第31話:溶王・イオータ

「イイ!! イイぞ!! この匂い、間違いない!! サン、そしてミューか!!」




 どろどろと人型がマグマを吸い上げて巨大化していく。

 全然違う、人違いですと言いたい所だが──強ちそうとも言い切れないのが難しい所だ。

 あっという間に人型をしていた王は、巨大な爬虫類の姿と化す。

 帆のような鰭を持つ、巨大な大トカゲ。

 口が──がぱぁと開き、溶岩が滴り落ちた。

 だが、それでは身体が維持できないからか、鰭から蒸気のようなものを放出させると急速に体表が冷え固まっていく。

 

「ディメトロドン……!!」

「なんだそれ、俺知らない……」

「ペルム紀に生息していた、爬虫類の仲間です……! 巨大な鰭で体温調節をしていたとかなんとか……」

「それって、あんなにデカかったのか!?」

「多分、絶対違うと思いますーッ!?」


 全高だけで4メートル。全長は恐らく10メートル以上はあるだろう。

 そんな怪物が全身にマグマを滴らせながら進撃してくるのだ。

 おまけに熱い。この距離からでも凄まじい熱を放っている。


「フヒッ、フヒッ、フヒヒヒヒヒ!! 赤い羽根ェ、赤い羽根ェェェーッ!! 間違いねェ、ミューだ、うへへへへへへへ、ミューだなァァァァーッ!!」

「羽根生えてませんよね、今の私」

「生えてねーよ。コイツ完全に寝ぼけてやがんな」

「ウヘヘヘヘヘヘヘーッッッ!!」


 問題は寝ぼけて起こす被害のデカさの大きさが尋常ではないという点である。

 オマケにこいつアレだな。悪質なストーカーの類だろ絶対に。

 悪質なストーカーが武力を持ってしまった悪い例だ。力を持たせてはいけない奴に力を持たせてしまった典型例だ。


「ウヒッ、うひヒヒヒ、燃やすと綺麗だなァと思ってたんだよなぁ!! 赤い羽根ェェェーッ!!」


 あ、ダメですねコイツ。

 美的センスが致命的に俺達と嚙み合っていない。

 分かっちゃいたけど分かり合えそうなタイプではない。

 そもそも比較的話が通じていたサンと敵対していた時点でお察しである。


「それにぃ、サンンンン!! サンンンン!! お前もだァ!! お前も燃やすと綺麗だと思ってたんだよなァ!! お前達纏めて、俺がァ!! 食ってやらァァァーッ!!」


 咆哮。

 地鳴り。

 そして、辺りからマグマが間欠泉のように噴き出した。

 どかどかと辺りに溶岩を撒き散らしながら、溶王・イオータは俺達に向かって迫りくる。

 真っ向勝負を挑むのはあまりにも得策ではない。

 俺はルカを抱きかかえ、思いっきり”反重力”を作用させて跳びあがる──!!


「ッ……ひゃぁああ!?」

「ルカ、掴まってろよ──!!」


 彼女を抱きかかえたまま、俺は間合いを取る。

 先ずはあいつがどういう戦い方をするのか見極めないと──!!

 そもそも、下手に接近すると奴の熱気で焼き殺されそうだ……!!


「んあああああ!? 何処行ったァァァ、俺の可愛い可愛い花嫁ェェェーッ!!」

「花嫁とか言ってるよコイツ……!!」

「焼き殺すつもりの相手を、ですよ!! イカれてます!!」

「お前達は何にも分かってねぇぇぇ、美しいモノは燃える瞬間が一番美しいのによォォォーッ!!」


 ……話が通じないとはこの事である。

 よたよたとのたうち回りながら──イオータは体からマグマを放出し続ける。

 道理で皆苦戦するわけだ。

 これじゃあ近付く所の話ではない──ッ!!


「ウッ、ウヒヒヒヒヒ!! そうか!! そこだなァ!! 見つけたぞォ!!」


 次の瞬間だった。

 イオータの身体の側面に巨大な砲台が出来上がる。

 ああ、そうか。やっぱりこいつ、あのドレッドノータスの親玉だったんだ、と思わされた。

 間もなく砲台が火を噴き、火炎弾がすっ飛んでくる。


「おにーさん、任せてくださいッ!!」


 ルカが凄まじい早業で刀を抜いた。

 そして、飛んできた溶岩弾は一瞬で細切れになり、粉砕される。


「魔鋼武器が溶ける心配は……しなくて良さそうですね!!」

「問題は俺達の体だけどな……ッ」

「……」

「どうした?」

「今、少し、刀を振るった時の感覚が違った気がしたんです。少し試したいので、おにーさんはアイツを引き付けて貰っていいですか?」

「ああ、分かった!!」


 再び、赤黒い溶岩弾を砲塔から放つイオータ。

 納刀したルカは再び刀を引き抜く。

 その時──戦場に一陣の風が吹いたような気がしたのだ。

 熱気が満ち溢れるこの場所に、爽やかで冷たい風が。

 俺はハンマーを構え、イオータに突っ込む。

 どうにか奴の体表付近の温度を探る──!!


