第15話


「ピィピィ、今日もいいお天気だねぇ」

「ピピィ」

 一緒に原っぱに寝っ転がりながら、ふわわ、と優しい風に頬を撫でられながら、ぼーっとしていた。なんて贅沢で、穏やかな時間の過ごし方なんだろう。

 ぼくは何度もここに通ううちに、ピィピィとも少し仲良くなれた。髪の毛を引っ張られるのは嫌なんだってはっきり伝えた頃から、仲良しの度合いがぐん、と上がった気がする。今はもう、髪の毛を引っ張られることはない。信頼関係のようなものが、ぼくらにはある。

 きっと、ピィピィは伝えるのがちょっと下手くそだっただけなんだろうなって思う。いや、人のことを言えるほど、ぼくとて上手ではないんだけれど。

 ピィピィは上手く伝えられないから、強引な手段でぼくに伝えていたんだ。ぼくがうまくピィピィの気持ちをわかってあげられていたら、痛い思いをせずに済んだ、ともいえる。

『おくつろぎのところ、失礼します』

 頭のほうから、聞いたことがある声がした。女の子の声だった。

「んー? ああ、えっと、ええっと……」

 頭だけ動かして、声の主の顔を見てみた。見たことがある顔だった。けれど、誰だったっけ?

「相沢です」

「あ、そうだ、相沢さん! こんにちは」

 なんだか、気まずい。怒っている印象はないけれど、相手に失礼がなかったわけではない。元気にあいさつを返しながら、相沢さんの顔をじっと見た。しっかり頭に焼き付けようと思ったんだ。

「えっと……。私の顔、何かついてますか?」

「え? いや、なにも?」

「さようですか」

 見つめすぎちゃったみたいだ。今度は見つめすぎないように、って思うと、どこを見たらいいのかわからなくなった。キョロキョロと視線を動かさずにはいられない。

「お約束などありましたか? 改めましょうか?」

「え? いや、別に平気! 何か用ですか?」

 鏡で見ているわけではないから、自分がどんな顔をしているかはわからない。でも、筋肉が変に動いている感じからするに、たぶん今、だいぶおかしな顔をしているはずだ。

「ホスピタリティ向上のため、お話を伺っているのです。もしよろしければ、夢野さまのご意見も頂戴したいのですが」

「ああ、うん、いいよ!」

 二つ返事で了承したはいいけれど、〝ホスピタリティ〟がなんなのか、よくわからない。

 はいといいえでこたえられる質問や、考え込まずに話ができるような簡単な問いばかりを、いくつかされた。その問いから想像するに〝ホスピタリティ〟とやらは、快適に過ごせる空間を提供できているかとか、おもてなしができているか、というようなことを意味しているようだ。

「貴重なお時間をいただきまして、ありがとうございました」

「ううん。このくらい平気だよ。ところで」

「なにか?」

 今がチャンスだ。膨らんだ興味を相沢さんにぶつける分には、大した問題はないと思った。せいぜい、ぼくのチェックアウトが早まる程度だろう。

「聞きたいことがあるんだけど」

「はい。どうぞ」

「招待って、どうやってするの?」

 ぼくの中で、ずっと解決されることがなかった謎のひとつ。それが、招待の仕方だった。

 この夢の中にあるのだろう不思議な世界の成り立ちなんかも気になるけれど、たぶんとっても難しい話になるだろうから、ぼくに理解できるかはわからない。

 でも、招待については、ぼくにだって理解できる謎だろうと思った。

 だって、タイチにはそれが出来てるんだし。

 ぼくは運動神経とかはタイチに負けてるってわかってる。でも、理解力みたいなことは、大差ないと思ってる。実際問題、テストの点数はいつも競い合えるくらいの差だし。

 どうやって、タイチがあの謎の板を手に入れたのかも気になるし、その板に浮かぶ文字が昼の光で変化することも気になるし、それを持っていたらどうしてこの場所に来られるのかも気になる。

 大人にナイショにできなかった人が来られなくなる理由も気になるし、記憶が消えるって聞いたけれど、その消し方も気になる。

 招待について、気になることがたくさんありすぎる。

「フロントにて受け付けております。招待希望である旨をお伝えいただければ、申請書をご用意しますので」

「その申請書を書いたら、招待状を貰えるってこと?」

「はい。……あ、いや」

「いや?」

「招待状をお渡しいたしますが、フロントではご用意しておりません」

「……へ?」

「チェックアウト後に、皆さんの足で、それを取りに行っていただいております」

「……はい?」

 相沢さんは、口元に手を当てて、眉間にしわを寄せた。何かを考えているみたいだ。

 ぼくはしばらくその顔を見ていたけれど、だんだんいけないことをしている気がしてやめた。

 集中している顔を見つめられたら、集中が途切れてしまうような気がしたんだ。

 相沢さんを見ることをやめた目は、ピィピィを追う。

 コイツ、うるさい時はうるさいけれど、こういう〝静かにしていた方がいいだろう〟って時は大人しくできるところがすごいな、と一生懸命に羽を動かす様を見ながら思う。

 じーっと見つめたからだろう、「なに?」とでも言いたげに、ピィピィが首を傾げた。

 ぼくは「なんでもないよ」と心で言いながら、見つめる目尻をそっと落とした。

 相沢さんは、何か閃いたのやら、ポケットからスマートフォンみたいな小型端末を取り出した。



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