第7話
リョウが消えた、来られなくなった、っていうのは、ぼくにとってはインパクトの大きな言葉だった。でも、みんなにとってはそれほど重要ではないみたいだ。いや、重要なのかもしれないけれど、気にしてもしょうがないって感じなのかなぁ。
いる人だけで集まって、同じクラスじゃない子が「混ぜて~」って言ってきたら、「いいよ~」って言ったりしながら、ぼくらはワイワイとドッジボールをし始めた。
学校でするときは、使い古されたボールを使う。でも、ここではピカピカのボール! まるで、さっき買ってきましたってくらい、自分がつける傷が初めての傷なんじゃないかってくらい、ピカピカのボール。
「ぜってー当ててやる!」
「当てられるもんか!」
ぼくは必死ににげて、必死に捕って、必死に投げながら、不思議に思った。
ここでは、ぼくが知っているぼくじゃないみたいに動ける。まるで、ぼくの理想のぼくみたいだ。
みんなとて、同じような感じみたい。いや、スポーツ万能な子は、大差ない気もする。
要するに、みんな同じくらいの能力に揃えられているってことなのか?
なんてことを、ドッジボールそっちのけで考えてしまった。その時、ぼくの体にドン、とボールがぶつかった。
「あ~、当たっちゃった」
「やりぃっ!」
ドッジボールで当てられなかったことなんてない。だから、当てられることも、当てた人が喜ぶ顔を見るのも慣れている。慣れてはいるけれど、毎回悔しくて、その悔しい気持ちを押し込めるのに苦労してる。
ドッジボールの仕組みである、当てられたら外野、っていうルールのおかげで、ぼくはその悔しい気持ちを人にぶつけることなく何とか押し込められているんだと思う。
もし、外野に出て、ゆっくりとする時間を持つことが出来なかったら。そうしたらぼくは、今より少し、性格が悪かったかも。当てた人が悪いわけじゃないのに、これは単なる遊びであるはずなのに、悪態をついちゃったりとかしてたかも。
「おい、コウジ。外野だからってぼーっとしてんじゃねぇよぉ」
強い口調で言われていたら、イラッとしただろう。でも、どこかじゃれ合うような優しい声音でそう言われて、ぼくはエヘヘ、と頭を掻く。
勢いよく放られたボールは、勢いそのまま転がっていく。
ぼくはボールを捕まえるため、走りだした。
ボールを追いかけていると、ぼくとは別にもう一人、同じボールを追いかけている人がいることに気づいた。
その人は、ドッジボールをしているメンバーじゃない。
仲間に入りたくて、ボールを追いかけているんだろうか。ボールを掴んで、手渡すときに「混ぜて」って言おうとしているんだろうか。そうだとすると、少し妙だ。だって、相手は女の子だし、ボール遊びがしたいと思っている人がする服装じゃないから。
なんだか、大人が着るやつを小さく作ったみたいな服。まるで、働く人が着る服みたい。
それに、なんだか、ぼくはあの服をすでに見たことがあるような気がする。
どこだったっけ? ごくごく、最近のことだと思うんだけれど。
『コウジー! はやくしろよぉ!』
考え事をしていたら、進むスピードがゆっくりになってしまっていた。
ぼくは全然怒っている感じがしない、楽しそうな声掛けに、
「ごめん、すぐに取って戻るからー!」
同じトーンの言葉を、叫び返す。
ボールに再び視線を移す。
「あ……」
よそ見をしているうちに、女の子がボールを掴んでいた。
この後、一体どうなるんだろう。
「混ぜて」と言われたら混ぜるけれど、例えば「ボールを貰っていくね」とか言われたら?
いろんな言葉の候補が、ぼくの頭の中をぐるぐると飛び回る。
「これ」
「あ……ぼ、ぼくらが使ってるやつ、です」
「承知しております。どうぞ。引き続き、楽しい時間をお過ごしください」
「え? ああ、うん。ありがとう」
ぼくのイメージの中で、一番都合がいい展開だったような気がする。
面倒なことがなく、すんなりとボールを手に入れることができたんだから。
でも、なんだろう。なんだか、引っかかるものがある。変な感じがする。
『おーい!』
「ごめーん! すぐいくー!」
みんなに向けて叫んでいる間に、女の子はどこかへ向かって歩き出していた。
ぼくは変な感じを抱いたまま、彼女の背中を目に焼き付ける。
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