第30話:溶王襲来
静かに地面に降り立った俺は──改めて全身の痛みにもだえ苦しむことになった。
どうも、今まではウォリアーハイで何とかなっていたようだが、いよいよ限界を超えたらしい。
「いづづづづ……」
「おにーさん、その怪我……」
「大丈夫……何とかな。取り合えず、これを着てくれ」
一先ず俺の上着をルカには着せる事にした。
今の彼女は何も身に纏っていないからだ。
そして改めて──俺はこれまで何があったのかを説明することにした。
「私の前世、鳥王だったんですか!?」
「あー……うん、多分、そうらしい」
……俺だけが知ってたんだよな、この事。
サンが教えてくれた鼻歌と全く同じ鼻歌をルカは歌っていたってのが決定的な証拠だったんだけど。
それは俺だけが分かっていれば良いと思って黙っていた。
だって困惑するだけだと思ったんだ。自分の前世が鳥の王様でした、なんて知らされたらビックリするだろう。
「……お前、妹は居るか?」
「え? ……はぁ、そういうことですか。いませんよ。いる訳がありません。私は……ずっと一人っ子です」
「だよな。だけど、ミューには妹分が居た。それがラムザだったってわけだ」
「未だに何故、あの子を妹だと思っていたのか不思議です……」
「それがラムザのスキルだったんだよ。お前が鳥王としての記憶を取り戻すために、お前の頭を色々弄ってたみたいだ」
「怖ァ……!?」
ルカは震えあがる。
だが──不思議と彼女は、カンナ──もといラムザへの嫌悪感は然程湧いていないようだった。
「……なんか、分かっちゃった気がするんですよね。あの子も多分、寂しかったんだろうなって……天涯孤独、一人の寂しさは私も分かりますから」
「でもよ、だからと言ってお前が消える理由にはならないぜ。ラムザが好きなのはお前じゃなくてミュー。お前の前世なんだから」
「……本当に? 私に何かできる事は──」
「お前が前世の事で振り回される必要はねーんだよ。ミューとルカは、別人。生まれ変わったんだから。怒って良いんだぜ、マジで」
「……そう、ですね」
少し安心したようにルカは笑った。
「鳥人……か。全然ピンとこないな」
「ああ。全身に羽毛が生えて、腕は翼になってた」
「それ、刀握れないじゃないですか!」
「だろー? だからミューとお前は別人なんだよ、結局な」
だから、ルカがミューの持つ過去を背負う必要はないんだ。
……サンから色々受け継いだ俺が言っても説得力は欠片も無いかもしれないけど。
事実、ミューは自分の復活を望んではいないようだった。せめて、あの世ではサンと一緒に仲良くしていてほしいと願うばかりだ。
「……ところで別人ついでなんですが……鳥王って胸、大きかったですか?」
「ええ!?」
「此処最近、私の胸、日に日に大きくなってて……もしかして、鳥王の力が目覚めていた影響もあったりするんでしょうか!?」
「そ、それは……どうなんだ!?」
……そう言えば、いつものルカの二倍増しで大きかった気がする。鳩胸なんて言葉があるくらいだし。
いや、でも今は少し小さくなった気がするな。それでも出会った時よりは──確実に大きい。
だが──すっとぼけた。人の胸なんてじろじろ見るもんじゃない。
「覚えてねーよ、必死だったんだから」
「……それにしても、私が鳥王、ですか……なんでわかった時に教えてくれなかったんです? ねえ?」
「だって恥ずかしいだろが……! お前の前世が鳥王で、俺に血を分けたのが恋人の竜王だったわけだろ? それに言っても困惑させるだけかと思った」
「ッ……ふぅーん」
「どうしたんだよ」
「なら、やっぱり運命だったのかもしれませんよ、私達が出会ったのは……」
少し照れながら──ルカはそっぽを向く。
……そうか。運命か。それなら仕方が無いのかもしれない。
だけど──
「俺がお前をパートナーに選んだのは、運命とかじゃない。俺の意思だから。その辺は勘違いすんじゃねーぞ」
「パッ、パートナー……!?」
「だってそうだろ。俺が冒険して、お前は最強の配信グループを作る。互いに互いの夢に相乗りしたんじゃねえか」
