第18話


 音楽室から教室へ戻る途中、ぼくはいろんな人から声をかけられた。「うるさかったんだけど」だったり、「やっちまったな」だったり、それらは決して言われて嬉しいものではなかった。

 うなだれながらトボトボと歩いていると、ユウトに、

「さっきはどうしたの? めずらしいじゃん?」

 はじめて、心配された、と思った。その瞬間、心の中から何かが溢れ出してきた。

「ねぇ、ユウトもさっきの曲、聴いたことあったでしょ?」

「……え?」

「支配人のスマホみたいなやつから流れる曲と一緒じゃん、あれ」

 ナイショの話をし始まったと気づいたのだろう。ユウトはぼくの口を手で押さえ、ひと気のないところまで引っ張った。まるで、ピィピィみたいだ、と思った。

「支配人って、スマホ持ってるの?」

「え、そこから?」

「ってかお前、なんで支配人がスマホ持ってるの知ってるんだよ」

「ああ、いや……」

 ぼくはユウトに、招待状について支配人に問いかけたら、スマホのような端末と、それが表示する不思議なスクリーンで招待状の発行方法について説明を受けたことを話した。

 ぼくの話は、別に面白くもなんともなかったと思うんだけど。ユウトはぼくの顔に食らいつきそうなくらい近づきながら、真剣なまなざしでそれを聞いていた。

「招待状のことは、うん。受け取ったことがあるから、知ってるけど。あの支配人、けっこう気さくなんだな」

「少なからず、魔女ではないと思うよ。普通の小学生かっていうと、うん」

「そうとは言えないっていうか、そうだって言いたくないよな」

「……うん」

 あれだけ大人っぽい人が〝普通の小学生〟だとしたら、真面目に課題に取り組まないぼくらは〝クズ小学生〟みたいなものだ。

 優秀じゃなくてもいいから、せめて普通でありたいと思って、彼女が〝普通〟という括りに入ってくるのを、心のどこかが拒絶する。

「今度話しかけられたら、逃げないで話してみようかな」

「いつも、逃げてたの?」

「ああ、うん。なんか、怖くてさ」

 いくらひと気がない場所を選んだとはいえ、子どもが出入りできる場所は限られている。ずっとひと気がない場所なんて、怪談話でも流行らない限り存在しない。

 人が近づいてきたのを察知して、ぼくらはホテルの話をするのをやめた。なんてことない会話をしながら、教室まで戻る。

 こんなにたくさん、ホテルについての話をホテルの外でしたのは、はじめてかもしれない。

 ナイショの話を聞かれちゃいけない場所でした――そのことが、ぼくの心臓を痛めつけた。いつもよりも動きがかたい。ドク、ドクという音が、頭にも響いてくる。


「今日も、秘密基地で」

「うん」

 手を振る時の言葉は、「またな」から「秘密基地で」に変わっていた。

 今日もいつも通りの生活をして、いつも通りにホテルへ行く。

 そのために、封筒から板を取り出して、窓の近くに持って行く。

 太陽の光を浴びた板は、それまであった文字を消し去って、新しい文字を浮かび上がらせる。

「ん? 今日は九時? なんか、はやいなぁ」

 いつもだったら、十時とか十時半とか。遅い時だと、十二時だったりする。遅ければ遅いほど、ぼくは眠る時間を気にすることなく、あの場所へ行けた。

「どうしよう。九時までに寝るってなると……」

 なぜ今日は就寝がはやいのかと、探りを入れられるに違いない。

 その時に、ぼくは上手くはぐらかせるだろうか。ちゃんとナイショにできるだろうか。

 とりあえず、宿題を終わらせた。やることをやってしまえば自由だから、ゲームでもしようかなって思って、スイッチを入れる。でも、全然楽しくない。

 今日はどう言い訳をして早く寝ようかと考えてしまって、目の前のゲームを楽しむことが出来ない。

「お母さん。ちょっとタイチのところに行ってくる」

「ん? 遊びに行く約束でもしてたの? 行くならお菓子のひとつやふたつ、持って行きなさいよ」

「ああ、いや。ちょっと話したい事があるだけ」

「あ、そう?」

 ああ、もうすでにいけないことをしてしまった香りがする。

 お母さんのほうから、探りを入れるような何かを感じる。

「じゃ、ちょっと行ってきます」

「いってらっしゃい」

 ぼくはお母さんから逃げるように外へ出た。

 タイチの家の前まで走って、はぁはぁ言いながらボタンを押した。

 ――ピーンポーン!

 招待状のことを聞きに来た時は、この後確か、間があった。というか、なぜだかマイクとスピーカーを通してしばらく話をしていた。

 いつもだったら、飛び出してくる。

 今日はどっちだろう。

 ――ガチャ。

 玄関の扉が、ゆっくりゆっくり開いた。

 モニターを見ればぼくだとわかるだろうに、まるで扉の向こうにいるのが誰だかわからなくて、不安で仕方ないみたいに、ゆっくりゆっくり。

「なんだよ」

「なんだよってなんだよ」

「俺は今、考え事でいっぱいいっぱいなんだ。ほっといてくれよ」

「ぼくも今、考え事でいっぱいいっぱいなんだ。助けてくれよ」

「もしかしてだけど……」

「なに?」

「チェックインの時間?」

「そう!」

 同じことで悩んでいたんだ、と知ることができて、ぼくは少し興奮してしまったみたいだ。思わず大きな声が出てしまった。「バカ」っていう時みたいな顔をしたタイチに口をふさがれて、ぼくは「ごめん」って言えないけれど、両手を合わせて「ごめん」の思いを体で表現する。

「とりあえず、中に入れ」

 招き入れられて、というよりほとんど連れ込まれるように、ぼくはタイチの家の玄関に入った。

「それで……コウジ、何時?」



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