第24話:鳥王ミュー

 ※※※




「あーもう私のバカバカバカぁ!?」




 ゴンゴンゴン!!

 壁に頭をぶつけながらルカは叫ぶ。

 胸が大きくなってブラが入らなくなってきたのは事実だ。

 しかし、幾ら一緒に買い物に行きたいからと言って、下着の話題を出してしまったのをルカは激しく後悔した。

 デリカシーの無さは、こう言った時に現れるのである。


(た、ただの買い物の誘いに、私ってば動揺し過ぎでは……!?)


 変だ。本当に変だという自覚はあった。

 惚れてる、とカンナに指摘されてからというものの、ルカは──巡の事を考えると内心冷静ではいられなかった。

 しかしそのたびにルカは自分に言い聞かせるのである。

 こんな酒カス女、好きになって貰えるわけがないし、今更普通の恋愛など出来る訳が無い──と。


(それに、もし付き合うってなったら、真面目なおにーさんはスキルの為に誰かとキスする事すら拒む気がする……!!)


 そうなれば、彼の強みであるコピースキルを投げ捨てる事になる。

 

(いや、そもそも何で付き合う前提で考えてるんでしょうか、私!! ……で、でも──)


 ちくり、と胸が痛んだ。


(──やっぱり私……おにーさんの事が好き、なんでしょうか? 他に人に取られたりしたくないって思っちゃってるんでしょうか……?)


 ひとり反省会を終え、ルカは下の階に降りる。

 そこで彼女は気付いた。さっきまでデルタと一緒に居たカンナが居ないのだ。


「あれ? デルタさん──カンナ何処に行ったか知りませんか?」

「うーん? なんか買い物に行くって言ってたゾ」

「え”……はぁー。じゃあ私一人でデルタさんの見張りですか」

「オイ。どういう意味だ、怒るゾ」


 ──て


「うん?」


 ルカは突如──空を見上げた。


「どうしタ?」

「いや、何か今、声がしたような──」




 ──ねーさん──たすけ、て──




 脳に直接反響する妹の声。

 がたり、とルカは立ち上がる。


「おい、ルカ? どうしたんだヨ?」

「……行かなきゃ」

「エ?」

「ちょっと出てくる! 良い子にしてて!」

「あ、オーイ!!」




 ※※※




 ──戦っているうちに何処かの廃工場の跡地に辿り着いていた。此処なら誰の迷惑にもならない。




「──貴方は……竜王の血を継いでるから、見逃してあげようと思ってたけど……」

「ッ……!!」




 ダチョウの如き強靭な脚を剥き出しにしながらラムザは俺に向かって走ったかと思えば、低空飛行!! 

 やっぱり梟というだけあって空も飛べるのか!!


「大人しく鳥王の復活を見届けるか……それとも、此処でラムザのエサになるかッ!!」


 鉤爪が鉄の地面を抉り取った。

 とんでもない威力だ──手荒な真似は好きじゃないって言ってたけど、実力行使も全然得意ってか。

 

「何度でも言うぜ、ルカの記憶を元に戻せ……ッ!! 初めてじゃねえんだろ──今まで弄った他の人の記憶も、だ!!」

「悪いけど、関係無い誰かの事なんてラムザはどうでもいい」

「元に戻すんだッ!!」

「貴方がお願いできる立場だとでも思ってるの?」


 宙に羽根が舞う。

 そして、それが次々に俺を目掛けて飛んでいく。

 ウォーハンマーで跳ね返したが、刃のように重くて硬い。

 鎧を着ていないので、服をびっしりと斬り裂き、わき腹から血が噴き出した。


「がぁっ……痛ッ──!!」

「……貴方にラムザの何が分かるの。ずっと、ずっとねーさんを探してたラムザの何が──!!」

「じゃあ教えてくれよ……あんたをそこまで突き動かして、心を乱す”ねーさん”がどんな人なのかを……!!」

「……ラムザは……小さい頃に、ねーさんに助けられた。捨てられた私を……ねーさんは助けてくれた」

「……本当の姉妹じゃ、ないのか……!!」

「ねーさんは……優しくて、この世で最も自由を愛する者。だったのにッ!!」


 跳びかかってきたラムザが次々に蹴りを見舞う。

 不味いッ……ハンマーで受け止めるのが精一杯だ。

 流石にデルタ程じゃあないが、十二分に強烈だ。

 

「竜王と居る時のねーさんは……ラムザの知らない顔をしていたッ!! あのねーさんがッ!! 自分から不自由になる事を望んだッ!!」

「良かったじゃねえか……祝ってやれよ姉貴の恋路くらい──!!」

「ラムザはこんなに、ねーさんが好きなのに……ッ!!」


 一際強烈な蹴り。

 体が吹き飛んだが──”反重力”で態勢を立て直し、俺もハンマーを構え直す。

 しかし、立て続けに羽根の刃が襲い掛かる。


「ラムザじゃあ、ねーさんを幸せにしてあげられない……それが悔しくて悔しくて仕方が無かったッ!!」

「ッ……いってェなクソ……!! 要するに癇癪じゃねーか……!!」

「それに、竜王はねーさんを守れなかった!! ねーさんはずっと、ラムザの傍に居れば良かった!! そう──思ってたのにッ」


 駄目だコイツ、強すぎる……!!

