第20話 リベル・オリフィア

 「よいしょ」


 定期的に行われる、成績順の席替え。

 初月の成績が反映され、オルトは三位の席に引っ越してくる。

 そこで、チラリと後方に目を向けた。


(……ヴォルクは登校してないのか)


 悪役転生のヴォルクの順位は、五位。

 タッグ戦を経てどう出てくるかは気になったが、今日は登校してないようだ。

 ならばと、再び前に意識を向けようとする。


 そんな時に、後ろから声がかけられた。


「やっと来られたのですね」

「ん?」


 オルトが顔を上げると、れんな少女が頬杖ほおづえをついて覗いている。


 綺麗なピンク色のセミロング。

 右側は三つ編みに、髪飾りが付いている。

 同年代にしては少し幼めの可愛らしい少女だ。


 彼女の名は、リベル・オリフィア。


 現成績四位にして、四新星が一人。

 原作ではメインヒロインも務めている。


「オルト様、いえ」

「!?」


 そんなリベルは──いきなりオルトに抱き着いた。


「ワタシの王子様♡」

「ええええええ!?」


 いきなりの事態に、さすがのオルトも動揺する。

 それはオルトだけではない。


「な、何言ってんのよアンタ!?」

「あら?」


 オルトの一つ前──二位のレイダが机をバンっと叩いて立ち上がった。

 その表情には、焦りと動揺が見られる。


 対してリベルは、ふふっと口元に手を当てながら返す。


「ではあなたは、オルト様のなんなのですか?」

「な、なにって……と、とと、友達よっ!」


 顔を真っ赤にしながら、レイダは言葉を振り絞る。

 それでも、リベルは上から口にした。


「その程度でしたら、口を出す権利はありませんわね」

「はあ!?」

「ワタシはオルト様と婚約しますので」

「はいーーー!?」


 レイダはキッとした目をオルトに向ける。


「アンタ、いつの間にそんな話進めてたわけ!?」

「いやいや、してない! そもそも話したこともそんなに無いから!」

「本当でしょうねー!」


 ガルルルとにらみ、いつも以上のツンから声を荒げる。

 すると、ヴァリナ教官からも注意が入った。


「おーい、痴話ちわげんかもその辺にしとけよ」

「「痴話げんかじゃない!」」

「息ぴったりじゃねえか」


 教官から言われれば、三人も席に戻る。

 だが、レイダとリベルは最後までバチバチ睨み合っていた。


「…………」

「ふふふっ」


 二位のレイダと、四位のリベル。

 二人が睨み合うことで、間の三位のオルトも気まずくなる。


「俺を挟まないで……」


 そんなこんなで、席替えは完了した。

 しかし、誰しもが波乱を予感する第二期の始まりとなった。





 昼休み。


「ね、ねえオルト、一緒にお昼を──」


 レイダがオルトをお昼に誘おうとする。

 だが、彼の隣にはすでにリベルがいた。


「あら、遅かったですわね」

「……!?」


 ふふっと笑ったリベルは、オルトの腕を掴む。


「オルト様はちょうどワタシとお昼へ行くところです」

「はあ!?」

「俺も聞いてないけど!?」


 移動教室だったため、三人はそれぞれ別の場所にいた。

 レイダが誘うための勇気を出す間、リベルはすでに動いていたのだ。

 そのタッチの差でレイダは負けたよう。


 レイダの手元に目を向けたリベルは、さらなる追い打ちをかける。


「それに、誘っておいてお弁当の一つも作ってないなんて」

「……っ!」

「オルト様には、ワタシの愛妻弁当がありますので」

「ぐぬぬ……」


 リベルが取り出したのは、二つのお弁当。

 可愛らしい布に包まれたそれは、自分とオルト用だろう。

 言い返せなかったレイダは、くるりと背を向けた。


「フン、もう知らないっ!」


 レイダは荒々しく教室を出て行く。

 そのまま早足で歩いていると、自分でも分からない事がある。


(あーもう!)


 今まで他人には一切興味がなかったレイダ。

 だが、オルトの事になるとついムキになってしまう。


 ただ──


(どうしてこんなにイライラすんのよ……!)


