第23話:カンナ

 ※※※




「あはー♡ 同接数も、チャンネル登録者数も過去イチ!! 快挙ですよ、快挙!! おにーさん!!」

「祝杯は挙げねーぞ」

「うぐぅ」




 ……これで浮かれて酒盛りなんてしたら、また過ちを繰り返す事になる。

 あれから2日、ダンジョンで手に入れたものを売ったら、車を買える程度の大金が手に入った。

 何もかもが順風満帆、現にルカは大喜びしている。


「それにっ、カッコ良かったですよ!! 地中貫通爆弾バンカーバスターなんて技!! いつの間に考えてたんですか?」

「パイルバンカー貰った時からずっと」

「配信映えして凄いじゃないですか! いやぁー、おにーさんもいよいよ一丁前の配信者ですねえ」

「まぁな」

「……どうしたんですか? あんまり嬉しくなさそうですよ」


 ……やべ。

 やっぱりこいつに隠し事は通用しないか。

 でも、誤魔化さないと。


「いや、もっと頑張らねえとなって思ってな。今回もデルタに助けられちまったし……」

「折角褒めてるのに……」


 高級肉をがっつくデルタを横目で見る。

 後から調べて貰ったのだが、デルタのスキルは”反重力”。

 跳躍する時に、反発する力──斥力を発生させることで大きく跳べるというもの。

 色々試してみたのだが、やはり獣人であるデルタの脚力だからこそ十二分に扱えるスキルであり、俺が使ってもデルタの半分くらいしか跳べなかった。

 だけど使い方次第では只々高くジャンプするだけじゃなく、宇宙空間に居るかのようなふわふわした動きも出来るので、相手を撹乱出来る。 

 オマケに任意でオン・オフの切り替えが出来るという優れものだ。


「もう、こんな時くらい素直に喜んでも良いじゃないですか。おにーさん、もう立派な攻略者ですよ? あるものを全部活用して戦うのは攻略者の鉄則ですし?」

「借り物だけどな」

「借り物を上手く使えるかはその人次第です」


 ……どうもパイルバンカーにも抜刀絶技の威力が乗っていたらしい。

 ますますハンマーの一撃必殺っぷりに磨きが掛かった。

 その立役者であるカンナが──ハンマーを持って俺の方にやってくる。

 今まで武器のメンテナンスをしてくれていたのだ。


「おにーさん、準備できた」

「……ありがとう、カンナ! 武器のメンテしてくれて。パイルバンカー、強かったよ」

「杭は補充したから、また使える」

「助かる」

「何処に行くんですか?」


 メカハンマーを背負い、俺は外出の準備。

 別に一人でダンジョンに行こうってわけじゃない。


「防具見に行くだけだよ。こいつとの相性も考えないといけないしな。前の武器より重いし」

「そうですか。えーと、あの……その。私も行きますよ」

「何でだよ」

「えーと。えと、えとえと──」


 しどろもどろになりながらルカは言った。何でわざわざ理由を考えてるんだコイツ。


「……そ、その。ブラが入らなくなっちゃって。新しいのを買いにいきたいんですがっ」

「ブッ!!」


 吹き出しそうになった。

 何でそれを俺に言った? デリカシーとは無縁の女とは思っていたが、よりによって何故男の俺の前で言った?


「おい!! ふざけんな!! 何で俺が一緒に買いに行かなきゃいけねーんだ!? いや、買いに行くのは良い、何であけすけに言った!?」

「ついでですよ、ついで!! それに、誰かが揉みくり回した所為かもしれないですし!!」

「だとしたら根本的な原因はオメーだ!!」


 ……いやまさか、そんなはずはないだろう。

 俺は──思わずルカの胸を見てしまう。た、確かに出会った頃に比べると大きくなってるような……?

