第16話


「いいなぁ、それ、スマホ? ぼく、欲しいって言ったことはあるんだけどさ、中学生になってからねって言われちゃって。まだ買ってもらえてないんだよね」

「これは、スマートフォンではありませんよ」

「え、そうなの? まぁ、確かに見たことがない形をしているけど。てっきりスマホかと思った」

「このホテルの業務用端末です」

「へぇ」

「普段は申請書をお書きいただいた後、招待状の受け渡し方法についてお伝えする際にお見せしている動画なのですが……」

 言いながら差し出された業務用端末から、スクリーンが飛び出した!

「なにこれ、すごい! アニメの中のやつみたい!」

「この端末でお見せすることは稀なのですが、皆さん同じような反応をなさいます。戦隊ヒーローのアイテムみたい、と、奪われそうになったことも」

 ちらり、と視線をスクリーンから相沢さんに移す。相沢さんはぼくのことを、「あなたは奪ったりしませんよね」とでも言いたげな、疑う心が混じる目で見ていた。

「奪ったりはしないよ。でも、かっこいいなぁ。ここで働いたら、これを使えるの? ああ、いや、働きたいってわけでもないけどさ。子どものうちは、遊んでいたいし」

 呟きながら、スクリーンに視線を戻す。申請書の記入をしてくれてありがとう、というようなことを、相沢さんのように大人びた子どもが話している。

「夢野さまがここで働くことはできません」

「え、なんで?」

「私はそう遠くはない未来、ここをぶっ潰すつもりだからです。いいえ、ぶっ潰さなければならないからです。どなたかに協力していただく必要があるので、簡単にはできませんが」

 淡々とした口調だった。けれど、内容がぶっ飛んでいたから、ぼくは再びスクリーンから視線を離した。

「え、え? ぶ、ぶっ潰す?」

「さぁ、ここから受け渡し方法の説明が始まります。ご覧ください」

「え、ああ、うん」

 ぼくの疑問は、ピィピィみたいに宙を旋回している。


 スクリーンに映し出された映像が言うに、申請書を記入・提出した後、チェックアウトする必要があるらしい。そして、日中、自分の招待状を読み直せば、招待状の受け渡し場所までの案内が表示される、ということだった。

「動画内でご説明した通り、招待の申請を行った場合、その招待状を受け取るまで、次回チェックインはできません」

「うん。ちゃんと聞いてたし、見てたよ。でもさ、どうしてなの? 別に、招待状を受け取るのは別の日でもいいや~ってなっても良くない?」

「招待状を用意する側にも都合というものがございますし。そうそう、招待状を受け取らずに一週間がたつと、新しい招待状はもちろん、ご本人の招待状につきましても失効となります。と、いうのを普段は口頭にてお伝えさせていただいております」

「はぁ」

 いろいろ決まりごとが多いみたいだ。まぁ、秘密の場所の宿命ってやつだろうか。きちんと決まりを作って運営していないと、秘密なんてすぐに白日の下にさらされてしまう。

「それで、ええっと」

 謎はひとつ解決したといえるけれど、謎はよりたくさんになった、ともいえる。ぼくは他の謎についても、相沢さんに問おうとした。

 その時、相沢さんの端末が、ちょっと耳障りな音楽を奏で始めた。

 それを聞いた途端、ピィピィが焦ったように、ぼくの髪の毛をちょっとだけ引っ張った。

「どうしたの? ピィピィ」

「ピ、ピピピィ!」

「すみません。私は緊急の呼び出しがありましたので、この辺で。ピィピィ、あなたはもう気づいたのでしょう? お部屋までお連れして」

「ピィッ!」

 ピィピィが、短い腕で敬礼をした。

「よろしくね。それでは失礼いたします。夢野さまのまたのお越しを心よりお待ちしております」

「ああ、うん。今日は、ありがとう」

 ふんわりと微笑んで、深々とお辞儀をして、相沢さんはどこかへ向かって歩き出した。

 ぼくはその背中を、しばらくずっと見ていた。

 ピィピィはそんなぼくのことを、我慢が限界になるまでずっと、待っていてくれた。

「痛い、痛いよ」

「ピッピピィ!」

「わかった、わかった。チェックアウトだね。部屋まで連れて行ってくれる?」

「ピィッ!」

 久しぶりに髪の毛を引っ張られた気がする。まだ少しだけチクチクと痛い。頭をさすりながら、ぼくはピィピィが進むほうへ、ただついて行く。



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