第6話


 先を行くタイチが、大きな扉を開けた。扉の向こうは外みたいだ。隙間から眩しい光が射しこんでくる。

 ピ太郎がぼくを見た。それから、タイチとアイコンタクトをしているように見える。タイチはさっきまでのように勝手に先へ進むことなく、扉に手をかけてぼくが追いつくのを待ってくれている。

「ごめん、遅くて」

「別にヘーキだよ」

 なんだかちょっと、変な気分。いつも通りといえばいつも通りなんだけれど、いつもよりタイチが優しい気がしてむず痒い。

 心の中がムズムズしているからだろうか。油断していると表情に照れが漏れてしまいそうだ。

 今、顔に浮かべるべきは、待ってくれたことに対する感謝であって照れじゃない、と思う。でも、不思議な今を過ごしているからだろう。どうしてもドキドキして、冷静ではいられなくて、そうしなくていいと思うようなこともしてしまいそうになる。

 心を落ち着かせようと、こっそり静かに、肺いっぱいに空気を吸い込んで、吐く。

 そしてぼくは、タイチと一緒に扉の向こうの世界へと足を踏み入れた。

「うわぁ……!」

 そこは、想像した通りに外だった。けれど、想像していなかったくらい、広かった。視線を動かして、端から端まで見てみる。広いから、見るだけでも時間がかかる。

 サッカーコートがあったり、テニス場があったり、スケートボードパークがあったり。テーブルと椅子があるのはなぜだろう。あそこに建物があるぞ? 何か売っているのかな。

「今日はみんなとドッジボールする約束してんだけどさ。コウジも一緒にどう?」

「え、急に混ざっても平気? っていうか、いくらタイチの知り合いっていっても、知らない人が急に入るのって……」

「ヘーキヘーキ! みんなっていうのは、クラスのみんなだから」

「……えっ?」

 やっぱりぼくは、タイチやピ太郎、ピィピィの後についていく運命みたいだ。はぐれないようにくっついていく、と、ぼくはよく知っている人たちがそこにいるのに気づいた。

 本当だ。クラスのみんながいる。

 だけど、変だ。全員いない。

 頭をグルグルさせて考える。なんで全員じゃないのかを考える。

 ピィピィが不思議そうな顔をして、ぼくの顔を覗き込んできた。そうしたくなるほど、ぼくは難しい顔をしているのかもしれない。

 考えて考えて、自分で答えを出すのも楽しい。けれど、時には考え込まずに人に聞いてしまうのもひとつの手だ。

「ねぇ、なんでいない人がいるの?」

「んー? 招待できてなかったり」

 そっか。自分とて、招待された身だ。招待の仕組みがどうなっているのかはまだわからないけれど、たぶん、一度に全員で来るようなことはできないんだろう。

「ん? たり? ほかにも理由があるの?」

 〝たり〟っていう時は、似たようなことが他にもある。『似たり寄ったり』とか、〝たり〟はふたつ以上にして使うって、いつだったか、誰かが言ってた。だからぼくは、残りの理由を問いかけた。

「まぁ、うん」

 なんだか、言いにくいことみたいだ。タイチが視線で、ピ太郎に助けを求めてる。ピ太郎は涼しい顔をして、だけど必死そうにパタパタと羽を動かして、ふわふわ浮いてる。

「ピィッ、ピィッ!」

 誰も言わないなら自分が! とでも言いたげに、ピィピィがピィピィ騒ぎ出した。けれど、残念なことに、ぼくにはピィピィ語がわからない。なんとなくわかるような関係を築けるほどの時間を共に過ごしたわけでもない。ピィピィが何を伝えたいのか、ぼくはわかってあげることができない。

 ぼくらがすぐに近づいていかなかったからだろう。メンバーが揃うのを待って集まっていた輪からユウトが離れて、ぼくらの方へとやってきた。

「よ、タイチ。タイチが招待するって言ってたの、コウジだったんだな。ケンカでもしたかと思ったけど。招待のせいだったか。なるほどなるほど」

 ユウトがちょっと茶化すみたいに笑った。

「まぁ、うん」

「あー、でさ。せっかく人が増えたんだけどさ」

「誰か消えた?」

「うん。リョウが」

「リョウが、き、消えた……?」

 消えただなんて、物騒だ。ぼくは別に聞き耳を立てたとかじゃなくて、すぐ近くだったから聞こえてしまった会話の内容に驚いて、思わず声を上げてしまった。

 ぼくが驚きすぎたのだろう、ふたりの体がびくん、と揺れた。

「消えたっていっても、このホテルでの話だから」

「そうそう。大人に言ったりすると、ここに出入りできなくなるんだ。それに、ここでの記憶も消えるって話だ」

 なるほど、〝たり〟は〝大人に言ったり〟のことだったんだ。

 でも、わからない。

 大人に言ったかどうかなんて、誰が監視したり、証明したりするっていうんだよ。



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