第28話:ウソ偽り

 ※※※




「……来た。あいつら」

「……ラムザ──行くんですか?」




 ラムザが受けた傷は治りつつあった。

 一方、ダンジョンを作り出した反動からか、未だにミューは立ち上がる事すらままならないようだった。

 

「……竜王の血の匂い……おにーさんだ……こっちの居場所を嗅ぎつけてきた」

「あまりにも速すぎる……!! まさか生きてたなんて……!!」

「人間は強い。そう簡単にはくたばらない。直接戦ったから分かる。でも──此処はラムザ達の縄張り。今度は負けない」


 羽ばたき、ラムザは飛ぶ。


「……この戦いを始めたのはラムザ。ラムザが責任を取る」

「ラムザ、私は──」

「ラムザはもう子供じゃない──ッ!!」


 巣から飛び立つラムザ。

 その姿をミューはいつまでも見送っていた。

 子供のままでいい。成長なんてしてくれなくて良い。

 ミューは強く強く希う。

 配下の鳥達も、鳥人も、いずれ自分より先に逝ってしまう。

 それならば、最初から飛び立たぬ雛のままでいい。


「……ラムザ。貴女まで逝ってしまうのですか……?」


 もしラムザが居なくなれば、とミューは今度こそ一人になってしまう事を恐れた。

 誰よりも自由を愛したのではない。ミューは誰よりも仲間を失われるのを恐れたのだ。

 だから、自ら孤高の道を歩んだ。




 ※※※




「──おい、気を付けロ!! 空から何か来ル!!」




 湖のほとりを走っていると、デルタが立ち止まって叫んだ。

 真上を見上げると、真っ白な羽根が舞い落ち、そして間もなく──何かが地面を踏み鳴らした。

 俺も、イデアも──足が竦む。

 そこに立っていたのは、強靭な脚と赤い眼を持つ鳥人・ラムザだ。


「お、おおおお!! まさかこんな所でお目に掛かれるとは!! これが、獣人──いや、鳥人か!!」

「……初めて見るヤツも居る。此処から先はラムザの縄張り。入るなら容赦なく狩る」

「悪いなラムザ。俺達はこの先に用事があるんだ。通してくれねーか?」

「え? なに? 君達ひょっとして知り合い?」

「……此処で貴方達の冒険はお終い」


 カッとラムザの双眸が赤く輝いたその時だった。

 大きく跳躍したデルタがラムザに掴みかかり、地面に押し倒す。


「ぎっ、お前は──デルタ……!!」

「おい、メグル!! あのデカい樹の中ダ!! あの中にヤツが居る!!」


 デルタが指差した先には、湖畔の奥に佇む巨大な樹。

 あの中に、ルカが居るってんだな──


「コイツの相手はデルタに任せロ!! 先に行ケーッ!!」

「え? えええ? 何!? もう分かんない!! 話が飛び過ぎて分からないよーッ!?」

「おっし。頼んだ、デルタ!!」

「待て待て!! 君も仲間を置いていくのかい!? どう考えても三人で戦った方が──」

「邪魔ッ……! 放せッ!」

「放さねーゾ!!」


 イデアが言い終わらない間に、ラムザはデルタの肩を掴むと空へ連れ去っていく。

 そのまま二人の姿は見えなくなるのだった。


「な、何がどうなっているんだ!? 君、僕に何か隠してないか!?」

「悪いイデアさん!! 俺達ゃ、最初から目的があってこのダンジョンに潜ったんです!! この先に──滅茶苦茶強ェ鳥人のボスが居る!!」

「鳥人のボス──!? おいおいおい、何でそんなのを君達が知ってるんだ?」

「ワケアリなんだ! 早く行かないと手遅れになる!」

「君が何を言ってるか分からないが……今の鳥人の事じゃないのか!?」


 イデアの返答を待っている場合じゃない。

 俺は湖の先にある巨大な樹に走っていくのだった。


「待て待て! 話が追い付かない……! それに、君を先に行かせるわけにはいかない!」

「……随分とまともな事言うんですね」

「僕は何だと思われてるのかな!? ……いや、思われてても無理はないか」


 ……? どういうことだ。


「配信もしていないのに、挑まないといけないような相手なのかい? 名誉も、何も手に入らない。何故君はそんなボスに挑もうとする?」

「ッ……」


 此処で本当の事を話しても信じて貰えない。

 トップタブーたる王の事だとか、ルカがその生まれ変わりだとか──言っちゃいけない事が多すぎる。

 だけど、一つだけ噓偽りじゃないことを上げるなら。


ッ!!」

「──!」

「富だとか名誉だとか、そんなもんは要らない!! 俺はダンジョンの奥にある未知を解き明かす為に進むッ!!」

「危険すぎる! 配信も付けずにか!? ルカ君には相談したのか!? ルカ君が聞いたらなんて言うか──」

「えっ」

「あっ」


 ……ルカ? 

