第27話:大穴の中へ
※※※
「いやぁー、それでさぁ、僕達結構相性良いと思うんだよ。前衛二人に、後衛一人な訳だし?」
絡み方がダリィ……。
根っからの陽キャっつーかな、この人ずっと喋ってんだけど。
配信者としては正しいよ? だけど俺としてはずっと内心穏やかじゃない訳で。
:メグルたじたじだなw
:イデさん押しが強い
:ずっと注目してたって言ってたもんね
「注目してたって……そうなんですか?」
「ああ、そうさ。なんせ、世界初の獣人を仲間に加えた攻略者だからね。それに、ドレッドノータスの撃破も見ていた」
「俺一人の力じゃあないですよ」
「デルタも頑張ったゾ!」
「そうかい? ……おっと」
ピョンピョンと何かが跳びはねてイデアの元へ帰ってきた。
「……そいつは」
「”駒戌”さ。僕の魔筆は書いたものを具現化させる力。”駒戌”は僕がよく偵察に使うんだ。視覚と聴覚を共有できる」
「へぇ……それで何か分かったんですか?」
「気を付けた方が良い。中層も半ばだが、そろそろ接敵エリア。危険生物共が箱詰めになっているようだね。何匹か”駒戌”を送ったが、やられてる」
「帰ってきたのはそいつだけ……?」
「そーゆーことだね」
便利だな。
ドローンよりも小型で、しかも視覚共有があるからリアルタイムで偵察先の事が分かるのか。
:実際イデアは偵察も遠距離攻撃も近距離攻撃も全部一人でこなせる
:後衛職だけどワンオペ万能マン
ワンオペ万能マン、か。
羨ましい限りだ。幾らスキルをコピーしても、俺が後衛で出来る事なんてたかが知れてるしな。
「いや、でも助かるんだよ。君みたいに前線張って戦ってくれる人がいると、僕らはサポートに集中できる」
「そんなもんですかね?」
「火力は君達には及ばないさ。特に──君のドレッドノータスを倒した時の映像は何度も見た!」
「あの配信見てたんですか?」
「面白そうなヤツが面白い事をやっていたら、そりゃあ見に行くよ」
:実際巡は面白い
:まだ配信始めて1ヵ月経ってないのに、注目度がすごい
:獣人見つけたのが決定打だったけど
:本人も強い
:ハンマーってあれだけ火力出るの?
「そうだね。ドレッドノータスを真っ向から倒せるのなんて、僕が知る限り……まあ、それなりに居るけど、やっぱりルカ君辺りが真っ先に思いつくかな」
「いっ……」
「だって、あいつの装甲すっごく硬いぜ? よくやったと思うよ」
「あ、あれは多分、パイルバンカーに俺のスキルが乗ったからだと思います……」
そう言う事にしておいてくれ、頼む。
これ以上余計な事を言って視聴者の俺に対する疑念が強まらない事を祈るばかりである。
「それより、敵は何が見えたんですか?」
「ああ。此処から先の通路を曲がった先、崖になってる。その下は大分開けた場所になってるけど……ガストルニスの群れが居る」
「ガストルニス……?」
「恐鳥類って奴だねぇ。翼は退化していて、頭がすごくデカい飛べない鳥さ。大きさは平均的な成人男性より少し大きい程度」
「怖ァ……」
恐竜が滅んだあと、地上を支配したのは飛べない巨大な鳥・恐鳥類であった。
ガストルニスはその一種らしい。
「脚力は現生のヒクイドリより遥かに強い。後、デカい嘴で頭をカチ割られないように注意するんだね」
所謂モンスターハウスってヤツだ。
ガストルニスの群れがうじゃうじゃそこにいるのだろう。
だが、此処までデルタの嗅覚に頼ってダンジョンを進んでいるが──どうもここを踏破しない限り、深層には進めなさそうである。
「迂回出来ないのか?」と俺がデルタに視線だけで問うが、デルタは首を横に振った。
避けては通れなさそうである。
「うわぁ、うじゃうじゃいるな……」
イデアの言った通り、進んだ先には体育館ほど大きく開けた部屋が10メートルほどの崖下には広がっていた。
