第26話:更なる危機!?
※※※
──港区の大穴。
まさか、こんな出来立てのダンジョンで配信を決行するようなバカは居ない。
居ないと思いたい。
故に今こそがチャンスなのだ。もう直に、他の攻略者たちが寄ってくる。
そうなれば、ルカが他の人間に被害を出したり、あるいは殺される可能性も出てくる。
あれだけ強い王がそう簡単に倒されるとは思えないので、どちらかと言えばルカを人殺しにはしたくないという思いが強い。
「よし、行くぞ……デルタ」
「あア!!」
ダンジョンの入口らしき場所を発見し、俺達はロープを下ろして降下する。
そこで早速、信じられない光景を目にしたのだった。
「皆さん、こんイデア~~~!! イデアChでぇぇぇーす!! 今日は出来立てほやほやの港区のダンジョンで配信をやっていくぞう!!」
浮かぶ配信用ドローン。
鎧の上にアロハシャツというふざけた格好。そしてサングラス。
胡散臭さの上に胡散臭さが羽織られたような男が、ダンジョンの入り口で元気にご高説を上げているのだった。
こいつは見覚えしかない。
確か──名前は陸奥 出光。ルカを騙し討ちのような方法で二人きりの食事に誘い、自分の配信グループに誘ってフラれたヤツだ。
「……何やってんだアンタ……」
「おっとぉ!? まさか僕達以外の配信者を見つけたぞォ!? 君ってメグルChの巡君、だよねぇ!?」
「ハァ、ソウデスガ……」
ヤバイ。
この男、何処まで俺の事を知ってるんだ?
ちなみに俺は、あんたがウチのルカを口説こうとしたナンパ野郎であることまでは把握しているぞ。
だけどまさかこの男は、俺がルカの関係者であることは知らないと思うので、あくまでも初めて会ったフリを通すしかないのである。
てか俺が言うのも何だけど正気か? どうして出てきたばっかのダンジョンで配信しようとか思えるんだ?
「いやー、君もこのダンジョンの攻略に? 奇遇だねえ! こないだのドレッドノータス攻略作戦、見てたよ」
「は、はい……ありがとうございます。えーと、イデアさんは……何やってるんすか? こんな所で」
「そりゃあ僕も攻略配信だよ。あ、皆! ちょっと彼と突発コラボが出来ないか相談するから、少しだけ配信オフにするね!」
ドローンのランプが切れた。
どうやら配信を一時中断したらしい。
そして、イデアは──改めて胡散臭そうな顔で頭をポリポリ掻いて言った。
「改めまして。僕は陸奥。陸奥出光。イデアって気軽に呼んでよ」
「巡です。日比野 巡」
「デルタはデルタだゾ!!」
「いやぁー、助かったの何の。実は僕、新しく配信グループを立ち上げようと思ってるんだけど、全然人が集まらなくってさあ」
そりゃあ、この胡散臭い顔と振る舞いでは来る人も来ないだろう。
オマケに変に人を策に嵌めようとする悪癖があるみたいだ。
リスナーからはウケが良いが、身内からの評判はすこぶる悪いタイプと思って良いかもしれない。
「それで、視聴者を集める為に俺達とコラボをしたい……と?」
「その通り! これでも僕のCh登録者数は200万人、君達からしても悪くない話だとは思うけどね?」
正直、今回のダンジョン攻略──配信には映してほしくないんだよな。王もいるし。
だけどかと言って、この大穴は深そうだ。途中までデルタと二人っきりでは少し心許ない。
適当なところまで協力してもらって、後は適当に理由を付けて別れるしかない、か。
あるいはデルタに頼んで、バレないように配信用ドローンを壊してもらうとか。
うーん、倫理的に問題のある策しか思いつかないぞ。どうする?