 ちょっと待て。

 今明らかに爆弾発言しなかったか、この人。


「……おい。どういう意味だ。どうして知ってんだ、あんたがそれを」

「……あーそうだよ!! 僕は、本当にクソ野郎なのさ!! ちょっと言えない方法で、君達の住所を突き止めて、ルカ君が君と組んでるのを調べたのさ!!」

「はぁーっ!? 何やってんだよ、あんた!? じゃあ、全部知ってたのか!? 最初っから!?」

「……まあね」


 と、とんでもないタイミングでとんでもない事白状してくれたな、この人!

 何のためにそんな事を……!


「僕はね……配信グループを少しでも大きくしたかったんだ。それでルカ君に声を掛けたけど断られた。彼女が誰かと組んでるのもその時に知った」

「それで調べたのか?」

「阿形──あ、いやいや……何でもない。ゴホン──それで、気になっちゃったのさ。彼女の新しい仕事相手が誰なのかね」

「……」


 あ、呆れて言葉も出ねえ。

 そんな事の為にシェアハウスの住所を調べたのか、この人。


「でも、世間に公表するつもりは無かった! それは本当さ!」

「たりめーだ!! 許されるわけないだろ!!」

「でもさぁ、羨ましい以上に納得したよ!」


 イデアは──自嘲するように笑った。


「ドレッドノータスを倒した配信を見て、息を呑んだよ。君は……確かに一人じゃ何もできないかもしれないが……周囲の人を巻き込んで不可能を可能にする力を持っている」

「ッ……俺達の事は」

「バラさない、なんて言っても信じてくれないだろうけどね。だから君は僕に隠し事をしている」


 そうだ。

 信用できない。

 信用できるわけがない。


「でもね、そんなクソ野郎にも見過ごせない事がある!! ルカ君と組んでいる君が、他でもないパートナーのルカ君を悲しませるような事をしちゃいけない!!」

「ッ……パートナー」

「そうさ。ルカ君は君を選んだんだろう!? だから一緒に配信をしているんだろう!? あの子と少しでも一緒にいたなら分かるはずだ、1人にしちゃいけない危うい面がある子だ!!」


 信用できないけど──この人の、ルカを心配している思いは本当だ。

 そして、ルカの隣に立つパートナーである俺を心配している──?

 いつもの胡散臭い顔じゃない。眉がつり上がってて、本気で俺を怒ってる。


「なーんて、僕が言っても……説得力が欠片も無いかもだけどね。でも、同期が……ルカ君が泣いてる所はもう見たくないんだ」

「……そのパートナーを、助けに行きたいって言ったら?」

「え?」

「──今あいつは鳥人の姿になっちまってる、って言ったら信じるか?」

「待て待て待って。どういうことだい? ルカ君が──鳥人!?」


 俺は手短に訳を話す事にした。

 王の説明とかは省く。

 要するに──さっきのフクロウの鳥人・ラムザの所為で、今のルカは超強い鳥人になっちまってるって事だ。

 

「どうも前世が鳥人だったみたいで、それでラムザに目を付けられたらしい」

「おいおいマジかよ……確かにこんな話、配信には載せられないね!!」

「ってか、誰も信じてくれねーだろ……」

「ははは!! でも面白い!! 君とルカ君の周りではどうもおかしな事ばかり起こっているようだ!! これもまた──運命だったようだね!!」

「だったらいいけどな」


 すっかり敬語は取れていた。

 イデアは──俺の話を信じてくれたようだ。

 なら、俺も少しだけでもイデアの事を信じてみようと思う。

 