「……良いんですか? 私で……」
「あん?」
「だって私,今までも今回も、すっごく迷惑掛けちゃってるし……今回だって凄い怪我だし……」
「うるせーうるせー……そんな事で悩んでたのかよ? 何で俺がわざわざ出来たばっかのダンジョンに潜って、こんなにボロボロになってると思ってやがるんだ?」
「……それは……」
「お前以外考えられねーからだよ。俺の冒険、プロデュースしてくれるんだろ?」
ルカの目が一気に潤む。
そして彼女は、ぎゅう、と俺に抱き着くのだった。
「ッ……もう、本当に!! 恥ずかしい事を言わせたら、一流ですねっ!!」
「ああ!? 何だとコラ!!」
「もう……本当にもう……私がどれだけ悩んだと思ってぇ……私の夢に付き合わせて、貴方が危険な目に遭ったらどうしようとか、すっごく考えてぇ……」
「……考えなくて良いよ、そんな事。迷惑って思ってる奴が、わざわざダンジョンの奥まで助けに来ると思う訳ねーだろ」
ぐすぐすと泣くルカを抱き留めながら、俺は倒れ込む。
……凄く、疲れた。
全身は斬り刻まれてヒリヒリする。
だけど──傍にはルカが居る。それだけで今は十分に満足だった。
「……あ、あの。おにーさん」
「何だ?」
ルカが、上目遣いでこっちの方を見てくる。
潤んだ目。上気した頬。
彼女の赤が、俺の目に映る。
「……えーとですね。前提として! 私も、おにーさんをパートナーとして好ましく思っている訳です」
「ああ、そうか。それは良かった」
「貴方の冒険をドローン越しに収めて、配信する。それが私の中での楽しみになっていたんだと思います。だからきっと、貴方が離れてしまうかもしれないって思うと不安だったのかも──最初は、そう思ってたんです」
思ってた? 過去形だ。
今はそうじゃないみたいな言い方じゃないか。
「だけど──最近、変なんです」
「うん?」
「……貴方を見ていると、変なんです。落ち着くような、落ち着かないような、ソワソワする気持ち。貴方に危険な目に遭ってほしくないって思ったり、何なら──ドレッドノータスだって本当は挑戦してほしくなかったくらいで」
「え、ウソだろ!?」
「乗り気じゃなかったんです! それくらい、不安だったんです。貴方が、居なくなるのが……凄く怖かった。でも私には、貴方を引き留める魅力も自信も無くて……どうしたらいいか分からなくって」
「……おいおい。俺がお前から離れるなんて」
「だから、その不安は──今、解消されたんです。きっと貴方は……私が何処に行っても連れて帰ってくれるから。だから、私も……もう、不安を口にするのはやめます」
赤い眼が俺を見つめる。
ドキリと胸が跳ねた。
こんなに真剣で、そして──ルカの事を可愛いと思ったのは初めてだったからだ。
「おにーさん。私……その。私は……この言葉を口にして良いか、分かりません。貴方との関係が変わってしまうような気がして。だから……えーと……」
声が震えている。
艶のある唇から、何を紡ごうとしているのか。
「あのですね……も、もしも! おにーさんが誰かと付き合ったら……スキルの為とは言え、だれかれ構わず……キスとか……えっちな事をするのは……ダメ、ですよね」
「今までもだれかれ構わずしたことはねーよ……? 大体巻き込まれ事故だよ……?」
「そ、そうですよね……でも、困っちゃいますよね。きっと」
「……そうだな。必要に迫られた時、きっと困ると思うけど……」
「わ、私は! 私は全然かまいませんから! だからおにーさんも負い目を感じる事は無いんですよ!?」
「あのな、落ち着け!? さっきから何が言いたいんだ、ルカ……!?」
「あ、ごめんなさい」
すぅーはぁー、とルカは深呼吸する。
「……えーと、おにーさん。一回しか言いません。よーく、聞いてください……」
「ああ」
俺は──ドキドキして目が離せなかった。
痛みだとか何だとか、吹き飛んでしまっていた。
「……私……あの、私は──ッ」
その時だった。
スマホの着信が鳴り響く。
相手は──シャインさん!?
