第22話:ゼロ・グラビティ
※※※
「ドッゴオオオオオオオオオオオオアアアッ!!」
ドレッドノータスの主砲が上向いた。今度は狙いをデルタに定めたのだ。
しかし流石にデルタは、動体視力がズバ抜けている。
飛んでくる火炎弾をスレスレで跳んで避け、一瞬でドレッドノータスに距離を詰めて蹴りを見舞う。が──
「あっづゥゥゥ!? 何だコイツ、熱すぎるゾ!?」
やはりコイツは正真正銘の怪物だ。
全身の皮膚が溶岩のように高熱を放っており、罅からは常に赤い光が漏れている。
こいつ、血液までマグマで出来ているのかひょっとして!?
いや、真っ当な生き物ではない事は分かり切っていたのだ。分かっていたんだが──
「ならッ!! こいつでブン殴れば良いだケダッ!!」
デルタは背中に背負っていた俺のおさがりのウォーハンマーを手に取って跳びあがる。
そして首目掛けて、ハンマーを思いっきり振りかぶったが──
ザクン
……ダ、ダメだ。
どう見ても威力が足りていない!!
ウォーハンマーの錨爪が突き刺さったのは良い。
良いのだが──そこで止まってしまっている。
「ドッゴオオオオオオオオオン!!」
「おわああああああああ!?」
怒り狂ったドレッドノータスは首を振り回し、勢いよくデルタを振り払ってしまった。
ウォーハンマーはカランと音を立てて抜けてしまい、地面に落っこちてしまう。
そして肝心のデルタは──何処かへ吹っ飛ばされてしまうのだった。
「デルタッ!?」
……ダ、ダメだ。
遠巻きからだが、大分遠くへ投げられたと見える。
頑丈なので死にはしないだろうが……。
『ダ、ダメです!! 幾ら腕力があると言っても、スキルが乗っていないデルタさんの攻撃では、ドレッドノータスに致命傷を与えられません!!』
「分かっちゃいたが、突きつけられるとキッツいな……!」
スキルは何も特定の条件下で発動するだけではなく、人を超人化させる恩恵も持つ。
”抜刀絶技”には、最初の一撃を超強化するメインの効果とは別に、「所持者の武器による攻撃力を強める」という副次的効果も備えられている。これは何も”抜刀絶技”に限った事ではなく、武器に作用するスキルなら大体皆付与されているのだ。
故に、幾らデルタが力持ちでも、ウォーハンマーを握った場合は、俺の方がスキルの恩恵を受けている分だけ攻撃力は高い。
本人曰く、
──ウォーハンマー? 一応持っとくけど、ブン殴ったり蹴った方が手っ取り早いし強イゾ!!
とのことであった。相手が灼熱の肌を持つドレッドノータスでは、余計にデルタは相性が悪い。
「──さあ、こっからどうするか、だな……!!」
俺の攻撃ならドレッドノータスは倒せる。
だけど、俺じゃあドレッドノータスに近付けない。
デルタは尻尾の攻撃や火炎弾を見切って近付ける。
だけど、デルタの攻撃じゃあドレッドノータスを倒せない……!!
「へ、へへっ、やってやろうじゃねえか……!!」
ヴァーカ……! んな事分かってたじゃねえかよ。それをどうしたら良いか考えるのが攻略者の仕事ってもんだ。
こんな時に「もし調さんが居たら」なんて言ったら、それこそルカに失望されらぁ。
頭が破壊出来ないなら足だ。”抜刀絶技”の乗ったハンマーで奴の前脚だけでも破壊出来れば、動きを止められる。
それでも尻尾は何ともならないんだが──!!
:あれ、鎧着てても吹っ飛ばされるのがキツすぎるだろ
:近付けないからハンマーをそもそも当てられない
:尻尾攻撃に合わせてジャスガかパリィ
:↑やれるもんならやってみろゲーム脳
「ドッゴオオオオオオオアアアッ!!」
吼えながら進撃するドレッドノータスの脚を目指し、駆けていく。
だが、主砲から放たれる火炎弾は勿論、鞭のように振り回される尻尾が行く手を阻む。ハンマーで受け止めるが、やはり吹き飛ばされて近付けない。
このままでは……!!
