第11話
ハッとして、起き上がる。
「え……えーっと?」
目が覚めた時、ぼくは自分の部屋にいた。
時計は六時半をさしている。七時に起きれば充分だから、いつもだとしたら、この時間に目覚めたら絶対二度寝する。
けれど、今朝は気になることがあったから、ベッドから出た。
あの招待状を見て確認しなければ。
もう、朝が来ている。眩しい太陽が伸びをするように、すがすがしい光を放っている。
封筒から板を取り出して、朝の光に当ててみる。
相沢さんは〝昼の光〟って言っていたけれど、朝だって昼の一部だろう。
「……うわっ!」
思わず叫んでしまった。
廊下から、足音が聞こえる。
『コウジ、起きてるの? どうかした? おねしょでもした?』
コンコンコン、とノックをしながら、扉の向こうにいるらしいお母さんが言った。
「おはよう。おねしょはしてない。ちょっと、寝ぼけながらベッドから落ちそうになっちゃっただけ」
『あ、そう。朝ごはん、まだ出来てないからね』
「ああ、うん。もうひと眠りしてから行く」
『ん? 新作ゲームについては考えなくてもいいの?』
「あ、それは――」
『大変! お味噌汁のお鍋、火をつけっぱなしだわ!』
ダッダッダと急ぎ足の音が遠くなっていく。
ドッドッドと打ち続ける心臓をなだめながら、ぼくは板をもう一度見た。
そこには、チェックアウトが完了したと書いてあった。そして、今夜のチェックイン時間は、決まり次第連絡するとも書いてあった。
「夢じゃ、なかったってこと?」
昔、確かおばあちゃんから、夢の世界は自由な世界だと聞かされたことがある。
夢とは、イメージがいきいきと動き出す世界。だから、寝る前に楽しいことを考えたり、夢に出てきてほしいもののことをイメージするといいって。夢に出てきてほしい人の写真とか、入りたい世界の本とかを枕の下に置いておけば、思った通りの夢を見られるんだよって。
たしか、それは百発百中ではないとも言っていた。それは宝くじに当たるみたいな確率で起こることだと言っていた。
今朝の、というより、今晩の、といったほうがいいだろうか。
ついさっき見た夢も、そういう思った通りの夢ってやつだったんだろうか。
どうせだったら、もっと違うことに宝くじみたいな確率を使いたかったけどな。ほら、巨大ロボの操縦席に座って、かっこよく交信をしながら、敵をバンバン倒していくとかさ。
「はぁ……」
ため息をつきながら、ベッドに寝転んだ。天井を見る。そこに、ピィピィは居ない。
大人には言わないようにといわれているから、ぼくは言いつけを守って、お父さんやお母さんに招待状のことや夜の出来事を一切喋らずに家を出た。
チュンチュンと鳥が鳴いている。ピィピィよりもずっと図体のバランスがいいな、なんて考えて、頭の中がまだあのホテルのことでいっぱいだってことに気づく。
大人には言わなければいいんだろ? じゃあ、子どもには言ってもいいのかなぁ。
考えてみるけれど、自分一人では結論に辿りつけない。この話をしてもかまわないだろう、タイチやユウトに話を聞くのが無難かな。
「ねぇねぇ、タイチ」
大人に言っちゃいけないっていうのが、直接的なのか、間接的なのかもよくわからない。誰かに聞かれて、それを先生に報告されるのもダメなのかも? とかいろいろ考えた結果、ぼくの口からは小さな声しか出ていかない。
「なんだ?」
ぼくの声が小さいからなのか、タイチの声も小さかった。
「あのさ、あのホテルのことってさ」
「ちゃんと決まりを守っていれば、毎晩行ける。だから、学校ではあのホテルの話はするな。聞きたいことがあるなら、全部あっちで聞くから」
「ねぇ」
「まだなんかあるのか?」
「それってつまりさ、あそこは、ぼくらの秘密基地ってこと?」
「……は?」
「だって、そうだろう? 大人にはナイショ、学校でだって、大っぴらには話せない。そんな秘密の集合場所のことを、秘密基地っていうんじゃないの?」
タイチの顔が、みるみる眩しくなっていく。
「それ、いいな!」
興奮したのか、その声はそれまでのひそひそ話とは比べ物にならないくらい大きかった。教室中の視線が、ぼくらに集まる。
「ああ、なんでもない、なんでもない。こっちの話!」
タイチはみんなに向けてそう言うと、再びひそひそ声で、
「ホテルっていうの、なんか違うなって思ってたんだよ。今度から俺、秘密基地って言うわ。サンキュ」
「え、ああ、うん」
キーンコーンカーンコーン、とチャイムが鳴った。
おしゃべりしていた人たちが、慌てて自分の席に帰っていく。ぼくも、急いで席に着く。
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