「メグル、こいつ怪しいゾ」
「ちょっと。怪しいって言わないでよ。会う人会う人みんなから言われるから、傷つくんだぞう」
「……いや、良いですよ。丁度俺も一緒に攻略できる人が欲しかったところなんで。ただ、途中で目当てのものが出来たら、別れて行動することもあるかもしれません。深層での単独行動は──」
「何回もやってる。そこは問題ないね。僕としても、途中の深層までの道で変に消耗したくないってのが本音さ。気楽にやろうよ。折角の新しいダンジョンの探索だぜ」
「そういうことなら、配信に出ても問題ないです」
「よっしゃ! 突発コラボの開始だね!」
俺はスマホの配信用アプリを起動する。
目の前に、イデアとのコラボ配信のコメントがホログラムで流れてくるようになった。
はぁ、本当は配信をしている場合じゃないし、する予定じゃなかったんだけどな。
それにこの人、一体何を考えているのか分からない。ひょっとしたら、俺達を隙あらば貶めようとしてるとか考えてんじゃないだろうな……?
※※※
(フゥー……!! まさか、当の巡君に遭遇とは!! ヤバいよヤバいよ、配信はしてないみたいだけどルカ君の姿も見えない。命知らずだなあ……!!)
尚、イデアからしても気が気でなかった。
相手は、自分のが住所を特定したルカの同居人である。
正直イデアとしてはこれ以上、ルカの悪感情になるようなことはしたくない。
仮にも元・同期。関係を悪くはしたくないのだ。
出来れば此処で巡のダンジョン攻略を助ける事で、失った信用を取り戻し、株を上げたいと考えてしまうのがイデア心であった。
問題があるとするならば、その程度でプラスになるような株の下がり方はしていないこと、そして何より当のルカがこのダンジョンの最深部に居ることをイデアが知らない事であった。
(配信も盛り上がるし、たまにはいい事しないとね)
そんなわけで、巡が危惧していたような「企み」をイデアは考えていない。
胡散臭いニヤケ顔と、これまでの前科が総てマイナスに作用してしまっているのである。残念でもないし当然の結果であった。
※※※
──その頃。
政府は、急に出現したダンジョンへの災害対応に追われていた。
幸い今回の崩落は今までのものに比べれば比較的に小規模。
更に周辺は住宅街も無かったため、地震以外の被害は軽微であったと言える。
だが、しかし同時刻。
東京ではもう1つの異変が起こりつつあった。
「八丈島の火山が噴煙を上げました……ッ!!」
「おいおいおい、勘弁してくれたまえ」
政府特務機関に所属する日本最強の攻略者、シャイン・マスカットは──異常事態に頭を抱えそうになる。
ダンジョン災害に連なるようにして、火山の噴火。今日の日本は災害のオンパレードだ。
おまけにこの八丈島、数日前に巡達の手によって中に住んでいたボス級生物・ドレッドノータスが討伐され、むしろダンジョンとしての治安は良くなっていた矢先であった。
火山の噴火に呼応するようにして、同時にダンジョンの入り口からも溶岩が漏れ出しているのである。
「火山とダンジョン、どっちが先なんだろうね……!!」
「恐らく同時です……!!」
「八丈島は、此処最近殆ど噴火してなかったんだけどな……地下で何か怪しい動きでも起こったと見えるね。監視中の王の情報をピックアップしてくれ」
「数日前から休眠状態のまま、ハワイから移動していた溶王イオータが日本に近付いてきています……それも恐ろしい速度で!!」
「それだ間違いない! 八丈島周辺は完全に封鎖!! 立ち入り禁止区域に指定だ!! もう一回崩落が起きるぞ、最悪……!!」
溶王イオータ。
かつて、ハワイに出現したダンジョンの最深部でアメリカの精鋭相手に大暴れした凶暴極まりない王だ。
全身が溶岩の躰で出来ている怪物であり、ドレッドノータスのような全身が溶岩で出来た恐竜たちの親玉と推定されている。