 全身切り裂かれて痛いし、ハンマーでブン殴っても足で受け止められちまう。

 ”抜刀絶技”が乗れば話が別なんだろうが、それじゃあ多分殺してしまう──!!

 どうにか説得したい。

 話が分からないヤツじゃないはずなんだ。


「竜王だって……サンだって、ミューに死んでほしくなかったわけじゃねえよ!! あいつは本気でミューを愛していたッ!!」

「でもねーさんは死んだッ!! ラムザは間違ってたッ!!」

「あいつが自由を愛するってお前は知ってる!! なら、好きなヤツの所で一緒に居させてやるのが一番幸せだって本当は分かってたんだろ!!」

「戯言をッ!! もうラムザは間違えないッ!!」

「俺は……お前の一方的な想いで、あいつの夢を消させやしないッ……!!」


 間違えないだ?

 そんなの認めない。

 俺が今まで戦ってきたのは──あいつと一緒に夢を叶えるためだ。

 ルカの夢は、やりたい事は分かってるはずなんだ。

 ラムザがやろうとしているのは、それを全部否定して無かった事にすることだ。


「あいつの夢に、俺の夢も相乗りするって決めたんだッ……だから、お前こそ邪魔するな!!」

「……ねーさんはラムザが守る──ッ!!」


 ラムザの身体が大きく膨れ上がる。

 皮膚が露出していた部分も羽毛が生えていき──完全に巨大なフクロウの姿となる。

 目は真っ赤、ぎょろりと双眸が俺を正面から睨み付ける。


「姿が変わった……ッ!!」

「握り潰してやる──ッ!!」


 巨体を揺らし、ラムザは一気に走って跳びかかる。 

 思わず飛び退いて避けたが──めきめきと音が鳴り、アスファルトがさっきの比ではない勢いでへしゃげた。

 そしてあろうことかその勢いのままラムザは空中に跳びあがる。

 周囲には刃のように硬化した羽根がビットのように舞っていき、再び俺を切り裂いた。

 駄目だ、全部捌き切れない……!!


「ッ……なら!!」


 俺はハンマーを構え直す。

 羽根が次々に俺の身体を切り裂いていくが気にしない。

 血が噴き出し、腕も顔も傷が出来ていく。

 だけど──この一撃で決めるしかない。


「もう一回警告する……このまま何も知らなかったフリをして!!」

「出来る訳ねえだろ!! ルカにだって、大事な人が沢山居るんだ!! ルカを大事に思ってる人が居るんだ!! それを全部忘れろってのか!!」

「ラムザだって忘れられるわけがない!! ねーさんをよみがえらせられるなら、ラムザは何だってするッ!!」

「こんの、分からず屋ーッ!!」


 トントントン、と地面を蹴り、そして──思いっきり蹴っ飛ばす。

 もうこうなれば、どんなに斬り裂かれても良い。この一撃で決める。

 一度振り抜いたハンマーには”抜刀絶技”が乗っていた。

 距離を詰めた俺はもう一度地面を蹴り、ラムザが居る場所まで飛び跳ねる。


「ウッソ、鳥でもないのにこんなに高くまで──!?」


 ラムザの顔面をハンマーが思いっきりカチ上げた。

 ぐらり、と揺れた巨体は──羽根を撒き散らしながら地面へと落ちていく。

 そして俺もまた全身から血を噴き出しながら落下するのだった。

 

「ああ、クソ……痛ェ……!!」

「が、ぎ、がぁ……!?」


 ドラム缶を巻き込み、ラムザの身体が落ちる。

 巨大なフクロウの姿をしていた彼女は、徐々に元の獣人の姿へと戻っていくのだった。


「あぅ、あ、ねー、さん……!!」

「悪いけど……このまま大人しくしてくれよ。ったく、ルカに何て説明すりゃいいんだ」




「おにー……さん?」




 俺は振り向いた。

 そこには──何故か息を切らせているルカの姿があった。


「ルカッ!? これは──」

「おにーさん、血だらけ!! 一体何がッ──」


 ルカが駆け寄ってくる。

 止める手立ては無かった。

 すぐに彼女は、ドラム缶に墜落したフクロウの獣人を見つけた。

 顔面はへしゃげており、口からも血を流している。

 だがそれでもうわ言のように「ねーさん……」と呟いていた。


「これ、うそ、カンナ……!?」

「ルカ!! 聞いてくれ!! こいつはラムザ──獣人だ!! 抜刀院カンナなんて最初からいない!! コイツのスキルでお前は──妹が居るって思わされてたんだ!!」

「カン──あぐぅっ……!?」

「そう、それでいい。ねーさん……助けて……ミューねーさん助けて……!!」


 しまった。

 まさかこいつ、最初から全部「これ」を織り込み済みで動いてたのか!?


