第9話
「あー。お前、ぼちぼちチェックアウトだな」
「え? どういうこと?」
「ま、ちゃっちゃか飲んで食って、ピィピィ使って部屋に行くんだな」
「いや、全然話がわからないんだけど」
「ピィピィに任せておけばオッケーだよ。ほら、とりあえず食え食え」
言われるがままに、ポテチを口に放り込む。やっぱり、口にいれ慣れている味がする。
「ピィィ!」
「んー? なんだよ」
ピィピィが急に、ぼくの髪の毛を引っ張り出した。
「だから、なんなんだよ。ピィピィだけじゃ、わかんないよ」
「ピィィッ」
ピィピィから視線を外した。みんなのことを見てみる。と、みんなはぼくが置かれている状況を理解しているらしい。ひらひらと手を振り、「またな~」「学校で~」と、モグモグしながら呟く。
「痛い、痛いってば!」
ピィピィが髪の毛を引っ張るのをやめないから、ぼくはカルピス片手に仕方なく席を立つ。
みんなに「またー!」って声をかけながら、ピィピィが引っ張る方へ、嫌々進んでいく。
「あ、コップ持ってきちゃった……」
建物に入るために扉を開けようとしたとき、手が片方塞がっていることに気づいた。
これ、あの場所に返さないといけないやつなんじゃ?
返しに行きたい気持ちはあるけれど、ピィピィのせいで頭が痛くて、自由に行動できない。
だから、返しに行けない。
「困ったなぁ」
コップ片手に、引っ張られながらホテルの中を進んでいく。
そういえば、コイツは〝鍵〟として渡されたものだ。そして、コイツは普段使っている家の鍵とかと違って、自分で動ける。きっと、さっきタイチが言っていた通り、部屋まで連れて行ってくれるだろう。
ピィピィに任せておけばどうにかなる。とは思うけれど、やっぱり気になるのは掴んだままのコップ。
「ねぇ、ピィピィ。このコップ、返しに行きたいんだけどさ」
「ピ、ピピィ?」
ようやく、ピィピィが止まった。髪の毛が引っ張られなくなったけど、頭はジンジン痛いままだ。
『どうかなさいましたか?』
聞いたことがある声がした。さっき、っていっても、だいぶ前のような気もするけれど――ボールを取ってくれた人の声だ。
「あ、えっと。このコップ、持ってきちゃって」
「さようですか。それでは私がお預かりいたします。この後、チェックアウトをされるようですね」
「え? ああ、うん。たぶん」
「招待状に記載されていたと思いますが、この場所のことは大人には決して伝えませんよう。そして、明晩より約束の時間までにお眠りください。そうすれば、再びこの場でお楽しみいただけますので。従業員一同、夢野さまのまたのお越しを、心よりお待ち申し上げております」
支配人は、実は老魔女。そんな、みんなの想像の話が、急にぼくにも理解できた気がした。
この子の話し方は、変だ。小学生らしくない。中学生でも、高校生でも、大学生でもないような気がする。
だって、コンビニとか、ハンバーガー屋さんで働いているような年上の人も、こんな喋り方しないもん。
ぼくがこれまでに出会ったこういう喋り方をする人は、もっと年上の、おじいちゃんとかおばあちゃんくらいの人たちばっかりだもん。
「あ、あのぅ」
「なにか?」
「約束の時間、っていうのは、十時で合ってる?」
「ご案内の時間は変更になる場合がございます。招待状を昼の光に当てていただければ、確認できますので」
「えっと」
「なにか?」
「昼の光って、太陽の光ってことでしょ? 例えば、すっごく天気が悪かったりしたらさ、太陽って出ないと思うんだけど。そういう時は、電気でもいいの……?」
支配人の女の子は、きょとんとした顔をした。ぼくみたいな疑問を抱く人は珍しいみたいだ。
「ごめんなさい。変なこと聞いたみたいで」
「いえ。当てる光は、人工の光でなければかまいません。光量に関係なく、昼の光に反応するようにできています。どんなに天気が悪い日でも、日中は夜の深い闇の中より明るいでしょう?」
「え? ああ、うん。そうかも。じゃあ、とにかく昼に、窓の側とかで見ればいいんだね?」
「さようでございます。それでは――」
「待って」
「まだ、なにか?」
「名前、名前を教えてもらっても、いいですか?」
「失礼しました。わたくし、相沢、と申します」
支配人・相沢さんが、ニコリと微笑んだ。途端、ピィピィがまた、ぼくの髪の毛を引っ張り出した!
強引に、ピィピィが行きたい方へと連れていかれる。ぼくは、相沢さんのほうを向いたまま、引きずられるように歩いた。ぼくが相沢さんを見ている間、彼女はずっと、深く深く、頭を下げ続けていた。
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