※※※
「──デルタ。デルタよ。お前にとっての王とは何だ?」
「そんなの決まってル!!」
──獣王・ディガンマ。
誰よりも大きく、そして──豪胆な大男。
獣達を支配する
「誰よりも強ク!! ソシテ、誰よりもデカい!! サイキョーダ!!」
「……どははははははは!! そうかそうか!! しかし、デルタ。それだけでは、王足り得ぬのだ」
「うン? なんでダ?」
自らの口から生えた大きな牙を撫で──獣王は説く。
「強く大きいだけの王に価値は無い。それだけでは勝てない相手が居る!!」
「ッ……!? 強いだけじゃダメなのカ!?」
「俺は思うッ!! 王が強くあらねばならない理由は民を守るため!! その王でも勝てぬ相手が居る時は、民の力を借りるが道理。強いだけの王は、有事の時に見捨てられるのみ!!」
「……つまり、どういう事ダ?」
「いざと言う時に仲間の手を借りられぬ王は、破滅する! 一人だけではどうにもならない時が必ずやってくるッ! その時に備え、普段から群れの結束を高め、慕われなければならない!!」
わしゃわしゃ、とディガンマはデルタの頭を撫で──言った。
「真に強い王は──己の弱い部分を認め、仲間の力を借りられる王だと俺は思う!! 王が意地を張れば、勝てる戦いも勝てなくなる!!」
「……強けりゃいいってもんじゃねーノカ……?」
「ハハハハハハ!! オマエもいずれ分かる!」
※※※
「うっぎぎぎ……!!」
岩山に叩きこまれたデルタは呻きながら顔を起こした。
頭が痛い。
だが、それ以上に──目の前に聳え立つ壁があまりにも高い。
「ヘ、ヘヘヘヘ、スッゲー……デルタの知らネエ強いヤツが、まだまだいるんダナ……!」
ぺろり、と口元の血を舐め取りデルタは笑う。
飼い主とペットは似る──巡もデルタも「未知」への探求心は強く、そして大きい。
何よりデルタは──これから出会うその全てを倒し、頂点に立たねば気が済まない。
しかし。
(今のデルタじゃア……アイツは倒せネエ。多分、”契約”する前でも無理だっタ……!!)
悔しいが──ドレッドノータスはあまりにも強大だ。
デルタが住んでいた菌糸エリアに此処までの強さを誇る生き物は居なかった。
(ダケド、負けッパナシでいられなイ!! メグル一人に、戦わせられるカ……ッ!!)
目が赤く光る。
めきめきと音を立て、瓦礫から起き上がるとデルタは吼えた。
(もっと、遠く!! そして高く!! この脚が届くなラ──ッ!!)
※※※
防戦一方だ。
デルタが居なくなった今、ドレッドノータスの攻撃は全て俺に向いている。
火炎弾が次々に降りしきり、そして尻尾による薙ぎ払いも襲い掛かる。
立っているのもやっとだ。普通の人間なら何回も死んでいてもおかしくない。
(せめて、あいつの頭にコイツをぶつけられれば……!!)
「オッルァァァァーッ!! よくもやりやがったナ!! 溶岩の味は不味かっタゾ!!」
デルタだ。
デルタの声がする。
ぴょーん、と音を立てて──デルタが戦場を駆け回っている!!
「あ、あれ……?」
尻尾による薙ぎ払い。
そして、火炎弾も軽々と避けていく。
飛び跳ね方がさっきまでの比ではない。
まるでトランポリンにでも乗ったかのように高く、しかし軽くふわりと彼女は飛び跳ね、空中で宙返りまで決めてみせる。
「デルタはァァァーッ!! 獣の王になるンダーッ!! オマエなんかに負けて堪るカーッ!!」
あいつもしかして──無意識にスキルを発動させてるのか!?
:あんなジャンプ出来てたか!?