 その感情は、まだ自分でも理解し切れてないようだ。


 そして、教室に残されたオルト。

 去って行くレイダを見ながら、がくっとうなれている。


「あ、ああ……」


 呆然としていたら、推しとのお昼の機会を失ったからだ。

 だが、すかさずリベルが声をかける。


「オルト様、ワタシと一緒なのはそんなに嫌でしょうか……?」

「い、いや……」


 うるうるとした目だ。

 ならば仕方ないと、オルトも了承した。


「良いですよ」

「では!」


 しかし、オルトもただのお人好しではない。

 気になる事があるのは事実だった。


「ですが、せっかくなら人のいない場所にしませんか?」

「……! 分かりました」


 そうして、二人はお昼へ向かった。





「──それで、どういうおつもりなのでしょうか」


 人のいない広場に着き、オルトが口を開く。

 早速本題に入ったようだ。


「どう、とは?」

「俺への態度の話です」

「ワタシは本気ですよ?」

「……なるほど」

 

 ピンクの髪を抑えながら、リベルは微笑んで答える。

 対して、オルトは心の中で思う。


(──嘘だな)


 オルトが信じないのには理由がある。

 ゲーム知識で彼女の過去を知っているからだ。


 リベル・オリフィア。

 小国オリフィア王国の第二王女であり、原作メインヒロインの一人だ。

 だが、原作では最も攻略が難しい・・・・・・・・キャラとされている。


 それもそのはず、リベルは過去に“想い人”がいた。

 同じ国内の平民の少年だ。

 だが少年は、魔人との戦いに駆り出されて死んでしまう。

 

 リベルはそのことから、立派な王女になり、平和な国づくりを目指す。

 それを実現する権力を得るため、聖騎士学園に入学し、努力を続ける。

 だが本当は、心の傷は癒し切れていない。

 

 時折、少年を思い出してはベッドで涙を流し、ふとした時に切ない顔も浮かべる。

 その深い傷を癒し、主人公ルクスに惚れた時、ようやくルートに入る。

 シナリオでも屈指の難関ルートなのだ。


「……」


 しかしオルトは、大してリベルと関わっていない。

 ルートに入るような行動は、出来ていなかったはずなのだ。

 それでも、リベルはぎゅっとオルトの腕を取る。


「ワタシはこんなに好きなんですから!」

「……っ!」


 表情は柔らかく、本当にアタックしているかのように。

 たとえ嘘とは思っていても、そのうるわしい見た目にはオルトもドキっとしてしまう。


「も、もうちょっと離れてもらえると……」

「あら、オルト様は消極的ですね」

「いやいや……」

「ふふっ、そんなオルト様も好きですが」

「……っ」


 照れながらも、オルトは一定の距離は保つ。

 その心の内では、決意を固めていた。


(どういうつもりなのか、見定めないと)


 ちなみにお弁当はめっちゃうまかったらしい。





 放課後。


「お前ら席に付いてるなー」


 本日の日程が終わり、最後にヴァリナ教官から報告がある。


「喜べ、久しぶりの“魔物室清掃”だ」

「「「えええーっ!」」」


 だが、笑顔のヴァリナとは反対に、生徒達は一斉に顔をしかめる。


 魔物室清掃は、面倒な押し付けられ仕事。

 休日返上で清掃をして、特に報酬は無し。

 オルトの前世で言えば、プール清掃の手伝いのようなものだ。


「募集は三人。誰かやってくれる人ー? 飯おごってやるからー」

「「「……」」」

 

 清掃の募集は、これで三回目。

 すでにみんな面倒だと分かっているので、手を挙げる者はいない。

 ご飯に関しても、食堂で最高級が食べられるので魅力的ではない。


「誰かがやらないといけないぞ~?」

「はいはい! ワタシがやります!」

「お、助かる」


 だが、すっと一つ手が挙がる。

 元気に挙手したのはリベルだ。


「このオルト様と一緒にやります!」

「はい!?」

「よし分かった。リベルとオルトは決定で」

「おいー!」


 リベルは、オルトと二人になる機会が欲しかったのだろう。

 ヴァリナも面倒くさいのでオルトを人員に入れる。


「もう一人いないかー? お」

「……」


 すると、リベルに対抗するように手が挙がった。

 片方は頬杖をつきながら、控えめに。


 恥ずかしがりながらも手を挙げたのは──


「わたしも……やってあげてもいいけど」


 レイダだった。

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