第25話:ミューとラムザ

 ※※※




 ──竜王・サンと、鳥王・ミューの出会いは最悪に等しかった。

 鳥類との同盟の足掛かりに鳥の王を自ら探していたサン。

 しかし鳥王は特定の拠点を持たない流れ者。彼女を知る身内からも「ふらりと何処かに行ってふらりと帰ってくる」と言われている始末。


「マージで何処にいるんだろ、鳥の王って。なんでボク自ら探さなきゃいけないのかなぁー」


 しばらくの旅の果てに見つけたのは──草原で無防備にも昼寝をしていたミューであった。

 ちうちう、と自らの羽根を赤ん坊の指しゃぶりのように吸い、自分の身体を投げ出して爆睡するミュー。


「すぅー……にゃーにゃー……」

「え、この子が鳥の王……?」


 美しい羽根や可愛らしい顔など魅力的な部分は多いものの、サンのハートを射止めたのはあまりにもあまりにもな無警戒っぷりであった。

 自身が頂点捕食者であり、王であるという無意識のうちの自負と傲慢さが現れていた事は言うまでもない。

 事実、彼女の放つオーラによって並大抵の生き物は寄って来れはしない。

 だが──竜王たるサンからすれば、なんてことはなかった。




「あ、連れて帰ろう」




 ──やらかした。

 連れて帰る予定など当初は無かった。

 そのまま爆睡する鳥王を米俵のように抱えて自身の拠点に連れ込んだ。 

 とはいえ、手を出す勇気もなく。そのまま寝顔を眺めながらしばらく添い寝していたのだが、パッチリとミューの目が開いた。


「あ、あぇ? 私、どうしてこんな所で寝てたんでしょ……ふぁーあ」

「ボクが連れて帰ったんだけど」

「ホギャーッッッ!?」


 寝床でミューは跳びあがった。


「誰ですか誰ですか!? 一体何処の誰ですか!? 暴れますよ、ってかブッ飛ばします!!」

「どうどう、落ち着いて。あんなところで寝てたら悪い奴に襲われちゃうよ。だからボクが保護したってワケ」

「貴女がその悪い奴ではないという保証は!?」

「無いけど、まだ何もしてないよ。何であんなところで寝てたのさ」

「そう言えば……獣人たちの作ったお酒が美味しすぎて、ふらふらで飛んでたらいつの間にか墜落して……そこから記憶がありません……」


(マジで大丈夫かなこの子……)


「ボクはサン。竜王・サン。同盟を組むために君を探していたんだ」

「……王──ッ!? ……私はミュー。鳥人達の長をしています」

「話には聞いてるよ。とても美しい羽根、力強い嵐──でも、とてもかわいい子だったみたいだ」

「余計なお世話ですッ!!」


 羽根に色に負けず劣らず顔を真っ赤にして、ミューはそっぽを向いてしまう。

 そんな不遜な態度を取られると燃えてしまうのがサンという少女だった。

 

「でも駄目だよ。そんな可愛い子が、あんな無防備に寝てたら。君を心配してる子達、結構いるけどね?」

「……私は鳥達の中で一番強いから王を名乗っているだけ。何者も縛るつもりはなく、何者にも縛られるつもりはありません」

「同盟の話も受け取ってくれない?」

「ええ。ガラじゃないんです。リーダーだとか、王だとか」

「……ボクも同じだ」

「え? あの威風堂々とした竜王・サンが?」

「正直面倒くさいけど皆の為に──ね」

「……可哀想な方ですね。他者の為にやりたくない事をやるなんて」

「そうだよ。大変なんだよ、王様ってね」


 ミューからすれば意外な言葉だった。

 恐竜たちを、竜人達を纏めるサンは、傍から見れば恙なくうまくいっているように見えたからである。


「皆が皆素直にボクに従ってくれるわけじゃないし、ボクも従ってくれるとは思ってない。でも、有事の時は皆で協力しなきゃまとまらない。せめて、そう言う時に一致団結できるようにはしときたいじゃん?」