:あれってもしかしてスキルじゃね
:似たようなの見たことがある
「グッゴオオオオオオオオオオオオーッ!!」
ドレッドノータスの尾が鞭のように宙を舞う。
デルタの身体を打ち据え、地面に叩きつけるが──砂埃が舞う場所からすぐにデルタは飛び出すのだった。
もしかして、落下の衝撃も軽減出来ているのか!?
「い、痛くネェ……!! 痛くネエゾッ!!」
「スキルに目覚めたのか……!?」
「すゲー!! すゲーゾ、メグル!! デルタ、身体がすっごく軽イ!!」
舞い、跳ぶデルタ。
これまで以上の脅威的な跳躍でドレッドノータスを翻弄し、そして──宙返りからのキックを頭に見舞う。
「オラァッ!! ──”ムーンサルト・スタンプ”ッ!!」
両脚蹴りがドレッドノータスの首に炸裂した。
だが──それでも、響いていない!?
「げっ、コ、コイツ──頑丈すぎるゾッ!? ってか、あぢぢぢぢぢぢぢ!?」
キックの勢いで思いっきり跳ね返ったデルタは、俺の傍にまで降りてきた。
……そりゃあ裸足だからな。溶岩の肌は熱かろう。
デルタのスキルが目覚めたってことは、俺もあいつと同じ事が出来る──いや、でも無理か。
デルタ一人の跳躍力でもアイツの首にまで届かなさそうだったし──待てよ。
「……デルタ。コンビネーションだ。俺の力だけでもアイツは倒せねえ。だから力を合わせるんだ」
「どうするンダ?」
「俺達二人の力を合わせれば、あいつの頭をブチ抜ける。デルタ──俺を抱えて、大ジャンプって出来るか?」
「ッ……」
デルタは複雑な顔をする。
そりゃそうか。「王」になりたいデルタにとっては一人だけではあいつが倒せないって言われてるも同然だもんな。
だけど──俺も一人じゃあいつを倒せないんだ。
「……デルタだけじゃあ、あいつには勝てなイ」
「俺もだ。だけど、だからこそ!! お前の力が必要なんだ!!」
「ッ……デルタは王になる。王様が意地を張って一人で戦ったら、勝てる戦いも勝てなくなる──」
吼えるドレッドノータス。
デルタは決意したように叫んだ。
「メグル!! デルタはどうしたら良イ!?」
「──俺の腰を掴んで一緒に跳んでくれ!!」
「ああ、分かっタ!!」
俺はウォーハンマーを握り、デルタは俺の腰を掴んだまま──跳ぶ!!
:なんだなんだ!?
:何をする気だ!?
本当だ、ふわっとしている──まるで今この瞬間、重力が消えたみたいだ。
「デルタ──ッ!! お前の膝を踏み台にして俺も跳ぶッ!!」
「オーケーッ!! ドンと来イッ!!」
体が軽い。
デルタの膝を踏み台にして、俺もまた──ふわりと跳ぶ!!
二段ジャンプで、距離を稼ぐ──ドレッドノータスの頭よりも高く跳ぶ!!
俺も同じ能力を持っているなら……これで倍跳べるってわけだ!!
「ドッゴオオオオオオオ!?」
「一人じゃ此処まで届かなかったけどよ!! 二人でなら届くッ!! 単純な話だったんだッ!!」
:飛んだーッ!?
:いけーッッッ!!
「動くなよッ!!」
びくん、とドレッドノータスは動くことなく此方を見ていた。
そのまま勢いをつけ──ウォーハンマーを振り抜いた。
目標は目の前。
ドレッドノータスの頭部を捉えた!!
重力が一気に俺を地面へと引き寄せる。デルタのスキルが切れたのだ。
だがこれでいい。最後の一撃はハンマーの重さと合わせてくれてやる。
「──穿つッ!! ”
落下の勢いのまま、俺はウォーハンマーを逆さに構え、ドレッドノータスの脳天に叩きこむ。
そして、グリップのボタンを思いっきり押した。
パイルバンカーが作動し──杭が砲竜の頭蓋を真下に貫き、顎まで砕く!!
