第32話:結んで繋いで

 こうして、溶王イオータは葬られ、火山の噴火も阻止された。

 だが、イオータの反応を追っていたはずの政府は当然大騒ぎ。

 シャインさんは──俺達がイオータを倒してしまったのを何となく察したらしい。

 ともあれ日本は救われた。あいつが寝ぼけていて助かった所である。

 入院代と手術費を差し引いても大きなおつりが返ってくる程度の報酬が俺の口座に振り込まれていた。


「──いやぁー、君には散々助けられちゃったみたいだねぇ」


 ……そんなある日。

 病室に見舞いにやってきたのは──イデアだった。


「ケガは大丈夫かい? 巡君」

「大丈夫に見えるかコラ、こちとらミイラ人間だぞ」

「一体どうやったらあそこで火傷するのかなぁ」

「はは、見せてやりたかったよ……」


 ──俺は全身大火傷。あのマグマ野郎の中をぶち抜いたんだから当然か。常人なら普通に死んでいたらしい。超人でもこの有様である。

 そのまま、例によって一週間ほど、病院にブチ込まれることになったのだ。

 ルカも降りかかる炎やマグマを気にせず戦っていたからか火傷こそあったものの、俺よりも大分マシ。イデアも軽傷で済んでいる。

 そして、デルタは──彼女の言う通り、肉を食ったら数日もしないうちに抉れた眼球が元に戻っていた。獣人の回復力とはかくも恐ろしいものである。

 問題の俺は、スキルで強化された肉体と言えど全身の皮膚が焼け爛れる重傷だったのだが、そこはやはり現代医療の技術の高さには驚くばかり。

 包帯が取れる頃には跡は多少残るだろうが、皮膚は元に戻っているらしい。


「で、他に見舞に来てくれる子いるのかい?」

「あんたいちいち腹立つ言い方しか出来ねえのか!? 心配しなくてもルカとデルタが来てくれたよ」

「へぇー、何か言ってた?」

「別に。少なくともあんたの心配はしてなかったぜ」

「酷いなあー……いやさ、ちょっと気になったんだよね」

「何がだよ」

「君達結局どういう関係なの? 付き合ってんの?」

「ブッフ──ゴホゴホゴホッ!!」


 おいやめろ。入院患者に余計な負担を掛けるんじゃねえ。

 今ので肺がイカれた。火山灰吸ったとかで、結構酷い事になってたんだぞ。


「おいおいどうしたんだい? ナースコールするかい?」

「しなくて良い……ッ」


 言えない。言えるわけがない。

 ワンナイトから始まった関係性だなんて。


「……付き合ってねえよ! 仲間だよ。配信仲間」

「くくっ、どーだか。僕、男女の友情ってヤツは信じてないんだよね」

「……俺がどう思ってても、あいつがどう思ってんのかは別だろ」

「そーかな。僕ね、同僚と一緒に過ごしてる彼女は沢山見てきたつもりだけど……大怪我した君をダンジョンから運び出したときの彼女は凄かったよ」

「凄かった?」

「マジで鬼気迫る感じだった。まるで──番を守る狼ッ!! あー、本気だなあって思っちゃったね」

「……」

「あの子、人に必要以上に深入りしたりしないんだよね。そんなあの子が入れ込んでる」

「おい。何でも良いけど、配信で余計な事は言ってねーだろな」

「言ってない言ってない! 僕ぁね、君達を貶めたいってわけじゃないし。配信でも君達のポジティブキャンペーンやっておいたから」


 助けられたのは事実だしねー、とイデアは語る。

 ……確かに配信のアーカイブを見たが、俺達に助けて貰った事だとかは言ってるが、事件の核心に迫るようなことは言っていない。

 俺のバックにルカが付いていることも含めて、秘密は守られていた。


「それでも何もしないってなら、彼女の事は僕が搔っ攫っちゃうけど?」

「──絶対させねぇ」

「ッ……はは、君今、包帯塗れなのにすっごい顔してるよ」


 発作的に飛び出した言葉。

 自分でも驚くほどに凄むような声だった。

 そして──俺が否が応でも思い知らされるのだった。

 責任だとか義務だとかでは、説明できないのだ、この気持ちは。

 ルカが何処かに行ってしまうのが怖い。とても嫌だ。

 じゃあ、この気持ちの正体は──


「安心しなよ。若人の色恋を引っ搔き回すつもりはない。彼女にもちょっかいは掛けないよ」

「……本当か?」

「本当さ。だから君も、言いたい事があるなら早めに相手に言うんだね」

「余計なお世話だッ」

「あーでも──ライバルとして意識はしてるから。ただ一人の配信者としてね。悪いけど、僕も負けるつもりはないよ」

「……ああ。互いに頑張ろうぜ」

 

 そう言って、何処か爽やかさを残しながらイデアは病室から去っていった。


「……にしても」

 

 ルカが何を考えてるかなんてわかる訳が無い。

 ……ルカは、ずっと平気な顔で病院に見舞いに来るんだ。

 まるで俺だけが、ダンジョンの奥で言われた言葉を気にしているようだった。

 