そしてウォーハンマーの錨爪のような嘴を持つ巨大な飛べない鳥たちが辺りを徘徊しているのが見える。
さあこれどうするかね。このままじゃ降りた瞬間に餌食になってしまう。
そもそもどうやって降りるんだ? この崖。
「取り合えず、奴らに取り囲まれなさそうな場所に降りようか」
「そんな事出来るんですか?」
「出来るよ。呼酉を使う」
「コトリ?」
「まあ見てなって」
さらさらさら、とイデアの大きな魔筆が地面にニワトリを3匹描く。
そして間もなく、3匹のニワトリが地面から飛び出してくるのだった。
「こいつに掴まって飛び降りれば、パラシュートのように地面まで降下出来る」
「やっぱり飛べないのか……」
「いや、やろうと思えば翼でも何でも生やせるさ。でもね、高度な事程、一度に使う墨の量が多くてね」
:コストがかかるってやつか
:羽根を出したら、他の二人が降りられなくなる
成程。
飛行ってのは、やっぱりそれだけ高度な事らしい。
対して、この呼酉はただただ羽ばたいて滑空するだけなので、3人分出しても問題ないらしい。
言われるがままにニワトリを頭の上に掲げた所で──俺はある事に気付いた。
「なあメグル──デルタ達……」
「言うな……相手の顔を立ててやれ」
……俺達スキルで落下ダメージ無効化出来るんだった……。
別にこのまま飛び降りても問題ないじゃんね。
問題ないのだけど、カメラが回っている所為で封印せざるを得ない。
しかしすでに、崖下では恐鳥達が俺達の存在に気付いたのか甲高い鳴き声を上げながら寄ってくるのだった。
地面に降り立つと、すぐさま包囲されることになるが──
「クエックエックエッ!!」
「数が多い!!」
「でも一匹一匹は大した事ねーゾ!!」
普通に攻撃が通る相手ならば、デルタの出番だ。
徒手格闘だけで、次々に恐鳥達を捻じ伏せていく。
次から次へと、飛べない鳥達は迫りくるが、俺もウォーハンマーを振り回して応戦するしかない。
「くええええ!!」
強靭な脚から放たれるキックをハンマーで受け止め、返す。
だが、横からもガストルニスが襲ってくる──
「そうだ──今なら出来るかもしれない──ッ!!」
暗がりに光る眼を見つめながら俺は叫んだ。
「止まれッ!!」
傍から見れば俺が苦し紛れに吐いた言葉にしか聞こえないだろう。
だが、ガストルニス達は一瞬ではあったものの、その足を止めるのだった。
その隙に、ウォーハンマーを振り回し、三匹の頭を叩き潰す。
「ッ……あっぐ、頭痛ァ!?」
だが次の瞬間、俺を襲ったのは強烈な頭痛。
どうやらサイキック系の能力というのは、脳神経に強烈な負荷がかかるらしい。
車酔いしたような吐き気までこみあげてくる。
あまり使わない方が良さそうである。
「さあて、仕上げと行こうか!! そらそらそら──ッ!!」
イデアが次々に地面に筆を走らせていく。
墨が迸り、中からは鬼や天狗、唐笠オバケといった様々な妖怪が現れる。
「──”百鬼夜行・地獄絵図”ッ!!」
群れ成す墨の妖怪たちが、迫りくるガストルニス達と組み合い、そして叩きのめした。
これで、大部屋にいた恐鳥達は──皆、倒せたようである。
「メグル!! こいつらの生肉美味いゾ!!」
「何食ってんだオメーは!!」
無惨にも倒れたガストルニスの肉を貪るデルタ。
こいつら鳥なんだよな、そう言えば。食ったら美味いのか?
「ちなみにダチョウの肉は美味しいらしいね」
この男は何を言っているのだろうか。ガストルニスはダチョウではない。
「さて、こいつで最後だ。何とか全員片付いたようだね」
「す、すごい技だ。あの数の群れを倒しちまうなんて」
「いやいや、これ結構消耗激しいんだよ。そう長い時間は使えない。君達が抑えてくれなきゃ、今頃僕はバテてるね」
:圧巻だったな
:すごい数だったけど、何とかなったらしい
:メグル頭痛そうだったけど大丈夫そう?