「ッ……はぁ」
ルカの顔を見た。
何処か安心したような、そんな顔をしていた。
「出て下さい、何か緊急の用事なのかもしれない……ですし」
「あ、ああ。はい、もしもし──」
『やあ!! 今そっちはどうだい!? 君が港区のダンジョンに潜ってるのは知ってたんだがね!!』
元気そうな声が聞こえてきた。
だけど何処か焦りも混じっている。
……配信見ていたのか?
「えーと、色々あってその──ボスを倒して……どうしたんですか?」
『マズい事になった!! そのダンジョンからすぐに避難してくれたまえ!!』
「な、何で──何かあったんですか!?」
『溶王だ!! 溶王イオータだ!! 火山の近くに居を構えるはずのヤツが、何故か港区のダンジョンに接近している!!』
……はい? 王!?
今王って言った? 言ったよなこの人。
「──なんすかソイツ!? 初耳なんですけど!!」
「え、どういう事……王!?」
『溶王イオータ!! 数日前、ハワイから日本に接近していた王さ!! 火山周辺にダンジョンを作って、噴火させる文字通りの超危険生物!! それが何故か、火山からは遠いこのダンジョンに迫ってるんだ!!』
はぁぁぁーっ!?
どういうことだーッ!?
ちょっと待て。一難去ったかと思ったら、また一難じゃねーか!! どうなってやがる!!
『とにかく、奴が完全に覚醒したが最期、富士山が噴火する可能性すらある──とにかく逃げてくれ──ッ!!』
「ッ……って言われても」
『いいかい、今日本全土、火山の近くに住んでいる人々に避難警報を出しているんだ。それくらいヤバい事態だと思っておくれよ!!』
「なんでこうなるまで放っておいたんですか!?」
『放っていたんじゃない、手出しできなかったんだ! 前回のハワイでも、討伐作戦に失敗していてね! 地下の溶岩流に乗っているのかすさまじい速度で移動しているようだ!』
……じゃあ待て。今の今までハワイにいた王が、此処に近付いてるって事か!?
おまけに八丈島と港区って全然行き先が違うじゃねえか、何考えてやがんだ、その王は。
火山が好きなら普通、八丈島に居を構えるんじゃねえか!?
「……確かにヤバい空気を感じる」
俺達は振り向いた。
そこに立っていたのは──デルタを俵のように抱えるラムザの姿だった。
「ッ……カンナ──いや、ラムザさん」
「……おい。まだやる気なのかよ。ミューは……引っ込んだぜ」
「大丈夫……ラムザも、もう限界。コイツに叩きのめされた所為で、スキルがもう使えない。勝負は……ラムザの敗け」
「ZZZ……」
「目、潰れてないですか、デルタさん!?」
「コイツが自分で自分の目を潰した……ラムザのスキルが目を見て発動するから。多分、肉を食べれば再生する……はず」
何で負けた方が動けているんだ……?