「サァン!! 突っ込んできたかァ!! 結婚してくれやァァァーッ!!」

「真っ平御免だ、トカゲ野郎ーッ!!」


 至近距離の砲撃を跳躍で躱す。

 そして、奴の直上でハンマーを大きく振り上げた。

 このまま叩き潰す──


「──空に逃げ場はないぞォォォーッ!!」


 ──イオータの背中に更にもう一門主砲が生えた。

 おいおいおい待て、冗談だろ!?

 こいつ全身からあの砲台を生やせるのか!?

 ドレッドノータスの一門の主砲ですら対処に困ったって言うのに!!

 それに今更、空中で回避なんて出来る訳が無い──




「とりゃああああーッ!!」




 ──その時。突風が吹き荒れる。

 そして、イオータの砲台が一瞬で細切れになっていく。

 ルカが近付いたのか──いや、違う。

 ルカはずっと後方で刀を構えていた──


「ぎゃあああ!? いてぇぇぇ!?」

「──チャンスが出来た!! その身体諸共叩き砕くッ!!」


 俺は頭目掛けて落ち、ハンマーをイオータの頭部に叩きこむッ!!

 ”抜刀絶技”が乗った一撃だ。

 幾ら頑丈な溶岩の躰でもこれなら粉砕できる──はず、なんだが……!?


「ッ……て、手応えが浅い……!?」


 おかしい。

 ”抜刀絶技”の条件は満たしているはず。

 確かにドレッドノータスよりは固いが、それでも”抜刀絶技”があれば砕けているはずだ。

 奴が硬いというより、こっちの攻撃力が下がっている気がする──!?

 いや、てかこれひょっとして──”抜刀絶技”発動していない……。


「何しやがる、てめぇぇあああああああ!!」


 爆風が襲い掛かり、俺は吹き飛ばされた。

 熱い。滅茶苦茶に熱い……!!

 ゲホゲホ咳き込む。喉が痛い。今ので熱風を吸って火傷したのか……!!


「がほっ、がほっ、このヤロ……!!」

「おにーさん、大丈夫ですか──!?」

「お前達纏めて、火祭りにしてくれるァァァーッ!!」


 ズドン!! ズドン!! ズドン!!


 イオータの体から更に砲台が次々に現れて、上空目掛けて溶岩弾が撃ち放たれていく。なんて危ない奴なんだ、ドレッドノータスの比じゃない。

 空中で爆ぜて炸裂し、破片が降り注いでくる。

 マグマの雨が降り注ぐ中──ルカは再び刀を抜いた。




「──名付けるなら……翔べッ!! 嶺上壊砲リンシャンカイホウ!!」




 再び突風が吹き荒れる。

 イオータの砲塔が真っ二つに斬れ、更に溶岩の身体に大きく傷がつけられるのだった。 

 辺りに降り落ちて来ていた溶岩弾も細切れになっていく。

 ルカは一歩も動いていないのに──あたりのものを全て斬っている──!!


「飛んでる……!! 斬撃をッ!! おにーさんッ!! 私、新しい技が使えるようになりました──ッ!!」


 ぱぁっ、と顔を輝かせるルカ。

 その背中には──心なしか、大きな翼が一瞬だけ見えた気がした。

 ……ミュー。これがお前の……最後の置き土産なのか?

 イオータが呻く中、ルカが俺に駆け寄り手を伸ばす。


「……だけど状況は悪いぜ、ルカ。”抜刀絶技”が使えねえ」

「流石に刀では、イオータの身体に傷はつけられても、中の本体は斬り刻めないみたいです……!!」

「ああ。ハンマーなら中のヤツにも衝撃でダメージを入れられそうなんだけど……」

「ゆ、許せねえ!! こんな事は許せねえええええ!!」


 轟々と吼えるイオータ。

 辺りのマグマが湯立ち、噴出されていく。

 不味い、此処にいると巻き込まれる!

