第23話


 気づいたら、ぼくは知らない場所にいた。

 目の前にある毒の沼の上に、貧弱な柱が立っている。

 後ろからは、大きな足音を立てながら、ドラゴンが走り寄ってくる。

 ドラゴンから逃れるためには、貧弱な柱を渡っていくしかないみたいだ。

 ドラゴンに追われているのは、ぼくだけではなかった。

 一緒に頭を抱えた人たちがいた。

 ぼくらは我先にと貧弱な柱に足をのせた。

 焦っていたからだろう。足を滑らせ毒の沼に落ちて、息ができないのやら苦しげな顔をして沈んでいく人がいた。

 押すなよ、とか、どいて、とか、叫び声が響いている。

 ドラゴンが咆哮した。

 もう嫌だ! と泣きながら柱を駆けた人がいた。はじめのほうは上手く渡れていたけれど、途中で「あっ!」という短い悲鳴と共に姿が消えた。

 先のほうは、柱の間隔が変わっているのかもしれない。何かいじわるな仕掛けがあるのかもしれない。

 ドラゴンが炎を吐いた。

 熱がぼくの体を襲った。

 焦りはあった。けれど、誰かを押して落としてしまうのは嫌だった。

 だから、落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせながら、前へ前へと着実に進んでいった。

 すると突然、誰に押されたわけでもないのに、体がグラングラン揺れた。

 足元の柱を見る。

 柱が揺れているわけではない。

 自分の体が、見えない何かに揺らされている!

「やめて、やめてよ! そんなことされたら、ぼくはっ!」

 まるで、見えない風に押し倒されたようだった。

 何とか柱を手でつかむことができたから、毒の沼に落ちることは回避できた。

 けれど、一瞬回避できたっていうだけだ。

 ぼくの腕が限界を迎えそうってだけだけれど、まるで毒がぼくへ近づいてくるような感覚。

「もう……」

 ダメだ、って言いながら死にたくなかった。言葉をグッと飲み込んで、ぼくは毒にのみ込まれた。


『ねぇ! ちょっと! コウジ!』

 お母さんの声がした。ぼくは重たい瞼を強引に動かした。

 ゆっくりと目を動かしながら、辺りを見てみる。

 ぼくの部屋、みたいだ。

「大丈夫? うなされてたけど」

「んー」

 ぼくは久しぶりに普通の夢を見たみたいだ。

 普通の夢といっても、秘密基地のようなホテルで遊ぶいい夢じゃなくて、確実に悪夢であったと胸を張れる悪い夢だったけれど。

 最近はずっと、夢を見る時間にホテルへ行って遊んでいたから、現実やホテル以外の何かを見ていなかった。

 久しぶりにホテルから抜け出した世界に行った。

 たしかに、夢ってこんな感じだったよなと、どこか他人事のように思う。

「おかゆ、作ってみたけど、食べられそう?」

「んー」

「病院は? 行けそう?」

「んー」

「とりあえず、熱を測って」

 差し出された体温計を、脇に挟む。

 検温を終えて、ピピピピと鳴った体温計を、ぼくは荒く息をしながら放り投げた。

「え……どうしたの?」

「ん、なんでもない」

 その音が、まるでピ太郎の声のように感じて驚いただなんて、言えない。

「熱はないね。じゃあ、スポーツドリンクとか、ゼリーとか置いておくから。飲んだり食べられそうなときに何か口にするように。何も飲んだり食べたりしてなくて、調子も全然良くなってなかったら、午後、病院に行きます。オッケー?」

「んー」

 お母さんがそろりと部屋を出て行って、ドタバタと何かをして、ソロソロと部屋に戻ってきた。

「一時間おきくらいに様子見に来るけど、許してね」

 囁きながら、そぅっと扉を閉める。

 お母さんがいなくなったぼくの部屋には、ちょっと汗をかいた冷たそうな飲み物や、お母さんがこっそり食べようと隠していたのだろう、ちょっと美味しそうなゼリーが置かれていた。



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