「だから進んで指導者を?」

「うん。だってボクが一番強いから。”王”としての権能も持ってるしね。ボクがまとめ役になるのが結果的にみんなの為になるなら、ボクは役目を果たすよ」

「……私の所に来たのも”みんなの為”?」

「そうだね。最初はそのつもりだった。だけど──今度からはボク個人の用事で来るよ」

「何でです?」

「単純にボクが君を気に入ったから。ボク、好きなものは大抵一目惚れなんだよね」

「──ふん。羽根を褒めても何も出て来ませんよ」

「いいや? 気に入ったのはそこじゃない」

 

 サンは笑みを浮かべた。




「──絶対ボクの思い通りになら無さそうなトコロ」

「ッ……貴女……女の趣味悪いですね……」




 ※※※




 しかしそれから、足繫くサンはミューの行く先々に通った。


「やぁ、また会ったね!」

「……また貴女ですか。どうしてこうも懲りもせず──」

「好きだからね、君の事が」

「……ッ! 毎回毎回! 誰にでも言ってるくせに」

「ダメ? 好きな子に好きって伝えてるだけなんだけど。ボクは君ともっと仲良くなりたいんだよ」

「仲良くって……私は皆浮気性の流れ者。時間の無駄です」

「そうかい? 鳥は愛情深い子が多いって聞いたけどね」

「……どうせ皆、私より先に死んでしまいますから」


 それが──”王”の悲哀だった。

 強力な権能とも呼べるスキルを持つ王は、ただでさえ長寿な獣人たちの中でも特に寿命が長い。

 それ故に多くの同胞の死を見届ける事になる。


「妹分ですら……いずれ私より先に死んでしまう。そう思うと最近は、どうやって離れさせてやるかどうかばかり考えてて」

「それじゃあ可哀想だ」

「でも……もう、辛い。別れるくらいなら最初から出会わなければよかったって思っていまうんです」


 いつしかミューは、他者と関わる事に億劫さを感じるようになっていた。

 別れの悲しみは、彼女の心を麻痺させた。

 しかし──


「分からないな。別れて悲しいって思うのは当然さ。でも同時に出会って良かったとも思えるものなんじゃないかな」

「貴女は能天気ですね……」

「ボクは少なくとも君より先に居なくなるつもりはないよ」

「……何が言いたいんですか」

「一緒に楽しい事をしようよ。ボクは、君の笑顔が見たいな」

「た、楽しい事……?」


 ──サンは、何の気も無しにミューの心の壁に割って入ってきた。

 暗かったミューの心に、日が差した瞬間だった。

 尚、この後ミューはサンに組み敷かれてたっぷりと鳴かされた。


「ケダモノケダモノケダモノ!! あ、あんな事するなんて聞いてません!!」

「えー、途中からノリノリだったくせに」

「だ、大体、子供を残せないのにこんな事をする意味なんて無いでしょう!?」

「あるよ。コミュニケーションだもん。ちなみにボクはまだ、満足してないけど」

「ッ……ちょ、ちょっと──ひゃうん!?」


 それから、少しずつ二人の距離は縮まっていった。

 次第にミューは「絶対に居なくならない」サンに強い安心感を抱き、いつの間にか彼女の傍で過ごす事が多くなっていった。




「ラムザ。私は一体、どうしたの……此処は何処、私は一体……?」

「ねーさん……覚えてない? 自分はどうやって死んだのか」

「ッ……確か、私はスティグマの刺客が放った毒に……」




 ──港区ダンジョン・最深部。

 傷ついたラムザを癒しながら──ルカ改め、鳥王ミューは語りかける。


「教えてください、ラムザ。此処は私達の住んでいた世界と違う……!! サンは!? 皆は一体……」

「……ラムザ達の居た世界は……崩壊した」

「えッ……!?」


 顔面を抑えながらラムザは起き上がる。


「……巨大な裂け目。それが幾つも空に現れて……あっと言う間だった」

「ッ……」


 かつて。

 獣人たちがその眷属と住んでいた世界は──原因不明の裂け目が空に現れた事で崩壊した。

 裂け目は異界に繋がるゲート。その先は、この世界の地下にある大空洞であった。


「今は、各地の王たちがこの世界の地下で領域を広げ合ってる」


 領域──それこそが、王の作り出した無数の巨大なダンジョンだ。