「ねーさん……ねーさん……!! ラムザだよ、覚えてない……!?」

「……ラム……ザ……!!」

「聞くなルカ!!」

「思い出して、ねーさん……ねーさんが何者なのかを……!!」

「私は……」


 ラムザの目が赤く輝いている。

 まさかこいつ、この期に及んで精神干渉を──


「私は一体──あぐっ、あああああああああ!?」


 ルカが叫んでその場に蹲る。

 

「おい、ルカ!? ルカ!! しっかりしろ、ルカ──!!」




 ※※※




 ねーさん……ねーさん?


 私に妹は居ないはず。

 じゃあ、この女の子は誰──?


 カンナ……? ラムザ……? 分からない。分からない分からない。

 私は一体誰?

 私はルカ、抜刀院ルカ……!!

 知らない。

 こんな景色知らない。

 頭の中が、青い空に埋め尽くされていく。

 鳥たちが、私を囲んで、私は一人で空を飛んで──




「ミュー。ボクの愛しいミュー」




 ──この人は……とても、好き。懐か、しい……!?




 ※※※




「ルカ……?」



 

 呆然と立ち尽くすルカ。

 彼女は──ゆっくりと俺の方を見やる。


「私は一体……どうしてここに──?」

「ルカ……どうしたんだよ。どうしちまったんだよ?」

「ラムザ。私の可愛い可愛いラムザ……!!」


 瞳は──鷹の如き金色に染まっていた。

 彼女は俺の方を見ずにラムザを抱き上げる。


「ラムザッ!! しっかり!! 返事をしてください!! 此処は一体何処!? どうなっているの!?」

「……ねーさん……」

「よくも。私の妹分を……やってくれましたね」

「ルカ──何言ってんだ!! オマエに妹は──」


 刀の切っ先が、俺の首元を向いていた。




「──よくも、やってくれましたね──ッ!!」




 ルカの頬に羽毛が生えていく。

 ウソだろ。こんな事あっていいのか?

 だって、生まれ変わりって言っても、お前は只の人間のはずだろ、ルカ──!?


「なあ、ルカ!! ルカ……聞いてくれ……!!」

「ルカ? ルカとは誰ですか? ……私はミュー……鳥王ミュー!!」

「違うッ……お前はルカだ!! 抜刀院ルカだ!!」

「貴方ですね。私の妹分を痛めつけ、あまつさえ──我が愛する竜王の血の匂いをさせる不届きな慮外者……!!」


 全身が真っ赤な羽毛に覆われたルカの手は──ラムザのそれを大きく上回るサイズの翼となっていた。




「小さき者よ。消え失せなさいッ!! ”かき鳴らす大風ローリング・ストーム”!!」




 それが羽ばたき、俺の身体がふわりと浮かび上がる。

 間もなく、巨大な大竜巻が巻き起こり、俺はなすすべなく──吹き上げられ、壁を突き破って外に放り出される。

 全身がバラバラになりそうな痛み。

 衝突の衝撃を軽減できる”反重力”が無ければ死んでいた。

 だが間もなく、廃工場は崩れ落ちていく。地面が揺れ、亀裂が入っていく。


「ま、不味い、これは……!!」


 崩落。

 ダンジョン災害の始まりだ。

 廃工場があった場所が隆起していき、俺は成す術無く飲み込まれていく。

 亀裂の中に身体が飲み込まれたら、もう二度と帰って来れない……! 

 



「メグルッ!!」




 声が──聞こえた。

 誰かが落ちかけた俺の手を強く握っている。

 この声は、デルタか!?


「デルタ!? どうしてここに!?」

「ルカがいきなり飛び出したから、心配になって追いかけたんだゾ!!」


 俺を引き上げたデルタ。

 だが、俺が動けないのを察するや否や、そのまま俵のように肩に引っかけて、その場を脱するのだった。

 間もなく、完全に辺りは崩落した。

 海辺の廃工場だった場所はぽっかりと巨大な大穴が開き、ダンジョンへの入り口と化すのだった。


「くそ……ルカ……なんで……!!」


 だが、あの中にはルカが居る。

 そして有ろうことか──ダンジョンを作り出したのは他でもないルカ……いや、彼女の中に眠っていた鳥王ミューなのだ。

 意識が薄れゆく中、俺はずっとルカの名前を呼んでいた。

 連れ戻しに──行かないと──

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る