そしてこのイオータは世界各地の火山地帯を巡るようにして移動し続けており、これまで何度も活火山を噴火させて甚大な被害を出してきた。
ある時はポンペイ、ある時はハワイ、今度はそれが日本に回ってきただけの話である。
とはいえシャインは、イオータという怪物を今まで始末できなかった最上級攻略者たちの不甲斐なさを責めるつもりはなかった。
「全身マグマの化物め!! 今度は一体、何処を噴火させるつもりだ!!」
「アメ公め、あいつを何で倒せなかったんだ!!」
「アメリカでも無理だったものをうちでどうにかなるのか!?」
「どうにかするしかないだろうよ。私は出る。確実に」
「シャインさん……でも、氷のスキルでマグマに勝てるんでしょうか!?」
「正直戦いたい相手ではないね! だが、私が出ずに他に誰が出ると言うんだい」
とかく、全身が溶岩で出来ているというのが厄介極まりないのである。
単純な熱量の塊であり、危険なのだ。下手をすると、身体を溶かされてしまう。
おまけに住処が火山エリアなので、マグマだまりに潜んでいることも多い。
そもそも手出しが出来ないという事もざらだ。
こうしてみると、真っ向から戦わせてくれたスティグマが如何に有情だったかがよく分かる。
(とはいえ、私の冷気で何処まで奴と喧嘩できるかは謎だね。氷は熱に溶かされる。当然の摂理だ)
オマケにこの溶岩というものがシャインと致命的に相性が悪い。
いざ相対したとして、熱量の塊のようなイオータにシャインが何処まで抗えるかは未知数だ。
それでもいざという時戦う覚悟は出来ている。その為にシャインは今、此処にいる。
「配下の生き物も、ドレッドノータスだけじゃなく、溶岩アンキロサウルスに灼熱サイカニア、どいつもこいつも全身に溶岩を纏った亜種だ」
単純に超高温の身体の所為で、近付くだけで非常に熱い。
うっかり触れようものならば火傷では済まない。
そんな相手に武器で戦わないといけないので、討伐難易度は通常の危険生物に比べて大きく跳ね上がる。
(よくもまあ、巡君はドレッドノータスを倒したものさ。感心するね!)
故に、この間の配信を見て、シャインは改めて巡への評価を高める事になった。
このドレッドノータスと言う怪物は、A級の攻略者でも討伐が難しいとされている大物だ。
先の溶岩恐竜の特徴に加え、遠距離砲撃という反則技まで備えているからである。後は単純に超巨大である。
以前共闘した時よりも確実に巡の実力が高まっていることに、シャインは胸のときめきが隠せなかった。
「……とはいえ、そっちを喜んでいる場合じゃないんだよな、残念ながら」
「各種システムの調整!!」
「防災機能のレベルを引き上げろ!!」
港区に出現したダンジョンも大概問題であるが、このイオータの処遇も目下最大の障壁であった。
この怪物が日本の何処に留まるかは現状皆目見当も付かないが、政府として出来る事は唯一つ。
「活火山の周辺地域に住んでいる住民の避難指示を!! 最悪は……富士山噴火まで有り得るぞ!?」
最大限のリスクヘッジを行うことである。
イオータが、日本のどの火山に悪影響を及ぼすかは今のところは不明。
とはいえ、何処に留まっても噴火を誘発する恐怖のデスルーレットが始まる事は言うまでもないのである。
「ふ、ふ、富士山噴火ァーッ!?」
「あーあ、始まった……最高だ」
世にも恐ろしい最悪のシナリオである。
日本で最も大きな山で知られる富士山であるが、関東地方という日本の首都圏に位置していながら、その実最大の休火山という側面も持つ。
長年噴火していなかったため忘れている人も多いが、これまで富士山は日本の歴史上でも何度も噴火し、その度に甚大な被害を出している。
直近の大きな火山活動は江戸時代の宝永大噴火。この際も、大量の火山灰や地震で家屋を破壊し、耕作は出来なくなり、人々を苦しめた。
「もし現代で富士山が噴火した場合、溶岩流が広範囲に広がり、関東地方の大部分で火山灰が降り、交通網や電子部品が麻痺する。多くの人間に健康被害が出るし、地震で都市部は破壊される」