「あ、いや、俺は大丈夫。下に降りてるから気圧かもな、ハハハ……」
:正直このコラボ、どうなる事かと思いながら見てたけど、案外相性良いじゃん
:でも、深層から先はどうなんだろうね?
そうだ。
此処はまだ中層。
ダンジョンの本番は、この先に続く異空間である深層なのだ。
※※※
「”駒戌”に探らせた限り、深層部には毒ガスの類は無さそうだ」
「そんなことまで分かるのか」
「まあね。嗅覚も共有できる。だけど、瓦礫で深層への道が塞がってしまっている」
「任せろよ」
成程、どうも崩落の影響を受けたらしい。
深層への入り口らしきものはあるが、崩れている。
だが、こういう時こそ俺の出番だ。
”抜刀絶技”を乗せたハンマーで、瓦礫をまとめて──砕くッ!!
ドゴッ!! ガラガラガラガラガラッ!!
「どんなもんだい!」
「おおー、流石のパワーだ。この脳筋っぷり、ルカ君を思い出す」
「何やったんですか、あの子……」
「刀で瓦礫を斬り刻んで粉微塵にした」
「うわぁ……」
何やってるんですかルカさん。
「あの子も大概なんでも一人で出来た……いや、何でも一人で出来てるように見えてたんだよな」
「……?」
「ああ何でもない。配信で喋る事じゃなかったよ。先に行こうか」
ルカの事を語る時のイデアは──妙に真剣そうだった。
人との関わり方があれなだけで、同期としてやっぱりルカの事を案じていたのだろうか。
確かにルカは一見ひとりで何でもやってしまうし出来てしまうが──その実溜め込んでしまったり危うい点がある。
いや、絆されるな俺。
騙し討ちみたいな形で食事に誘うヤツがまともなワケが無いだろう。
「そんじゃあ此処からが深層だ。準備は出来てるかい?」
「デルタは準備完了だゾーッ!!」
深層の入り口をくぐる。
それを見た瞬間、俺は言葉を失った。
「空広がってんじゃん……」
目の前に広がるのは広大な青空。
そして、切り立った崖が幾つも聳え立つ山岳地帯。
ダンジョン深層が異空間であることは分かり切っていたが──此処までとは。
「デカい鳥が沢山飛んでるゾ!!」
「アルゲンタヴィスだね」
「あるげん……?」
「アルゼンチンの鳥という意味の史上最大級の飛べる鳥さ。翼開長は6メートルにも及んだ」
あれが羽ばたいて空を飛んでいたというのだから、驚きだ。
:マジでデカいな
:連れ去られた攻略者も数多いらしい
そうか、あれデカい猛禽類みたいなモンだもんな。
人間サイズの生き物だったら簡単に空の旅を体験させてくれるだろう。
そして二度と帰って来れない。
「まあでも、あんな大きな鳥が近付いてきたら分かるさ。こっちも応戦すれば良いだけの話だね!」
「キィーッ」
「うん?」
後ろから甲高い声。
そして間もなく──音がして、配信用ドローンが連れ去られていく。
アルゲンタヴィスには遠く及ばないが、大きな鷲のような猛禽類。
どうやら光るものに誘き寄せられたようである。
「あ、ああああ!! 返せ僕のドローン!! 高かったんだぞソレ!!」
:草
:草
:草
:こっちからは青い空しか見えんぞ
「……どうやら、一番警戒しねえといけないのは、大きい鳥じゃなくて小さい鳥の方だったみたいだな……」
「ソだナ……」
大変可哀想だが……配信はこれで終わりだ。別に喜んではいない。
「というわけで、ドローンが連れ去られたので、此処で一旦配信は終わりだ……君達、また次回会おう」
:えー……
:こっちからは何も見えないし仕方ないね
「ドローンの映像だけ垂れ流しにしておくから、そちらを楽しんで好きに書き込んでくれたまえ」
そこでイデアはインカムのマイクを切った。
これで、此処からは配信されている映像に俺達の声は入らない。
「くそう、このまま帰れるか! ドローンの分は稼がないと割に合わないね!」