「お互い思う所、隠す所はあるだろうが、ルカ君を助けたいと思う気持ちは同じだ。今は共に戦おうじゃないか!!」

「ああ……今は時間が惜しい!!」




 ※※※




「邪魔をしないで!! ミューねーさんには、誰も近付けたくないの!!」

「ミューじゃねエ!! デルタが知ってるのは、ルカ、ダ!!」

「やっぱり獣人は野蛮で話が分からない──キライッ!!」


 湖畔の森でデルタとラムザは激しい一騎打ちを演じていた。

 その最中、ラムザは目を赤く光らせる。




「”梟の大双眸オルニメガロアイズ”ッ!!」




 デルタの身体が足から硬直していく。

 だが、さっきのでデルタは悟っていた。

 ラムザの技は全て、彼女赤く大きな目を通して発されていることを。

 だが、足から徐々に体は動かなくなっている。

 目を瞑った所で、体の自由が効かなくなって瞼を無理矢理開けられるのは時間の問題だ。

 故に。腕が、手が動かなくなる前にデルタは手を打った。


「っりゃああああああ!!」

「はぁ!?」


 デルタは──思いっきり自分の顔面を、そして眼球を搔きむしった。

 鮮血と共に黒い靄が彼女の顔から漏れ出す。

 そして同時に、デルタの身体は自由を取り戻すのだった。

 だがそれは──他でもないデルタ自身の視力を奪う行為だった。


「あ、貴女、正気……ッ!?」

「ナメんな!! このくらい肉食ったら、すぐに治るゾ!!」

「バケモノ……ッ!!」


 ラムザのスキル”精神汚染・記憶改竄”は相手と目を合わせていなければ発動しない。

 そもそも、相手が目の見えない相手ならば、相手に自在に命令をすることもできないのである。

 一方のデルタは、嗅覚と聴覚だけでラムザの居場所を探って攻撃することができる。

 

「ッ……!!」


 空に飛び上がったラムザ。

 しかし、それを追うようにしてデルタは高く跳躍する。

 そしてラムザに組みかかり、今度は自らの拳をラムザの頬に思いっきりぶつけ、地面へ叩き落とすのだった。


「へへん、”同調”も使えない……やっぱり目を見ないと使えないみたいだナ……!!」

「ごほっ……!! 部外者の貴女に、何故邪魔されなきゃいけないの……ッ!?」

を奪われたんダ。取返しに来た、それだけだゾ……!!」

「仲間……貴女よりも、私の方がねーさんとの付き合いは長いッ!! ねーさんは、貴女達じゃなくてラムザと一緒にいるべきなんだッ!!」

「ッ……!」


 激しい蹴りをデルタに浴びせるラムザ。

 だが、風を切る音、感覚だけで全てデルタはそれを読み切って躱してしまう。

 目が見えない相手に攻撃が全く当てられない事に、ラムザは余計に焦りを加速させていく。

 

「こうなったら……”梟の大狂音オルニメガロアンプ”!!」


 全身の羽根を鋼のように硬化。

 そして、その羽根を震わせて不協和音を奏でさせる。

 あまりの不快な音に、デルタも耳を塞いでしまったが、それでも尚、まだ聞こえてくる。

 当然これは耳の良いラムザにとっても自爆技と言えるものであったが──


「これではラムザの居る場所が特定できないでしょう!? 仕留めてやる!!」


 ──これでデルタは聴覚も封じられたも同然となった。

 残りは頼れるのは聴覚だけだが──あまりにも心許ない。

 急降下し、ラムザはデルタを地面に思いっきり叩きつけたのだった。


「がはっ……!?」

「はぁっ、はぁ──!! どうして……どうして貴女達は……貴女達がねーさんと……!!」

「あぐぅ……!!」


 腹に鉤爪を捻じ込みながらラムザは憎悪をありったけ込めてデルタを詰る。


「ッ……ラムザは、どうすればよかったっていうの……!?」

「オメー、強いんだナ、ラムザ……!!」

「ッ……!?」

「デルタ、バカだから難しい事分かんねーケド……お前が強いのは分かル……!! 目も耳も封じられるのは初めてだゾ……!!」

「黙って……貴女の御機嫌取りをしてるわけじゃないの!!」


 もう一度蹴りを見舞うべく足を振り上げるラムザ。

 しかし、その隙にデルタもまた地面を蹴り、無理矢理跳び上がる。

 そして尻尾でバランスを取りながら立ち上がる。


「デルタは……強い奴と戦えるのがすっげー嬉しイ……肉を貰えるともっと嬉しイ!! だから、あいつらと一緒にいル!! あいつらとならもっと強くなれる気がするンダ!!」