 今も尚、世界中には多くの王たちが眠っており、彼らが目覚める度にダンジョンが生まれている。


「この世界の表面には──」

「多くの生き物が、そして支配者である人間たちがいる。だけど、ラムザ達の力は外では激減する……この外の世界に──私達の居場所はない」

「……ですが。私の権能なら──ッ……!! ぐぅっ……!!」


 ミューは倒れ込む。

 王の権能でダンジョンを作り出したことで、力を大きく消耗しているのだ。

 ダンジョンとは、王が自らや眷属の有利な生育環境を作り出した巣。

 そして、自らを守る王城でもある。


「無理しないで、ねーさん……! 力を使い過ぎてる……!」

「……ラムザを守るためです。このくらいはさせて」


 ミューは思い返す。

 自分が吹き飛ばした人間の姿。

 あれこそがこの世界の地上の盟主である種族──


「牙も羽根も尻尾も無い……猿のような生き物。あんなものが私達に対抗できるはずがありません」

「ッ……それは違う、ねーさん。人間はラムザ達を超える高い技術力と凄い知恵を持つ。そして、数がとても多い」

「……すぐに眷属たちを作り出しましょう。地上の空を我が種族で繁栄させるのです」


 自分の羽根をむしり、ミューは空に放る。

 次々に、赤い羽根を持つ4メートルほどのハゲワシのような鳥が空に現れるのだった。

 この世界では、この鳥たちはこう呼ばれている。

 ”史上最大級の飛行鳥類”──空の覇王アルゲンタヴィス。

 更に、間もなくダンジョンにもミューの眷属たる生物たちが満ち満ち始める。

 完全にこの場所は、ミューの領域と化すのだった。


「ねえ、ラムザ。教えてほしい。……サンは? サンはどうしたのですか? 何故あの人間からサンの匂いが……!?」

「……サン様は……死んだ」

「ッ──!?」


 ミューは目を見開く。


「……嘘、でしょう……サンが……!?」

「あの人間──メグルの記憶を探った。サン様は……スティグマに倒されて、死に際にあの人間に血を分け与えた」

「な、何であんな人間に──ッ!! スティグマ……スティグマめ!! 許さない!!」

「でも、スティグマももう死んでる」

「──ッ!?」


 振り上げた翼を──ミューはゆっくりと下ろした。

 そして悟る。

 最愛の人も、仇も、もうこの世には居ない。


「スティグマを殺したのはメグル……あの人間」

「ッ……どうして。あの人間は一体何なのですか!?」

「……ねーさん。勘違いしないで。私は、メグルに怒られて当然の事をした。メグルにとって、ねーさんの依り代になった人間は……大切な人だったから」

「……」

「でも──それでも。どうしても、ねーさんを蘇らせたかった」

「どうして、私を蘇らせたのですか……?」


 その問いは──「こんな事ならば生き返りたくなかった」という心の叫びだった。


「え?」

「私は一度死んだ。そして”生まれ変わり”の権能で……この世界の人間に生まれ変わった。違う?」

「……そう。だから、ラムザがねーさんを探し出した。前世の記憶と力を呼び起こさせた」

「でも、私が生きていても、もう何も意味は無い。大好きな人も──仇も居ない、故郷も無い。こんな世界に一体何が──」

「ねーさんッ!!」


 ラムザは──声を荒げた。


「ラムザがどれだけねーさんに会いたかったか!! ねーさんには分かりっこない!!」

「ッ……ラムザ……?」

「どうしてそんな事言うの!? ラムザはスティグマにねーさんが殺されたって知ったあの日からずっと後悔してた!!」


 ずっとずっと悔やんだ。

 自分の傍に居たならば、あんな死なせ方はさせなかった、とラムザは悔やみ続けた。

 竜王にふらふらと靡いたミューを止める術を、ラムザは持たなかった。

 自分の”精神干渉・記憶汚染”のスキルは、気高き自由の王として君臨するミューには通用しないのだ。

 だが、今は違う。

 竜王は死んだ。命を脅かすスティグマも死んだ。

 もう、ミューの自由を縛る者は誰も居ない。


「生きていてほしかった!! 元気でいてほしかった!! ただそれだけなのに、どうしてそんな事言われなきゃいけないの!? ねえ!?」


 ラムザはミューに倒れ込み、叫ぶ。

 ずっと感じていた絶望、そして孤独を。

 