「そういやイデアさんの目的は──」
「うん? そりゃあ行ける所まで探索するさ。まだ何もお宝持ち帰ってないしね」
崖を降り、山岳地帯を登りながら──俺達は辺りを探す。
先行するのはデルタだ。
「近付いてるのか?」
「あア間違いない……!」
「彼女、何を追ってるんだい?」
「大物っすね。デルタに付いていったら、すごいのが見れると思いますよ」
「もう撮れ高なんて無くていいんだけどなあ……」
「俺の目的はどっちかと言えばそっちなんで」
「ダンジョンに潜ってお宝じゃなくて危険生物が目当てなんて変わってるね、君」
問題はその大物の正体が正体なだけに、あんまり他の人には見せたくないんだけども。
「……そういえば、なんですけど」
「なんだい?」
「さっきルカ──あ、いや、ルカさんについて何か言いかけたんですけど。JURAに居た頃、どういう関係だったんですか?」
「同期だったんだよ。同じ時期にデビューした。僕の方が年上だから何かと気を遣ってたんだけどね。彼女は──強かった。いや、強すぎたのかなあ……」
何処か悔やむようにイデアは言った。
「……強すぎて配信ではなかなか撮れ高がなくてね。同期の中じゃチャンネル登録者数も一番少なかったのを気にしてた。十分多いんだけど、運営に圧掛けられてたのさ」
「……そうですか」
「一人で何でもできる、だなんて言うけど……本当に何でもできる万能選手なんて居ないよ。チームの穴を埋めるのが理想的な万能選手さ。それを分かってないヤツが多すぎる」
「ダンジョン攻略はパーティで挑んでこそ……?」
「そうだね。でも──ルカ君は本当に強かったから、勘違いしちゃうのも無理はないね」
「……イデアさんもJURAを辞めたんですよね。二人でやっていこう、とか誘ったりしたんですか」
答えが分かり切ってる質問を俺は投げかけた。どんな返答をするのか気になったのだ。意地悪の──つもりだった。
「誘ったよ。でもフラれた。この話、オフレコで頼むよ」
「……そうですか」
「でも、彼女が誰かと組んでほしいとは思ってる。あの子は本当に一人だと……不安になっちゃうね。なまじ何でもできるから無理し過ぎちゃう」
「……」
「ま、彼女には僕みたいなあくどい奴より、そうだな……せめて君みたいな真っ直ぐなヤツの方が相棒に相応しいよ」
……何だ。意外と──潔いんだな。
そう考えて、俺はみっともない質問をしたのを恥じた。
「ま、配信仲間に関してはぼちぼち探すとするよ。僕はおひとり様も好きだし、1人でもある程度カバーできるスキルだからね」
そりゃあアレだけ墨で仲間を生み出せるならそうかもしれないな。
「いやぁ、しかしヤケに鳥類が多いな。今回はまだ恐竜一匹も見てないや」
「……ギクリ」
「……ギクリ」
「案外この先に獣人ならぬ鳥人が居たりして! なんてね! いやー、ドローンが連れ去られたのが残念だ」
この男、何処まで知っていて何処まで分かっているんだ?
ひょっとして天然で言ってるのか?
いやいやいや、知っているはずがない。何も知らないと言ってくれ、頼むから。
「……メグル。この先ダ」
「うん? ……うわ」
山岳地帯の先。
巨大な渓谷が見える。
中心には湖。
そして、辺りには崖。
これだけの環境を、一瞬で作り出すのが──王の権能って奴なのか。恐ろしすぎる。
この先がきっと、鳥王の住処なのだろう。
空にはアルゲンタヴィスの群れが飛び交い、警戒を続けている。
「……きっといル。あの奥に……」
すんすん、とデルタが鼻をひくつかせた。
間違いない、ルカは──この先に居るんだ。
「おいおい、如何にもって場所に辿り着いたな……乗り込むかい?」
「ええ。行きましょうッ!!」
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