第14話


 ぼくは、ピィピィのことを見てみた。さっきまでの静寂の中で、コイツも何かを語りかけていたのだろうか。

 うーん。そんなことはなさそう。だって今、とっても間抜けな顔をしてるし、人前でするの恥ずかしくないのかな? ってくらいの大あくびを平然としてるもん。

 ――ドン、ドン!

 さっきよりも勢いをつけて、うんと力を込めて、しかも二度も頭を踏みつけられた!

 ピィピィが怒っている。

 口にも顔にも、ピィピィをちょっとバカにしたことを漏らしたつもりはないんだけどな。

 ぼくは両手を合わせて、ぺこぺこと頭を下げた。

 ぼくはこの乱暴な鍵の言いなりだ。

「なぁ、コウジ」

「んー?」

「俺さ、今日はあんまり長くここに居られないっぽいんだよね。だから、聞きたい事とかあるなら、今聞きたいんだけど」

 聞きたいことは、山のようにある。けれど、今また新しく生まれた疑問が、他の不思議を押しのけて口から出ていく。

「長くいられないって、どういうこと?」

「えっと、詳しいことはわかってないんだけど……。ここに居るときに現実のことを考えすぎると、チェックアウトが早まるんだよ」

 タイチにもわからないことがたくさんあるらしいけれど、これははっきりしているみたいだ。

 そう言えば昨日、カルピス片手に〝これは夢なのか、現実なのか〟って考えていたら、「ぼちぼちチェックアウトだな」って言われたのを思い出す。

 そうか。このホテルにいる間は、現実のことを考えちゃいけないのか。

 なんだか、難しそうだ。だって、ここで会う人たちは、大半が現実でも会っていたり、仲良くしている人たちなんだから。

 ぼくはいつも、早く現実に戻ることになりそうだ。

「現実では、ここのことは秘密。ここでは、現実のことは秘密ってことだな」

「ピ、ピピ」

「ああ、ごめん、ピ太郎。まぁ、そんな感じ。じゃあ、俺は先にチェックアウトするから」

「ちょっと待って」

「ん?」

「大人にナイショってことはさ、別に、現実で子どもに話す分には、良いんじゃないの?」

 問いかけたら、なぜかピィピィが怒りだした。

「ピピィ、ピピィ!」

 また、髪の毛を引っ張り出す。引っ張られたら痛いから、少しでも痛みを感じずに済むようにって、引っ張られる方へと進んでいく。

「ちょっと急いで話しすぎたか。コウジもチェックアウトだな」

 タイチとピ太郎が微笑みながら、悶絶するぼくの後ろについてくる。

 ホテルの中に入って、廊下を進んだ。

「子どもに話してもいいんだろうけど、俺らはすぐにしゃべっちまうだろ? わけわからない、ふざけたことを言ってたら、先生にチクったりもする。だから、ここで会えない人には話さない方がいいし、ここで会える人とひそひそ話をしていると感じが悪いから、ここで会える人ともしない方がいい」

「イテテ、なるほどね。イタタタ、なんか、わかった。遊びの秘密基地よりもずっと厳重な秘密に守られた遊び場ってことだね」

「そういうこと。じゃ、俺は今日ここからチェックアウトみたいだから」

「ああ、うん。また、学校で」

「おう!」

 タイチとピ太郎は部屋についたみたいだけれど、ぼくらはまだだ。相変わらず、ピィピィは髪の毛を引っ張っている。こんなことを繰り返していたら、いつか髪の毛が全部抜けちゃいそう。ここで全部抜けたら、現実でも抜けちゃったりとか、するのかなぁ。そんなことは、考えたくない。

「ピィ、ピィ!」

「わかった、ここなんだね」

「ピピィ」

 まだここのことを覚えきれていないし、昨日の記憶とてあいまいだ。けれど、この部屋が昨日の部屋とは違うことは理解できる。

 チェックアウトする場所は、毎晩変わるのかもしれない。

 だけど、チェックアウト方法は変わらない。ぼくはクルクル飛び回るピィピィを見ながら、目の前がぐわんぐわんして、暗くなっていくのをただ受け入れた。

 眠るように闇の中におちていって、目覚めたら自分のベットの上にいた。


 わからないことはたくさんあるけれど、興味ばかりを膨らませるのはよくない。だって、そうしたら知りたくなって、問いかけたらぼくも問いかけた人も、早めにチェックアウトしなければならなくなってしまうから。

 ぼくはそれから、秘密基地に行ったら、ただ楽しく遊ぶことにした。

 毎晩毎晩ここへ来ているけれど、現実で目を覚ましても疲れていないし、何ならスッキリした気分だから、まるで二十四時間をフルで使えるようになったような気分だった。

 遊ぶ約束をすることもあれば、約束なしに鍵と共にひとりでのんびりすることもある。ここは食べ飲み放題だし、よっぽどの無理難題でなければ、どんな理想も実現できる。ひとりと鍵だけでも、充分に楽しめる。



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