「ねーさんには、サン様や他の子達が居たかもしれない。でも、ラムザには……ねーさんしかいない……!! 寂しかった!!」


 妹分の心からの叫びを聞き、ミューは漸く悟る。

 自分の自由奔放さが、どれほどラムザに辛い思いを強いていたのかを。

 最早かつてのような自分勝手が許されるような状況ではないということを。

 

「……ラムザ。ごめんなさい、寂しい思いをさせて」

「ラムザ、頑張ったよ……? 褒めて……ねーさん……?」


 震える声でラムザはミューに手を伸ばす。

 ミューは──妹分を思いっきり、羽根で包み、抱き締めてやるのだった。


「……えらい子、ラムザ……ひとりで、よく頑張りましたね……」

「んぅ……ねーさん……ごめんなさい……」

「……目覚めたからには、役目を真っ当しなければなりませんね……!」


 鳥たちが解き放たれる。

 しかし、彼らに自由がもたらされる事は決してない。

 ダンジョンと言う名の暗い籠に捕らえられた鳥達。

 



「総ては我らが種族の繁栄のため……!」




 ※※※




「その身体でダンジョンに行くのカ!? 幾ら何でも無茶だゾ!?」

「入院してる場合か!! ルカを助けに行かねえと……!!」


 傷口をガーゼと包帯で固定し、俺は出発の準備をする。

 今のルカは、王になっちまっている。時間が経てば経つほど、あいつが政府に見つかって討伐対象になってしまう。

 それならばいち早くダンジョンに出向かなければならない。


「落ち着ケ!!」

「落ち着いてられるか!!」

「そんな状態で、王様に勝てるわけねえだロ!!」

「ッ……じゃあルカがこのまま、他の誰かに殺されても良いってのかよ!! 俺は絶対に嫌だぞッ!!」

 

 それが──本音だった。

 まさか、生まれ変わりのルカにまだ鳥王の力が宿っていたなんて思ってもいなかったのだ。

 しかもそれを、他でもない妹分のラムザが引き出せる状態だったなんて。

 他でもない核弾頭は常に近くにいたのだ。

 だが、俺からすりゃあ堪ったもんじゃない。

 ルカは──俺の相棒なんだ。


「……メグル……」

「……悪い、俺今すっげー取り乱してる……色々ありすぎてもう訳が分かんねーよ、どうすれば良いのかもサッパリだ……!!」


 ──だけど。これだけは言える。


「それでも、ルカには戻ってきてもらいたいんだ……!! 俺はあいつに、自分の夢を応援してもらった。俺も、あいつが夢を叶える所を見たい……!!」

「……分かるゾ。デルタだって、このままが良いとは思わない。ダケド……今のメグルじゃあ……」

「かもな。だけど、やってみなきゃ分かんねえよ……!!」


 配信は無しだ。

 相手は王。撮影するとトップタブーに触れてしまう事になる。

 体はボロボロだが、こちとら一晩寝てるんだ。

 やるしかない。やるしか──無いんだ。


「今行ってもきっと後悔するだろうな、俺は……もっと準備すれば良かった、だとか……怪我をしっかり治せば良かった、だとか。でも、もし間に合わなかったら……俺は一生、自分を許せる気がしねえよ……!!」

「……だークソ!! メグルも大概分からず屋ダ!!」

「悪かったな!! 俺一人でも行くぞ!!」

「行かせるわけねーだロ!! 馬鹿!!」


 デルタが俺に何かを放り投げる。

 とても長くて重い、ルカの愛用の刀だった。


「そいつ、ちゃんと拾っておいたゾ。ルカに……届けないとナ」

「……へへ。ありがとよ、デルタ」

「ショージキ、相手は王ダ。そもそも何でルカが王になっちまったのカ、分かんネー……」


 だけど──ルカを元に戻す算段ならある。

 ルカは、ラムザのスキルを受けた事、そして傷ついたラムザを見たことで覚醒したのだと考えられる。

 ……でも今は俺も、ラムザと同じスキルを持っているんだ。

 もしかしたら、ルカの心を取り戻す事が出来るかもしれない。

 問題は使い方が未だによく分からないって点だけど……。


「出た所勝負で行くしかねえ……!!」


 場所は旧・港区の大穴。

 これ以上事態が悪化する前に、ルカを連れ戻す──!!

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