「……貴女の話は聞いてない」

──どうなんダ……!!」

「ッ!」

「生き返らせて貰って、ミューは……喜んでるのカ……! サンも、スティグマも──鳥の王様が愛した、あの世界も!! もう無いんだゾ!!」


 ラムザの脳裏に映るのは、蘇ってからというものの一度も心から笑った事が無いミューの姿だった。


「ラムザッ!! オマエは……ミューが嬉しいって思った事、出来てるのカ……!?」

「黙れ──黙れ黙れ黙れッ!! お前にねーさんの何が分かるッ!!」


 ラムザの身体が大きく膨れ上がり、巨大なフクロウの姿と化す。

 

「”獣解放”……未熟なお前じゃあ、使えないはず!! 今の私には勝てないッ!!」

「じゃあ……何でそんなに辛そうなんだヨ」

 

 全身の羽根を逆立たせ、次々にビットの如く飛ばしていく。

 更に”梟の大狂音オルニメガロアンプ”も併せ、此方の位置を特定させない。

 故に流石のデルタも全身を羽根によって切り裂かれるしかない。

 羽根をよけきれない。

 防戦一方だ。


「ホォーホウ……悪いけど……! このまま斬り刻んでやる……!!」

「視覚も、聴覚も、アテにならねエ……それなラッ!!」


 デルタは思いっきり自分の頭を地面に叩きつけた。

 クレーターが出来る程の衝撃がデルタ自身の脳を襲う。

 当然だが自傷行為も良い所だった。ふぅ、と全身から力が抜け、デルタはそのまま倒れてしまう。


「ッ!? 馬鹿丸出しだッ!! 自分で頭を打って寝るなんて──ッ!!」


 倒れるデルタ目掛けて、ラムザは羽根を思いっきり射出する。

 だが──次の瞬間だった。

 

「ウルルルガアアアアアアアアアーッ!!」


 信じられない速度で、デルタの姿が目の前から消えた。

 そして、気が付けばラムザの腹には──デルタの脚が深々と突き刺さっていた。


「ごほっがぁあ!?」

「ルルルルルルルルルルッ!!」


 獣の如く吼えるラムザは立て続けにラムザの身体に攻撃を叩き込んでいく。

 目が見えないならば、他の五感を使うまで。

 音が不愉快で集中出来ないならば──自らの意識を閉ざし、戦闘本能だけで戦うまで。

 

(そう言えば聞いた事がある!! 獣人の中には、寝てる最中を襲っても、無意識に本能だけで反撃してくるヤツが居るって……!! こいつ、自分の意識を自分で絶って不要な情報をシャットアウトした!!)

  

 何も考えないし感じない、相手を倒すまで、あるいは自分が力尽きるまで止まらないバーサクモード。

 ただただ残る五感だけで相手の居場所を特定し、叩きのめす。

 これこそがデルタの切札であった。

 

(滅茶苦茶だ!! こんなヤツに最初からラムザの技が通用するわけが──!!)


 翼を広げ、逃亡を図るラムザ。

 しかし跳びあがった彼女を──真下からデルタが跳び上がって襲う。

 ”反重力”のスキルにより、高く跳びあがるだけならばデルタの方が遥かに速い。

 対して、ラムザの種族はオルニメガロニクス。現生のフクロウと比べても飛ぶのは得意ではない。空に逃げた時点で躱すのは不可能であった。

 かと言って、走って逃げられたかと言えば、答えは否なのであるが──


「ひっ、来るな──ッ!?」

「ルルルガアアアアアアアアアアーッ!!」


 デルタの鉤爪が深々とラムザの顔面に食い込んだ。

 そして、そのまま全体重を乗せて地面に叩き落とす。

 

「あっ、ぎぃ、ねー……さん……ごめん、なさい……!!」

「ZZZ……」


 激しい衝突で出来たクレーターの真ん中には、完全に戦う力を失ったラムザ。

 そして、何事もなかったかのように眠るデルタの姿があった。

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