 そもそも成長期はとっくに過ぎてるだろうに。


「いや、悪いけど留守番しててくれよ。デルタとカンナ二人っきりじゃ……心配だろ?」

「そう……ですか」

「何で残念そうなんだよ。明日にでも買いに行けばいいだろ」


 ……さて。

 家を出た俺は──バス停につくなり、辺りを見回してスマホの画面を見た。

 先日の配信で最後に質問コメントを送ってきたユーザー……「Akineko」さんとのダイレクトメッセージのやり取り。

 俺はこれから一人で、この「Akineko」さんに会う。

 場所は例の如く、攻略者の憩いの場・能力開発センターだ。

 話しにくい事だとか聞かれたくない事は大体此処に行けばいい。予約すれば攻略者向けにミーティングの場を貸してくれるのだ。




 ※※※




「──本当にビックリしたんだから。まさか……死んだと思ってた友達の武器が配信に映るなんて」

「……そうか……やっぱりか」




 あの場では軽く流したが、気になった俺はあの後、Akinekoさんとコンタクトを取った。

 用事はたった2つ。改めて、俺のハンマーを近くで見てみたいということ。

 そして死んだ友人の写真を俺に見せたいとのことだった。

 直接会うのを希望したのは他でもないAkinekoさん──改め、槌野つちの由比さんだった。

 自分の身分を明かしておきたい、とのことで、確認するとどうやら20歳でフリーのメカニックらしい。

 主にダンジョン攻略者を相手に仕事をしているようだ。

 俺もまた、ライセンスを見せて改めて身分を彼女に確認させる。


「これ、やっぱり友達が作ったのと同じだ。そっくりだもん。こんなイカれたギミックを搭載するのはあたし達だけ」

「……そうか」

「あの配信でパイルバンカーを使ったのに、綺麗にメンテナンスされてる」

「これを手入れできるのは──」

「それもあたし達だけ。友達とはメカニック仲間だったの。あたしは当時、色んな武器にパイルバンカーを仕込もうとしてたんだ」

「具体的には?」

「剣、刀、銃、籠手、思いつくもの全部……」

「うわぁ」


 それ絶対パイルバンカーが要らねえ武器も混じってるだろ。そもそもパイルバンカーが必要な武器って何?


「でも一発っきりのロマン武装の搭載をまともに取り合ってくれるような頭のおかしいヤツはなかなかいなかった。正直、今でも当時のあたしは頭がおかしかったって思う」


 ……自分でも突飛な自覚はあったのか。やっぱり一発っきりってのが問題なのかもしれない。

 この武器、ネットを見てもいざ実用しようってなった時は問題点が多すぎると散々に書かれていた。やれ射程が短いだの、一発きりだの、当たっても大して強くないだのである。逆によくこれでパイルバンカー作ろうって思ったな、反骨精神に満ち溢れている。

 お出しされたものは結局強かったので、俺からは特に言う事は何も無い。多分スキルが乗って威力が増してるってのもあると思うけど。


「だけど、この子だけは……あたしと一緒に武器を開発してくれたの」

「ッ……!」


 俺はゾクッと肌が粟立った。

 ユイさんが俺に提出したスマホの画面には──由比さんと肩を組んでピースする抜刀院カンナの姿が映っていた。

 顔も髪の色もそっくり所の話ではない。瓜二つだ。


「……この子の名前は」

「カンナ。……加具土カンナ」


 こんな偶然があって良いのだろうか。

 俺達の元にやってきた少女の名もカンナ。

 同姓同名までなら信じられる。

 だが、名字だけが違い、それ以外の容姿が全部同じなんてことがあるだろうか。

 だとすれば、あの抜刀院カンナを名乗っている少女は──ルカの妹を名乗っているあの少女は一体、何者なのだろうか。


「ねえ、巡さん。貴方の言う”知り合い”って……」

「偶然だな。そいつの名前もカンナだよ」

「ッ……カンナに会わせてくれないかな!?」

「その前に聞きたい事がある。そのカンナさんって……姉妹が居たりするか?」

「居ません。カンナは、一人っ子です」

「カンナさんのご両親は」

「生きてる……今もまだ、カンナを探してるんだから」


 どうなってる。どうなってやがるんだ。

 カンナがもしも、ルカの妹ならば両親が生きているはずがない。

 ルカの家族はダンジョンの崩落に巻き込まれて皆死んだはずなのだから。

 やっぱり──俺の推測は正しかったんだ。


 ルカに妹は居ない。


 尤も、俺もルカの事を全部知っているわけじゃないから知らなかっただけで済ませられる。

 だけど長年一緒だった調さんは──昨日の電話でこう言っていた。


 ──ルカちゃんに妹? う、うん。この間初めて知ったんだ。親友やってて妹さんの事全く喋らないんだもんあの子。


 ──やっぱりおかしいよな。


 ──だって、ルカちゃんの家族は……皆死んでるって、あの子から散々聞いてるんだよ……? 妹が居るはずないもん……!!


