第20話


 ここのクレーンは、やる気がいっぱい過ぎる。

 やればやっただけ取れる気がする。普段のぐにゃぐにゃの、やる気がないクレーンで練習しないと意味がない気がする。

「ピィ、ピピィ」

 ピィピィが鳴くから、ピィピィを見た。むずかしい顔をしている。多分、現実のクレーンのことを考えたから、「お前のことをチェックアウトさせてやろうか?」っていう警告なんだろうなって、ぼくは思った。

「よーし、取るぞー」

 目の前のクレーンに集中する。隣のタイチも、クレーンに集中しているみたい。いくらぐにゃぐにゃしていなくても、ミスタッチすれば景品は取れない。「クソ」とか、「おしい」とか、そういう呟きが何度も聞こえてくる。

 ――ゴトン。

 箱モノをゲットして、景品取り出し口に手を伸ばした。

「取れた! 取れたよ、ピィピィ!」

 集中しているタイチに声をかけるのは気が引けたから、ピィピィにゲットしたことを自慢してやろうと思った。

「あれ? ピィピィ?」

 でも、なぜだかピィピィは居なくなっていた。ピ太郎の姿もない。

「ねぇ、タイチ」

「ああ、もう! 声かけられたせいで失敗したじゃんか!」

「ご、ごめん。でも、大変なんだ」

「なにが」

「ピ太郎とピィピィが居ないんだ」

「……は?」

 ドッジボールをしているときとかに、少し離れて待ってくれていたことはあった。けれど、ここに居るときに姿が完全に見えなくなることなんて、はじめてだった。

「ピィピィ? かくれんぼでも始めたの? どこにいるの?」

 広いゲームセンターの中を探してみる。どこもかしこも見て回ったけれど、どちらの鍵も見つけられない。

「これって、ヤバいよな」

「ん?」

「鍵がいない時って、チェックアウトできるのか?」

「でもさ、鍵を無くしちゃったら、フロントに行けば新しいやつを貰えたりするんじゃないかな」

「普通のホテルなら……そうだけどさ。ってかアイツ、来なかったな。もしかして、チェックインがいつもより早かったから、来られなかったのかな」

「そうかもね。とりあえずさ、フロントへ行こう。それで、鍵がいなくなっちゃったことを話すんだ」


 ぼくらは廊下に出てみたけれど、ここまでピ太郎やピィピィを頼って来たものだから、どこへ行けばいいのかわからなくって、迷った。

 ゲームセンターへ行くだけでも時間がかかったけれど、ゲームセンターからフロントへ戻るのには、それ以上の、下手したら倍くらいの時間がかかってしまった。

 体はそんなに疲れていない気がするけれど、心はヘトヘトだ。

 早くこの問題を解決したい、と思ったんだけど……。

「うそ、だろ?」

 フロントは人でごった返していた。

 みんな、「鍵がいなくなった」とフロントにいる係の子に詰め寄っていた。

 係の子は「申し訳ございません」と無機質に返答しながら、ぺこぺこと頭を下げている。マニュアル通りっていうか、まるでアンドロイドか何かみたいだ。

「みんなにも同じことが起きてるってことは、このホテルになにかトラブルがあったってことだね」

「ああ……」

 タイチが頭を抱えた。

「こんなことなら、無理して来なければよかった。ちゃんと帰れるよな?」

 タイチがなんだか、弱ってる。

 ぼくは、タイチに「きっと大丈夫だよ」と言おうとして、だけど言葉を飲み込んだ。

 こうして現実のことを考えたら、「チェックアウトしろ」ってピ太郎が飛んでくるんじゃないかって思ったから。

 タイチはブツブツと不安を口にする。

 現実のことも口にする。

 だけど、ピ太郎は飛んでこない。


 代わりに、と言っていいのやら、ぼくの目の前を相沢さんが飛ぶように駆けて行った。

 だいぶ慌てている様子だ。フロントの係の子たちとは大違い。

 支配人がやってきたと気づいた子たちが、相沢さんに詰め寄る。相沢さんは「どうなってるの?」の大合唱を消し去るような大声で、「原因を調査中です! しばらく当ホテルをお楽しみになりながらお待ちくださいませ。大変申し訳ございません」と叫んだ。

 大人にナイショにして来ているっていうことが、みんなの不安を強くしていた。

 許可されていない秘密のことっていうドキドキ感やワクワク感が、何かトラブルが起きた時にどうしようかと考えることから目を背けさせていた。

 秘密にしなくちゃいけないからって、情報共有が不十分だった。

 もしもチェックアウトに失敗するようなことがあった時、ぼくらの身に何が起きるのか、誰も知らない。



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