第8話


「おまたせ」

「まったく。時間かかりすぎだよ。支配人のことジロジロ見てるし。恋でもしたか?」

「恋なんてしてないよ。って……え? 支配人?」

 ボールがないからってすっかり喋り込んでいたみんなに、問いかける。

 すると、さっきまでやっていたドッジボールはどこへやら。敵も味方も、内野も外野も関係なしに、支配人についての話が始まった。

 話し声は、なぜだかほんのり小さい。まるで、女の子にでもなった気分。

 偏見かもしれないけれど、女の子ってこういうひそひそ話が好きだよな、って思っているから。

「支配人ってさ、魔女だと思うんだよ」

「なんで?」

「だってさ、さっきみたいに、ちょっと困るようなときに、『知ってました』ってくらいタイミングよく来るじゃんか」

「ああ、わかる。ちょっと困るときに来るよね」

「そう? オレのときは、別に来たりしなかったけど」

「マジ?」

 さっきの子が誰かの困りごとに手を貸すのは、いつものことらしい。

 そして、彼女の優しさは、タイミングのよさゆえに気味悪がられてもいる。

 ぼくからすれば、たった一度の親切だから、気味悪いも何もない。

 けれど、みんなは何度も助けられているみたいだ。ってことは、何度もここへ来ているってこと?

 ぼくの興味は、支配人と呼ばれている女の子のことよりも、みんながいつここに来られるようになったのかってことへ傾き始めた。

「ここにはさ、子どもしかいないじゃん?」

「ね。働いてる人だって子どもだもんね」

「そう。だけどさ、あの支配人だけは、実は大人だと思うんだよ」

「いやいや、そうだとしたらさ、子ども専用ホテルっていっちゃ、ダメじゃない?」

「でも、実際問題、子どもだけでホテルって、出来るのかな」

「確かに。絶対できないってわけじゃないけど、この不思議さはさ、魔女とかそういう〝変な能力〟を持った人が絡んでないと、出来そうにないよね」

「その〝変な能力〟もさ、熟練のっていう感じがするっていうか」

「ああ、わかる。あの支配人、見た目は同い年くらいだもんね。中学生じゃないだろ?」

「うんうん。同じ六年生なんじゃないか? この予想が当たっているとして、同じ六年生に、これほど大規模なことができるか?」

「全く無理ってわけじゃないと思う。そういう才能を持って生まれた人が、この地球上にいてもおかしくない」

「でも、老魔女とかがこれを作り上げて、魔女が小学生に化けているって考えた方が」

「なんかいろいろ、納得がいくよな~」

 みんなの話を、ただひたすらに聞いていた。そして、ようやく、話の切れ目を見つけた。

 ぼくは〝今だ!〟って思って、心の中のモヤモヤを口にする。

「ねぇ、みんなはいつからここに来てるの? 最初に来たのは誰なの?」

 問いかけた途端、みんなはきょとん、とした顔をした。

 みんなで目を合わせあってる。なんだか、探るような視線。みんなとて、誰からなのかわかっていないんだろうか。

 俺はお前から招待されたぞ、とか、一週間前に誰から、とか、言葉がどんどん重なっていく。

「僕は、だれから渡されたのか、わからないんだよね」

 アキがそう口にするまで、戻れる限界のところまで、今から過去へと遡った。


 この場所へ来る術を最初に手にしたのが誰かは、結局わからずじまい。

 そして、そんなわからないことを考えていても無駄だからって、ぼくらは気分転換にと、テーブルと椅子が置かれている近くにある建物へと向かった。

 話を聞くに、そこはカフェみたいな場所らしい。

 そこにはジュースサーバーやお菓子がたくさん並んでいて、全部タダで飲み食いできるんだって。

「何にしようかな~」

「やっぱりコーラっしょ!」

「ポテチ食いたい」

 みんなは慣れた様子で、ジュースを注いだり、お菓子を掴んだりする。

 補充を担当しているらしいスタッフの女の子が、やる気がない目でぼくらの様子を観察してる。

 ぼくは、ただで飲み食いできるジュースやお菓子よりも、その女の子のほうが気になった。だから、やる気がない目を、じーっと見る。

「こら。支配人の次は、給仕人に恋か?」

 タイチが肘でツン、とぼくをつつく。

「ちがうよ。ちょっと気になっただけ」

「気になることを〝恋〟っていうんじゃねぇの? 知らんけど」

「恋のことはまだよくわかんないけど……。でも、これは恋じゃない。なんか、こう。やってて楽しそうな感じがしないから。だから、なんで働いているんだろうって、気になっただけ」

 言いながら、ぼくはコップを手に取り、カルピスのボタンを押した。

 ジャーっと注がれるカルピスは、いつも見る色と全く一緒。

 こっそり、ちょっとだけ飲んでみる。味もいつもと全く一緒。

 今ぼくは、招待されたホテルにいるんだよな。

 それって、現実? それとも、夢?

 ベッドに入ったらここへ来られたんだから、夢、ってことだよな。

 あまりにリアルなカルピスを前に、今自分が存在する場所がどこなのか、よくわからなくなってきた。

「ピィ、ピィ!」

「うわっ!」

 遊んでいるあいだ、つかずはなれず視界の隅にいたピィピィが、気づけばすぐ近くにいた。

「ピィ、ピィッ!」

「な、なに?」

 ピィピィがぼくの頭をポコポコと叩く。



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