 ルカを抱きかかえ、再び俺はその場を脱するのだった。


「逃げても無駄だァァァァーッ!!」


 イオータの全身から灼熱の炎が噴き出される。

 あれじゃあ、近付くどころの話ではない。

 だが、もしもイオータをこのまま放置していれば、奴はいずれ噴火を引き起こす。

 仕留めるならば、此処で仕留めなければいけないのに。


「何で”抜刀絶技”が使えないんですか……!?」

「実は……お前を助ける為に、イデアのスキルをコピーしたんだ」

「コピー……って、どうやってですか!?」

「……聞くな。男にキスは流石に堪えた」

「も、もう、身体を張り過ぎじゃないですか!!」


 仕方ないのである。

 空を飛ぶためには、イデアのスキルが必要だったのだから。

 

「ッ……ルカ。悪い、あいつを倒す為に──」

「……とにかく! 目を瞑って下さいッ!」


 ふにゅん。


 ルカが俺の頬を掌で包み込む。

 そして──彼女の顔が近付き、唇に柔らかい感触が当たった。

 しばらくしただろうか。


「んぅ、ぷはっ……!」

「……ッ」


 ルカは──顔を真っ赤にしてそっぽを向いていた。


「……悪い、とか言わないで下さい。私は……貴方の為なら、力を貸します!! 命だって張れます!! だって、貴方にはもう散々張って貰ったから!!」

「……ルカ」

「言っておきますけど私……誰にでもこんな事はしませんからッ!!」


 ……そうか。

 そうだな。俺も──お前が傍にいる時が一番安心できる。


「いきますよ、おにーさん!!」

「ああッ!!」


 此処でイオータは必ず倒す。

 反撃開始だ!!


「お前達はァァァーッ!! 俺の元で、もっと美しくなるべきなんだぁ!! 燃えて、燃えてェ、燃え盛れェェェーッ!!」


 ボコボコ、と溶王の身体が沸き立つ。

 帆の如き鰭が更に二つ増え、蒸気を身体から噴射させる。

 更にコイツ、デカくなりやがった……!!


「”火砕竜”ッ!!」


 イオータの口からドロドロのマグマが高圧力で噴き出される。

 俺はルカを抱きかかえ、高く高く跳ぶ──!!


「ルカッ!!」

「お任せくださいッ!!」


 俺はルカの腰を離し、彼女は俺の膝を蹴ってさらに飛んだ。

 目標は真下に居るイオータだ。

 



「”絶一門・壊”ッ!!」




 真一文字の斬撃が──イオータを斬り刻む。




「ぎゃあああああああ!?」




 溶岩の装甲が切り裂かれ、傷が見えた。

 集中的にルカが斬撃を飛ばした場所から赤白く輝く内部組織が露出している!!




「”一気貫通バンカーバスター”ッッッ!!」




 俺は”反重力”を解除し、一気に急降下する。

 狙いは勿論、ルカが付けた傷の部位。

 此処なら、イオータの体内にも致命的なダメージを入れる事が出来る!!

 

「ぐあああああ!?」


 確かな手ごたえ、そして衝撃。

 そして──パイルバンカーのスイッチを押す!!

 イオータの巨体を中心として──クレーターが出来上がるッ!!


「ごぎ、がぁ、この俺がァァァァーッ!?」


 溶岩の身体はバラバラに砕け散っていく。

 当然、マグマが飛び散り、俺の体にも溶岩が纏わりつく。

 だけどまだ終わっていない。


「この程度でェ!! 俺が沈むとでも思ったのかァーッ!!


 ──中から出てきたイオータが叫ぶ。

 炎が巻き起こり、俺の身体を包んだ。

 熱い。皮膚が焼け爛れていく。

 だが、それでも──もう、イオータの体も亀裂が入っている──!! 


「な、舐めるなよ……!! 俺は、溶岩がある限り、何度でも再生が出来るんだ……もう一度──」

「と──ッ!!」


 ──全身を溶岩に焼かれながらではあったが──俺は溶王を強く強く睨み付ける。

 簡単な命令なら──数秒間だが、行使できる。

 溶王の身体が硬直した。

 吸い上げている溶岩が止まっている。

 

「がぎっ、こんなバカな──ぎゃあああ!? や、熱い!? こ、これは──」

「……俺も死ぬ程熱いし苦しいんだ。テメェも味わっていけよ──そして」

「──さっさとくたばれ、ですッ!!」


 後ろから飛び出すルカが刀を納刀する。 

 既に、この戦いは終わった。

 今ので──何度彼女は斬っただろう。




「──”国士無双”ッ!!」




 風が吹く。

 溶王の身体がサイコロのように細切れになった。

 ──これで、お終いだ。




「……今ので、10回斬った」




 黒い靄と共に、溶王は──バラバラに砕け散っていく。

 そして、跡形もなく消滅していったのだった。


「──へへ……へ、やった……!!」

「ッ……おにーさん!!」


 全身に炎を浴びた俺を見て、心配そうにルカが駆け付ける。

 だけど、火山地帯だった周囲は一瞬で元の山岳地帯へと戻っていった。

 溶王は──死んだ。


「……」

「ッ!? おにーさん!! しっかり! しっかりしてください!!」


 ……だが、眠い。

 凄く、俺も──眠い。

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