第17話
カーテンの向こうに、眩しい光が存在するのを感じる。
「はぁ。なんかいろいろ、頭を使う夜だったなぁ」
ひとりごちながら、頭のてっぺんまで掛布団をかぶる。体の疲れは取れている気がするけれど、ずっと考えていたあとみたいに、少し頭が重いような気がする。
「もうひと眠り……」
『コラー! コウジ! おきなさーい!』
部屋の向こうから、耳が痛くなるほど元気な声が聞こえた。
「仕方ないなぁ、もう」
ぼくは嫌々、ベッドから抜け出した。
準備を済ませて学校へ行くと、つい数時間前まで同じ場所にいた人と、さも半日以上振りみたいな顔をして挨拶を交わす。あの秘密の場所に来ていない人と、対応を変えることなんてせずに、ごくごく自然に。
こうなるまでには、正直少し時間がかかった。ナイショにしないといけないっていうプレッシャーで、ぼくは挙動不審になっていた自信がある。
でも、学校と秘密基地を行ったり来たりするのに慣れたからだろうか。それとも秘密基地に行くことが当たり前になって、不必要に興奮しなくなったせいだろうか。今では秘密を存在しないものかのように心の中にしまっておける。
コイツは招待されてないのかな、とか、コイツは大人にしゃべったから来られなくなったのかな、とか。ふわっと思考をかすめることはある。
けれど、考えたところで謎は深まる一方だ。謎のことばかりを考えていると、頭が疲れる。そのことに気づいたのも、大きかったかもしれない。
あの場所では、ただ楽しく過ごしていた方がいい。余計なことは考えずに、自分の睡眠時間を有効に使わせてもらえていることに感謝して。
「次の授業、音楽じゃん。だるぅ」
「音楽ってだけでもだるいのにさ、今日は一人ずつ先生の前で歌って、評価される日だろ?」
「ああ、そうだったぁ」
まったく。現実世界は嫌なこともしなければならないから嫌だ。
「おーい、タイチ、コウジ! 急がないと遅れるぞ!」
「うわ、マジだ。時間ヤバい。サンキュー、リョウ!」
リョウはニッコリ笑ってひらひらと手を振りながら、ぼくらの何歩も先を急ぎ足で進んでいく。
ぼくらはその背中を小さくとらえながら、追いかけた。
「ええと、今日は歌のテストをする予定だったんですけど……」
授業が始まるとすぐ、先生が申し訳なさそうな雰囲気を醸し出しながらそう呟いた。教室の中には、多くの希望の光が瞬き始めた。
小さな「よっしゃぁ」が聞こえてくる。
歌のテストを受けたかったらしい歌自慢な子は、むぅ、と唇をつきだしていた。
彼女にとっては、ぼくらにとって嫌なことが嫌じゃなくて、ぼくらにとって嬉しいことが嬉しくないことらしい。
「先生は急いでやらなければならないことができてしまったので、歌のテストは次回に変更します」
「先生! ってことは、自習ってことですか?」
「自習、というか、課題を出すので、それをやってもらいます」
「えー」
「しずかに。それでは、課題について説明しますよ」
先生は、最前列の子にプリントの束を渡した。それは、一枚ずつ減りながら、教室中を回っていく。
「今日は、複数の曲を皆さんに聴いてもらいます。どれも、意図をもって作られた曲です。曲を聴いて、どのような印象を持ったのか、プリントに記入して、提出してください。曲は一曲、五分程度です。一曲を全部聴いた後、十分間、感じたことを記入する時間を取ります。その後、次の曲を聴いて、また感じたことを書く、を繰り返してください。スムーズにいけば、三曲できると思います。曲の再生や、時間管理については……。学級委員さん。任せてもいいですか?」
「はい!」
「それでは、お願いします。トラブルがあったら、先生に伝えに来てください。隣の部屋にいます」
はーい、と気怠い声がいくつも上がった。その声に送られながら、先生は隣の部屋――音楽準備室に消えた。
「じゃあ、一曲目、流します」
学級委員が声を張り、再生ボタンを押しこんだ。
ずんちゃ、ずんちゃと、行進しているような音楽が流れだす。こういう音楽のことを一言で表現できるような言葉があったような気がするけれど、なんだったっけ? そのまま〝行進曲〟でいいんだっけ?
ピアノか何かを習っているのやら、聞きだしたらすぐに書き出せる人もいた。その人の手元を、こっそり見てみる。テストの時のカンニングは絶対ダメだけど、課題くらいは、ほら。
「マーチっていうのか」
ぼそり呟いたら、覗き見られたことに気づいたその子が、ぼくのことを睨みつけた。
頭をぺこぺこと下げて、「ごめん」と呟く。ふん、と鼻息のような何かが聞こえた。
曲が終わっても、紙に文字を書く音だけが響くことはなかった。そこら中でおしゃべりしているからだ。学級委員が都度注意する。でも、同級生に言われた注意なんて、ろくに聞かれない。だから、ずっと騒がしい。
「ちょ、あんまり大声で喋ってると、隣から先生が飛んでくるぞ」
そう、多少の制御が働いてしまうから、学級委員とてより強く注意することができないみたいだ。
教室の中はほとんど無法地帯と化しながら、次の曲を流す時間になった。
そうして、音楽を聴いているのやら、おしゃべりをしているのやらわからなくなりながら、五分遅れで最後の曲が再生された。
はじめは、何とも思わなかった。けれど、サビ、といえばいいのだろうか。細かい音楽の知識はないけれど、一番盛り上がっているのだろうメロディの部分で、ぼくは思わず「え?」と大声を上げて、教室中の視線を浴びた。
「どうしたんだよ、コウジ」
大声に負けない茶化し声。それをきっかけに、笑いが湧いた。
学級委員が「静かにしてください」と叫ぶも、一度火がついた笑いはなかなか鎮火しない。
ギィ、と音楽準備室とつながっている扉が開いて、先生が顔を出す。鋭い視線が、教室中を刺して回る。
一気に教室から人間の話し声が消えた。ただ、聞き覚えのある耳障りなメロディだけが響き渡っていた。
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