 ──えーと、おにーさん。一回しか言いません。よーく、聞いてください……。


 ……あの時、ルカは何を言おうとしたんだろうか。

 すっごく、モヤモヤする。だけど──聞けない。聞けるわけがない。

 聞こうとすると、熱くて頭がフリーズして、それ以上言葉が紡げない。

 不本意だったとはいえ身体は何度も重ねてるはずなのに。

 あいつの心は──ちっともわからない。


「まるで俺だけ……頭焼かれてるみたいじゃねえか」


 結局俺はずっと、退院するまで──ルカの事で悶々とすることになった。

 そして、俺の中では結論が出つつあったのである。



 ※※※




 それから俺は、由比さんにも早いうちの報告が必要だと思い、改めて病室から電話で連絡した。

 結局──伏せる事は多くなってしまったが、大雑把に俺達の前に現れたのは”加具土カンナ”の記憶を読み取った獣人だったと説明した。


「そう……じゃあやっぱりカンナは死んでたのね……」

「まあな。でも、そいつは多分もう悪さはしないと思う」


 あれからラムザの姿は誰も見ていない。

 何処に行ったのか、いずれ会う日は来るのかも分からない。

 ただ一つ言えるのは、もう彼女は鳥王の復活も狙っていないし──”加具土カンナ”の姿と名前を借りて現れる事もないだろうということ。

 やり方が間違っていたことは、恐らくラムザ自身も分かっていたからだ。


「ねえ。今度から、貴方のメカハンマーのメンテナンス、あたしにさせてくれない?」

「良いのか? こいつは君の友達が作ったモノじゃねえんだぜ」

「……経緯はどうあれ、あの子の遺したようなものでしょ? それに、どうせあの子以外にこのハンマーの整備が出来るのはあたしだけなんだから」


 こうして、俺のメカハンマーの整備をしてくれる相手も見つかったのである。




「まっかせて!! 今度はパイルバンカー2つ付けるんだから!!」

「それは別に良いかな……」




 もうそれはハンマーじゃなくて良い気がする。パイルバンカーの何が由比さんを此処まで駆り立てるのだろうか。




 ※※※




 そうして──俺は無事に退院。

 ルカとデルタ、そしておばあちゃんの体調が良くなったらしい調さんに迎えられ、シェアハウスに帰る事になった。

 一先ず近況を軽く配信で語り、視聴者たちにも生存報告をしておく。

 心配の声は勿論だが、流石に自業自得だー、とかいう声もあり、何より──俺が無事生還したのに驚いた声も多かった。

 そうして、辺りのゴタゴタを片付ける。

 調さんはきっと、自室でギターの練習。デルタは多分、部屋で爆睡しているだろう。

 配信を終えた俺とルカだけがリビングに二人っきりだった。


「……うーん。

「……?」

「やっぱ効かねえよな」


 そうして、俺は──隣に座ってキーボードを叩くルカに、ダメ元で”同調”のスキルを試した。

 しかし彼女は止まることなく、首を傾げるばかり。


「どうしたんですか? 一体」

「いや、腑に落ちねえ事が一つだけあるんだよ」

「何です?」

「俺のスキル構成だ」

「はぁー……何かと思えば」

「いや、大事な事だから。今後に響くから」


 ……やっぱり”同調”はもう使えない。

 ずっと気になっていた。

 イオータを倒した決定打になったのは、間違いなくあの”同調”だ。


「俺のスキル構成、多分……ドレッドノータスに行く前が……古い順に”反重力デルタ”、”抜刀絶技ルカ”、”同調ラムザ”だと思うんだよ。一番古いのが”反重力”だ」

「はい。あれ? でも、イデアさんの”魔筆”を習得して消えたのって私の”抜刀絶技”でしたよね」

「ああ。何でだろうと思って、デルタに聞いたんだ。そしたら──」


 ──うン? キスはしてないゾ。デモ、メグルが気絶してなかなか起きなかったから、テレビでやってた、ジンコーコキュー? ってヤツはやっタ!!


 ──息がある相手にやるもんじゃねえんだわ、人工呼吸は!!