「関東は──」
「死ぬね。この王の行先次第で」
「こんなバカな事があっていいのか!! たった1匹の生き物の所為で、何十万人もの命とと生活が脅かされる!!」
「それが──”王”って呼ばれる生き物なのさ」
王の及ぼす影響力はピンキリだ。
その王の性格や気質、持つ能力によるとしか言いようがない。
だが、ことこの溶王イオータはズバ抜けて凶暴、そして凶悪な力を持っていた。
「こんな化け物が跳梁跋扈する世の中だ……私も脱がざるを得ない」
「何で脱いでいるんだ、あんたはこんな時に!?」
「非常時だからこそ私は脱ぐッ!! 今までだってそうしてきたはずだ」
「いやそうだったが!! 頼むから真面目にやってくれ!!」
「私は大真面目だッ!!」
それが、脱がなければ気が済まない男、シャイン・マスカットであった。
政府の関係者の間では、彼に脱ぎ癖が付いたのは仕事のストレスの所為ではないかとまことしやかに噂されているが、いずれも悪質なデマである。
(斜陽院家の人間は脱げば脱ぐほど強くなる。私もまた例外ではない。何故なら、世界が私を待っているからだッ!!)
とは普段のシャインの弁。
この男は、ただただ脱ぎ散らかして自らの肉体美を他者に誇示したいだけなのだ。
つまるところ、生粋の変態であった。
そして、仕事のストレスについても──シャイン程、楽観的な男も早々居ないと評される程度には彼はいつも余裕綽々とした態度を取っている。
そのシャインが、今は全く余裕らしい余裕を見せていない理由は──此処まで書き連ねたならばお分かりだろう。
日本は今、危機に瀕している。
そのシャインが、スーツを全部脱ぎ散らしていながら真剣な顔をしている理由は──此処まで書き連ねたならばお分かりだろう。
シャインは今、本気で目の前の問題に取り組んでいる。本人は大真面目なのだ。他者から見た時の認識はさておいて。
「溶王イオータ……!! 面白い。私の氷とどちらが強いか試そうじゃないか」
だからせめて、富士山以外の場所に収まってほしい、と強くシャインは願うのだった。
止まるべき場所に止まってくれなければ、倒せる敵も倒せないのである。
火事が起きていないのに、消防車は出動できないのだ。
「……そう言えば、今巡君は何をしているんだろうね?」
ふと気になり、シャインは動画配信サイトを確認した。
断じてサボりではない。これもまた情報収集の一貫である。配信は最も優良なダンジョンの情報収集の素材だ。各地の配信から異変が無いか、常にシャインは真面目に検索をしていた。
様々な配信者たちがダンジョン配信を行ってはいるものの、火山付近では強制的に配信の中止を求める通達が送られ、攻略者たちは撤退するように求められている。
だがその中で一際同接数が多いのは──元・JURAイデアの配信。
なんとあろうことかこの男、出来たばかりのダンジョンで早速配信をしているのだ。
「うーんこの、余程自分の実力に自信があると見えるな、この男……触発されて、後発の攻略組がどんどんやってくるぞ……危ないのに」
しかし問題は此処からであった。
配信画面にはイデアではない別の男が映っている。
あまりにも見覚えがあり過ぎる彼に、シャインは思わず目を見開いた。
「あるぇ!? 巡君!? 何で彼までこんな所にいるんだい!?」
全くの予想外。
突発的なコラボが開始されようとしていた。
シャインはますますわからなくなった。
ダンジョン攻略に関しては慎重派なはずのルカがバックに居るにも拘わらず、どうしてこんな危険な真似を決行したのか激しく気になるのだった。
「何をやってるんだ、ルカ君は……止めなかったのか!?」
しかしシャインは知る由もない。
他でもないそのルカが「王」となってこのダンジョンを作り出していることを。
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