 ……ルカに妹が居ない事は、調さんは知っていた。

 じゃあ何で居ないはずの妹さんの記憶を、ルカは持っていたんだ?

 まるで最初から「抜刀院カンナ」という妹が居たかのようにルカは振る舞っていた。

 考えられるのは──スキルだ。

 ”同調”だなんてあの子は言ってたが、本当にそれだけだったのか?

 こんな事ならカンナも連れて来れば良かったと思ったが──俺の嫌な予感が当たっている場合、カンナのスキルが由比さんに悪い影響を及ぼさないとも限らない。

 そうなると連れて来なくて正解だったのかもしれない。うーん、善し悪し!!


「お願い……カンナは、攻略者だった……でもドレッドノータスに致命傷を貰ったって聞いて……パーティメンバーは逃げるのに必死で彼女を置き去りにせざるを得なかったって言ってた」

「……」

「その彼女が生きているなら、どうか会いたい。今までどうしてたの!? 何で親友のあたしには何も言ってくれなかったの、って!!」

「……分かった。機密情報が色々あるけど、そこだけ気を付けてくれ」


 俺としても──気になるからだ。ルカには悪いが、これはルカにとっても大事な事だ。

 あのカンナと言う少女が妹ではなく、スキルを悪用してルカに近付いた怪しい第三者なら、俺も出る所に出なければいけない。

 

「最後に聞きたいんだけど──カンナさんは、どんな人だったんだ」

「笑顔はぎこちないけど……とても明るい子だった。あたしはいつも、引っ張って貰う側だったんだから」

「そうか。一緒に行こう。俺も──確かめたい事がある」


 それで俺達は合意し、開発センターを出た。

 一緒にバスに乗り、シェアハウスのある閑散とした住宅街に差し掛かった──その時。




「──何を探ってるの?」




 家に着く前に──カンナは俺達二人の前に姿を現した。

 俺は勿論、由比さんも足を止める。そして言葉にならない声を上げる。




「カンナッ!? 何で此処にいるの──!? 今まで──」

──梟の大双眸オルニメガロアイズ




 ──しかし。

 カンナの目が赤く光った。

 同時に由比の目も赤く光り──彼女はだらんと首をもたれる。


「あ、あれ、あたし、何でこんな所に……帰らなきゃ」

「ッ……由比さん!? おいカンナ!! 何をしたんだ!!」

「やっぱり──おにーさんには効かないか。同じスキルを持っているから」


 ふらふらとよろめきながら踵を返して何処かへ行ってしまう由比さん。

 ……やっぱり、クロだったか!!

 カンナのスキルは”同調”だなんて生温いモノじゃねえ!!


「正直後悔してる。竜王の血を貰ったのはニオイで分かってたけど、まさかそのコピースキルまで受け継いでるなんて。お酒の力は怖い」

「……竜王……!? 何でそれを知ってる。お前は何者だ!?」

「もう大体分かってるんじゃない?」


 ぴきぴきと音を立ててカンナ──の姿を借りた何者かの頬に羽毛が生えていく。

 コイツ……獣人だ!!


「ラムザ。貴方達が付けた名前で言えば……巨大な爪を持つ鳥オルニメガロニクスのラムザ」

「オルニメガロニクス……!?」


 聞いた事がある。全長1メートルほどの、絶滅したフクロウの仲間だ。

 かつてキューバに生息していて、とても長い脚で地面を走るのが得意だったらしい。

 そして当然、ダンジョンにも生息している超・危険生物だ……!