一体どんな戦い方をしたんだよ、デルタの奴。
「……ねーさん」
「ッ……私は」
「ううん──ルカ。ごめん。本当は──分かってた。こんなことしても、ミューねーさんは喜ばないって」
しおらしく──ラムザは言った。
「ラムザのスキルは解除した。改竄された記憶は元に戻る」
「……ラムザ。貴女のやった事は……許される事ではないと思います。人の記憶は、その人にとって大事なものですから」
「……ん。分かってる」
「でも、私はどうしても……貴方を責める気にはなれないんです」
「ルカ……」
「それよりも今は、全員で此処を脱出しましょう! 溶王が……迫ってきています!!」
俺はイデアを背負う。
これで脱出するべき人数は揃った。
後は、深層からの出口を探すだけなんだけど──
『竜王と鳥王は、何処だァァァァァーッッッ!!』
──突如、そんな怒号が頭に響いてきた気がした。
そして、穏やかな山岳地帯だった深層は一気に赤い風景に塗り替えられていく。
八丈島のダンジョンに似通った、溶岩が流れる空間。
辺りの山は一瞬で火山と化した。
「マズい……ミューねーさんが居なくなったから……此処ら一帯の支配者が変わった!!」
「なあ、これ脱出間に合わねえぞ!?」
「……辺り一面、火山塗れです……!!」
とにかく走る。走るしかない。
スマホのアプリで、深層からの出口はマーキングしてある。
後はその方角へひたすら走るだけだ。
「なあラムザ!! 溶王ってどんな奴なのか知ってるか!?」
「……ハッキリ言って最悪。スティグマに並ぶくらいイヤなヤツ。乱暴者で、他の王たちからは嫌われてる!! だけど何が一番アレって……好きなもの、惚れたものを自分の身体に取り込まないと気が済まない悪癖!!」
「取り込むって──」
「溶王の身体はマグマで出来てる……!! だから、取り込まれたらお終い。一巻の終わり……!!」
うーんこの。
最悪、の肩書に相応しい凶悪な奴であるらしい。
溶王って言うくらいだから、全身マグマまでは何となく予想できてはいたが、性格も悪いと来たか。いよいよ関わりたくない。
「オマケに、以前溶王はねーさん目当てに挙兵した事がある……! ラムザ達と竜王の連合軍で撃退したけど……」
「何処まで傍迷惑な奴なんだ!! 戦いたくねえ!!」
更に──問題がある。非常に重篤な問題だ。
さっきまでは只の山道だったのが、今となっては溶岩の通り道になってしまっているのである。
これで俺は「王」の持つ権能がどういったものなのか嫌でも思い知らされることになるのだった。
「王がダンジョンを作るのは……本当に一瞬、なのか……!!」
そして間もなく。
溶岩だまりの中から大きな球体が現れる。
俺達は足を止める。その中にいるのが何なのか、もう感覚で察してしまったからだ。
「おい、ラムザ。イデアとデルタを遠くまで運んでくれ」
「ウソ──正気!?」
「正気も正気です!! やるしかありません!!」
「……ラムザも戦う──ッ」
「無理だ。その身体じゃあ、戦えねえだろ!!」
だからここは俺達が引き受ける。
やるしかない。こいつを無視して、中層に帰還することは出来ない。
「わ、わかった……!」
「あ、そうだ。それと──」
俺はデルタがずっと背負っていたものを引っ張って手に取る。
ルカは目を丸くした。
「それ、私の刀──ッ!?」
「使うかもしれないって思ってな。身軽なデルタに預けてた。じゃあ、二人を頼む、ラムザ!」
「ん。死なないで、二人共──」
ラムザは怯えた顔でデルタ、そしてイデアを引っ張って空を飛んで行った。
こいつ──溶王の狙いは、俺達なんだ。此処で倒すしかない。
ピキ。パキパキパキ。
溶岩球の表面が溶けて、中から──なにかが落ちてきた。
どぽん、とマグマの中にそれは沈んだが、間もなく俺達の目の前に這い出てくる。
「……得物があるなら、どんな相手でも百人引きですね」
「おい、溶王!! 狙いは俺達だな!!」
「……ヴゥ……?」
寝ぼけたような声で──それは答えた。
「──やっぱりだ……見つけたァ……!! ククク、俺の可愛い可愛い竜王と鳥王ォォォーッ!!」
……ああ、ダメだ。
やっぱり寝ぼけているようである。
何故なら今此処に、竜王も鳥王も居ないからだ。
全身がマグマに包まれた大男といった容姿。
だけど、背中には巨大な鰭のようなものが生えている──
「溶かしたいなあ……!! 俺と一つになろう!! 一つになろう!! なぁ!!」
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