った。

 お母さんは、悩んだみたいだ。なかなか返事をしてくれなかった。

 けれど、「うん、わかった」って、ぼくの願いをしぶしぶ聞いてくれた。

 ぼくはお母さんがいなくなった自分一人だけの部屋の中で、痛みを堪えながら招待状に手を伸ばした。

 頭の痛さやタイチのこと、これからのことばかりを考えていたせいだろうか。招待状のことが頭の隅に追いやられていた。

 この板の文字は、光を当てれば変化する。

 ここに、何かヒントがあるかもしれない。

 板を引き抜いて、光を当ててみた。それまであった文字が消えて、新たな文字が刻まれていく。

「ん~?」

 この板って、モノクロじゃなかったんだ。赤色の文字も印字できたなんて、知らなかった。

 赤字で書かれているのは、スリープ状態に移行しているということと、スリープ状態での強制チェックアウトは非常に危険であるということの二点だった。

 こめじるしで追記されている注意書きによると、スリープ状態というのは特殊な状態で、その状態からの適切な手順を踏まないチェックアウトについては、状態回復の保証ができないという。発生しうる異常として、ホテルに関すること以外の記憶を失うことや、現実とホテルの世界を誤認して、現実の世界で不眠に陥る可能性があると書かれていた。

 小難しいことが書かれてはいるけれど、全く理解できないわけでもない。とはいえ、想像ができない。ホテルのこと以外の記憶を失うって、どういうことだろう。誤認するって、現実が夢で、夢が現実だと思い込んじゃうとか、そんなイメージでいいのかな。現実で不眠になるって、どういうことだろう。

「頭、痛くなってきた」

 もともと痛い頭が、もっともっと痛くなってきた。ギューって締め付けられるような痛み。

 ぼくは板を封筒に入れて、またすぐに手に取れるように、枕の下にそれを隠して、布団を被って目を閉じた。



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