第13話
「寝ぼけてるのかな。慣れてないからかも」
「それもそっか」
ぼくらはフロントに行って、サインをして、ピ太郎とピィピィと再会した。
慣れていないって言っても、一度経験したことだから、混乱はない。
「えっと、こういう時の挨拶って、なんだろう? うーん。まぁ、どうでもいっか! やっほー、ピィピィ!」
声をかけると、ピィピィが嬉しそうに笑いながら、ぼくの周りを飛び回り始めた。
「今日は特に約束とかしてないんだよな……。なぁ、コウジ。なんかやりたい事とか、ある?」
タイチは一瞬にして忘れてしまったんだろうか。ぼくはまだここに慣れていないってこととか、招待してくれたのがタイチで、だからタイチのほうが詳しいだろうってことを。
なんかやりたいことはないか、と問われても、ぼくには何ができるのかわからない。
たとえば、急に「ジェットコースターに乗りたい」って言ったら、叶うんだろうか。そういう、ホテルに来ているのに実現するはずがないようなことを口にしてもいいんだろうか。
なんかやりたいことはないか、と大雑把に問われたんだから、こっちだって適当に答えてしまえ! と、ぼくはふざけて、
「バンジージャンプしてみたい」
そう言ったら、タイチの顔が驚き一色になった。ぼくは長いことタイチと遊んでいるけれど、こんな顔を見たのははじめてだった。
「マジで言ってる?」
「あ、ごめん。ちょっとふざけた」
「だ、だよな?」
ぼくらはアハハ、と笑い合う。
その頭上で、ピ太郎とピィピィは腕を組むようなポーズをしながら、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
「ピ、ピピピ!」
「ピピィ、ピィピピッ!」
なにかを成し遂げた後にするみたいな、充実感みたいなものを漂わせながら、ピ太郎とピィピィが手と手を合わせている。
「ん? どうした?」
タイチが問うと、ピ太郎は「ついてきて」とでも言いたげに胸を張って、どこかへ向かって進み始めた。時々、タイチがついて来ているかを確認するように、振り返ったり止まったりする。
対して、ピィピィはといえば――。
「痛い、痛いってば!」
コイツはいつも、ぼくの髪の毛を引っ張る!
ピ太郎が鍵であるタイチが羨ましくなった。ぼくだって、あんな丁寧な、執事みたいな鍵がよかった!
「あぁ、痛かった」
ようやく髪を引っ張られる時間が終わった。ぼくはジンジンする頭を自分で撫でながら、安堵の吐息を漏らす。
「ま、まじかぁ」
タイチが何かを見ながら、怯えているような、不思議な震え方をする声を出した。
さっきの驚き一色の顔と同様に、はじめて聞く声だった。
この場所は、ぼくが知らなかったタイチに出会わせてくれる。
「ん?」
頭の痛みが治まってきた。ぼくはタイチが見ている方に、視線を移す。そこにタイチの声を震わせた理由があると思ったから。
「……えっ?」
それを見て、周囲を見る。キョロキョロと視線を動かす。
あっちにはホテル。招待されたホテル。
こっちにはバンジージャンプのジャンプ台。まさか、バンジージャンプができるホテルが存在するなんて!
「これって、やらなきゃダメかな。ぼく、ふざけて言っただけなんだけど」
「ピ」
「ピピィ」
ピ太郎とピィピィが、揃って肩を落とした。
そんな姿を見せられたって、ぼくはバンジージャンプなんかしたくない。怖いもん!
「ごめん、ごめん。まさかあると思ってなかったから、ふざけて言っただけなんだ」
ぼくはピィピィに謝罪した。そうしたら、ピィピィはぼくのほっぺたを二度つねった。これが、ふざけたことを言ってピィピィたちを傷つけた罰……みたいだ。
「わりと何でもできる場所だな、とは思っていたけど、まさか」
タイチがむずかしい顔をして、考え込む。
「なぁ、ピ太郎」
「ピ?」
「ここは、なんでも願いが叶うのか? たとえば、今ここでアイドルのコンサートに行きたいんだけどって言ったら、連れて行ってくれたりするのか?」
タイチって、アイドルが好きなのか? それとも、無理そうなことを実現できるかどうか確認するためのたとえ話なのか?
ぼくは、集中すべきだろう話題から脱線した場所で、思考を巡らせていた。
ぶつぶつ呟いたりはしていないんだけど、ピィピィには脱線がバレていたらしい。ぐいっと頭を踏みつけられて、「話題に集中しろ」とでも言いたげに耳やら視線を動かされた。両手を合わせて、ぺこぺこと頭を下げる。「わかったならよろしい」とでも言いたげに、ピィピィは小さな羽をパタパタと動かしながら、涼しい顔をして胸を張る。
「ピ、ピピピ……」
ピ太郎が呟いた後しばらく、ただ風が吹くだけの、羽をはばたかせる音がするだけの、静かな時間が流れた。
ぼくは再びピィピィに文句を言われないように、じっと大人しく、再び音が広がりだすのを待っていた。
「ピ」
「アハハ。そうか。今日は無理なのか。じゃあ、また今度に期待しておく」
タイチがピ太郎に笑いかけた。ピ太郎は「ピ」しか言っていないけれど、なにか言葉を交わして、納得し合った後みたいな笑顔だった。
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