「ゴッガァアアアアアアアアアアア!?」
砲竜の頭は衝撃で爆散した。
そのまま俺は真っ直ぐに落ち──地面にウォーハンマーを突き立てる。
全身を衝撃が襲い、クレーターが音を立てて出来た。
頭を失った砲竜が倒れ込む中、俺は──ハンマーを杖代わりにして、何とか立ち上がるのだった。
……全く凄いスキルだ。あれだけの高さから勢いよく落ちたのに、これだけの衝撃で済んでいるなんて。
:88888888888888
:倒したーッ!?
:てかあの高さから落ちて無事なの!? すげえ!!
:やっぱり攻略者はバケモノだったか……
:【朗報】ドレッドノータス、死亡
『た、倒しちゃいました……あのドレッドノータスを……!?』
ルカの驚愕に満ちた声がインカム越しに聞こえてきた。
だけど、俺の力だけじゃあ無理だった。
走ってくるデルタと──俺はハイタッチを交わす。
「やったナ!! メグル!!」
「ああ。大成功だ!!」
※※※
というわけで。
ドレッドノータスが徘徊していた辺りを探索していくと、やれ上級魔鉱石だとか、やれ武器だのが発掘された。
上級魔鋼製の剣。剣は使わないから多分かなりいい値段で売れる。やけに煌びやかな装飾で彩られており、祭事用のものだったのかもしれない。だとしたら何でこんな所に埋まっているんだろうか。ダンジョンは謎だらけだ。
上級魔鋼製のナックル。デルタが喜んで付けそう──と思ったが、微妙にサイズが合わない。専門の職人に頼んだらその辺は調整してくれそうだ。
後は、スキルドロップが数個。
そんな感じの換金性が高そうなものが壁だとか岩だとかから掘り出されたのである。
:大収穫じゃん
:見所しかなかったな今回
:まさかドレッドノータスまで倒すとは
:売ったら全部で何万円くらいするんだろ
多分、これだけで百万円は軽く超すはずだ。苦労をした甲斐はあるというものだ。
「とゆーわけで、ドレッドノータス討伐配信、皆応援ありがとな!」
同接数も2万人を超え、チャンネル登録者数も続々増えていっている。
配信はこれで大団円、丸く終わり──と思われたその時だった。
:主さん、少し良いですか?
一つのコメントが、俺の目に留まった。
俺は、そのコメントをしたハンドルネームの名前を呼ぶ。
「うん? えーと……Akinekoさん、かな。どうかした?」
:そのハンマー、誰に作って貰ったんですか?
「え? あー……知り合い! 知り合いに作って貰ったんだよ」
:そうですか。
:なんだなんだ?
:確かに珍しいハンマーの形ではある。
「機械いじりが得意でさ。今度からその子に機材とか見て貰おうと思ってて」
:……そうですか。友達が作った物に似てたので、聞いてしまいました。
「友達? あー、もしかしたら同じ人が作ったとか──」
:友達はドレッドノータスの討伐に行ったっきり……。一緒に居たパーティのメンバー曰く、生存は絶望的だったそうで……。まだ死体も見つかってないんです。
……そういうことだったのか。
あのドレッドノータス、死人も出してたって聞いてたしな。
:それでもしかしたらと思い、聞きました。変な事を聞いてすみません。
「えーとゴメン! 多分、このハンマーとは無関係だよ。これを作った子、今日も裏で俺の配信見てるし」
:……そうですよね。変な事を聞いてすみません。
:友達も機械いじりが得意で、変わった武器をよく作っていました。……仇を取ってくれて、ありがとうございました。
:主さんナイスだったな
:何だったんだ今のコメント
「……まあまあ、良いじゃねえか。死んだ人の分まで、俺は攻略頑張るよ。俺には、それくらいしか出来ないからさ」
そこで──今日は配信を閉じた。
ルカの喜びに満ちた声が飛んでくる。
『お疲れ様でした! いやー、配信は大盛り上がりですよ!』
「……ああ」
『どうしたんですか?』
「いや! 何でもない! すぐに帰る!」
たまたま似ただけ。
カンナと似たようなセンスをしたヤツが居ただけ。
そう思ってしまえばそれまでだった。
だけど──俺は、最後のコメントの質問が妙に胸に引っ掛かって仕方が無かった。
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