 ……どうやらデルタの奴に知らないうちに唇を奪われていたらしい。

 これで、スキルの順番は港区のダンジョンに行く前には、”抜刀絶技ルカ”、”同調ラムザ”、”反重力デルタ”になっていたというわけである。


「恐ろしいのは、知らねえうちにスキルの順番が入れ替わっているかもしれねえって所だな……」

「怖ァ……それ、いざという時に覚えていたはずのスキルが消えていて戸惑うヤツじゃないですか」


 実際俺も順番をある程度把握はしていたのだが、戦っている時は必死で違和感を感じなかった。

 後からおかしいと思ったのである。


「で”魔筆”を習得したから、順番は”同調ラムザ”、”反重力デルタ”、”魔筆イデア”」

「……そうですね」

「その後に、お前の”抜刀絶技”を習得したら──”同調”が消えて、”反重力””魔筆””抜刀絶技”の3つになる」

「……それがどうかしたんですか?」

「俺さ、最後にイオータが再生しようとしたとき、無我夢中であいつに目ェ合わせて──”止まれ”って言ったんだよ。正直、スキルが使えないかもとか毛ほども思わなかった」


 そうしたら──イオータの身体は硬直。

 再生も止まった。


「……そう、ですね。確かに止まりました。だから私も”国士無双”を全部当てられたんです」

「だろ? だけど──今、お前に同調スキルを試したが、全然効いてる様子が無い」


 いや、正確に言えば”精神汚染・記憶改竄”とでも呼ぶべきスキルだ。

 相手と目を合わせれば、相手を意のままに操ったり、記憶を抜き取ることが出来るスキルだったってわけだ。

 問題は──あの時の俺は、確かにスキルが4つ使えていた……としか思えない。

 本来ならば忘れるはずのラムザのスキルを、少なくともあの瞬間は覚えていたんだ。

 そして今は使えない。


「つまり、今俺は3つしかスキルが使えない。何でだろーな?」

「簡単だと思いますよ。竜王は鳥王が大好きだった。そして私は鳥王の生まれ変わり」

「……まさか、にキスされて内なるサンがハッスルしたとかか……? それで一時的にスキルが4つ使えた? 消えたはずなのに……」


 お前実はまだ、俺の中に居るんじゃないか、サン。だけど、今回は死にかけても俺、暴走しなかったらしいし。

 最早血の中に宿っている本能のようなものなのかもしれない。怖ァ……。


「はぁ、そう言われたらちょっと納得しちまったよ」

「ただ、私としては……別の説を推したいところなんですけど」

「何だよ」

「ッ……! 今の貴方には教えませんからっ」

「ケチ!」


 何だよ。

 教えてくれよ、気になるだろソレ。

 何で顔を赤くするんだ。


「……今は……内緒ですっ」


 唇に人差し指を当てて、ルカは微笑む。その仕草にドキリとしてしまうのだった。


「ねえデルタちゃん、待ってーッ!! それ飲み物じゃないから!!」

「──なぁーっ、二人共ーッ!! シラベが部屋にこんなもん持ってたゾ!! これ何なんダ? ジュースじゃねえノカ!?」


 ……何だ、騒がしいな。

 どたどたと調さんとデルタが階段を駆け下りてくる。

 そしてデルタの手には──見覚えしかないピンク色の液体が入った小ビンが握られているではないか!!


「ねえ、おにーさん、アレ……!! 媚薬香水!!」

「ああ嫌な予感しかしねえ!! 何やってんだあいつら!! てか、まだあったのかよ、あの呪物!!」

「返してーッ!! それはいつか使う用だったの!! 決して巡さんとルカちゃんの中をこっそり進展させてあげようかなーとか思って買ったヤツじゃないの!!」


 そんでもってこの人今サラッととんでもねえ事言ったな?

 普通に余計なお世話なんだが!?


「あっ」

「あっ」


 走ってきたデルタがすってん、と転んでしまう。

 その勢いで──デルタの手にあった媚薬香水のビンが──地面に思いっきり落ちて、割れた!?


「あああああああ!? 私の香水が!!」

「って、待って下さい──こ、これ気化してませんかァ!? ふにゃぁん……」


 ……おいちょっと待て。この流れは見たことがある。あまりにも──何度も見た流れだ。

 地面に飛び散った香水がすぐに部屋中に充満している!! これ、どんな成分が入ってんだよマジで!!

 あ、ヤバイ。意識がもう遠のいてきた……! 原液全部部屋中にバラ撒いたからか!!


「……うにぃー……メグルゥ? にしし、デルタ、メグルと繁殖したくなってきたゾ」

「体が熱い……巡さん、抑えが効かない」

「うにゃー、おにーしゃーん……♡ 皆で、気持ちいい事しましょー♡」


 駄目だ。

 この場にもう、正気の人間は誰一人としていない。

 俺自身も、気化した媚薬を吸ってしまった所為で、い、意識が──




 ※※※




 ──翌朝。

 ベッドの上には、裸の女の子たち。

 シーツで丸くなるデルタ。

 何事も無かったかのようにすやすや寝ているすべての元凶・調さん。

 そして──隣り合って死んだ目で起き上がる俺達。


「なぁ、ルカ……」

「何でしょう……」

「……あの香水絶対悪いモン入ってるだろ……」

「私もそう思います……」


 結局こうなっちまうのか……。

 良い子の皆も、媚薬香水には気を付けよう……俺との約束だ。




 ※※※


「やっぱり、ねーさんの相手ってこうなる……」


 乱痴気騒ぎの一部始終を飛びながら外から眺めていたラムザは──何処か呆れたように笑うのだった。

 

「さようなら、ねーさん。ラムザは、もう行くね」


 大きく風を切り、ラムザは──空の向こうへと飛んで行った。

 今度は誰の為でもなく、他でもない彼女自身の旅路を紡ぐために。

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