「お前の目的は何だ……!! ルカの記憶を弄って、わざわざ妹だなんて言って入り込んできた理由は──ッ!!」

「……貴方達がルカと呼んでいるのは鳥王ミュー……だから」

「ッ……!!」


 ──ダンジョンの奥に潜む危険生物たちのリーダー・獣人。

 そして、その獣人たちを更に取りまとめるのが「王」と呼ばれる存在だ。

 かつて恐竜の王たる竜王・サンと、鳥王・ミューは──深い恋仲だったが死に別れた。

 だけど、ミューはこの世界に生まれ変わった。

 それが──ルカだ。

 

「──ミューおねーさんは……生まれ変わりの権能を持ってた。死んだら、何処かの知らない誰かに生まれ変わる力」

「ッ……」

「半信半疑だったけどね。だけど──やっと見つけた」

「それでルカに近付いたのか……!」

「貴方は知ってたの? ねーさんがミューって」

「色々あってな」

「……血に宿る竜王の入れ知恵だね。でも……邪魔はしないでほしい」

「そのスキルでルカの記憶を弄って自分を妹だと思わせたんだろ。何でそんな事を──」

「抜刀院ルカに眠る、ミューねーさんの記憶を取り戻す。それがラムザの願い」


 ……そ、そんなことできるのか!?

 ルカはもう獣人じゃない。只の人間だ。


「適当に、の記憶をスキャンして……その姿も借りた。そして妹として、貴方達の所に潜り込んだ」

「……何でもありかよ、獣人は」


 その相手が、たまたまドレッドノータスに致命傷を負わされた加具土カンナだったんだ。


「ラムザは賢者の梟。貴方達では至れない術もいっぱい使える。人間の姿を真似るくらい簡単。それに、記憶と精神に干渉するのはラムザの得意技だから……存在しない人間一人でっちあげるのは楽だった」

「でも、詰めが甘いな。バレちゃあ世話ねぇぜ。今此処で俺の記憶も弄って忘れさせるか?」

「無理。同じスキルを持っている相手に、ラムザのスキルは効かない。それに言ったはず。私はあまり、手荒な真似は好きじゃない」

「どーだか。人様の記憶を弄ってる時点で手荒だぜ」

「……人間基準ならそうかも。だけど、ラムザ達の基準なら手ぬるい方。だって、貴方達全員皆殺しにしてねーさんだけ攫う事も出来たから」

「それをしなかったのは──何でだ?」

「……、楽しそうだったから」


 何処か──残念そうにラムザは言った。


「……記憶は失ってるのに、貴方達と一緒にいるねーさんは……ラムザの知ってるねーさんと同じだった。お酒好きでだらしない所も、直ぐに見栄を張る所も……一途な所も」

「ラムザ……お前……」

「貴方達の事も見ていた。だけど……キライになれなかった。ねーさんが仲良くしてるならきっと……いい人達だから」

「あのハンマーは……!!」

「借りた記憶を元に作った。何であんなことをしたのか……ラムザにも分からない。きっと……喜んでほしかったんだと思う。ねーさんにも、ねーさんが好きな貴方にも」

「考え直さねえか? 俺達仲良くやれると思うぜ。ルカや由比さんの記憶を戻して、全部最初からやり直そう。今なら間に合う」

「……」


 ラムザは首を横に振った。


「どっちにしても……ラムザには、ううん……ラムザ達には鳥王・ミューが必要。いずれ、記憶は取り戻さなきゃいけない」

「記憶を取り戻したら……ルカはどうなる」

「抜刀院ルカとしての記憶は、消える」

「……じゃあ、やらせるわけにはいかねえな」

「……やっぱり、こうなる。手荒な真似は好きじゃないのだけど……やるしか、ない……よねッ」


 ラムザの髪色から色が消えた。

 目は大きく開かれ、全身には羽毛が生え、両腕は大きな翼と化す。

 纏っていた服は全て黒い塵となって消えて、抜刀院──いや、加具土カンナとしての痕跡は完全に消えた。


「竜王の血を継ぐ者……貴方にラムザが倒せる?」

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