第21話:ドレッドノータス攻略作戦

 ──八丈島は伊豆諸島に連なる火山島だ。

 東山・西山と呼ばれる二つの火山が繋がって出来た島であり、かつては「日本のハワイ」と呼ばれ観光地としてにぎわっていた。

 だが──ダンジョン災害で麓の町は壊滅した。

 かつて町があった場所には隆起したダンジョンの入り口が出来ており、廃墟と化している。

 今、此処を訪れるのは命知らずなダンジョン攻略者だけだ。


「今回の目標は、何人もの攻略者たちを返り討ちにしているドレッドノータスの討伐! やってくぞォーッ」

 

 :やってまいりました


 :シラベさん居ないの寂しいな


 :二人でドレッドノータスどうにかなるん?


 :巡が死んでもデルタちゃんがいるなら大丈夫やろ


 :それにしてもマスクの所為で完全に怪しい人


 例によってガスマスクを付けてお送りする。火山地帯故に有毒ガスも噴き出しているからだ。


 :恰好がもうクソ暑そう


 :煮え滾ってるな


 :絶対行きたくねえ


 :デルタちゃんはマスク無くても平気なん?


「全然ヘーキだぞ!! デルタはつよつよだからナ!! 脆弱な人間とは違うンダ!!」

「へー、そうでございますか……」


 :脆弱な人間www


 :完全に主従逆転してんな


 :このチャンネルが乗っ取られる日も近い


「乗っ取られて堪るか!!」


 ……というわけで、命知らずの攻略者である俺は、デルタを連れて深層を訪れていた。

 広がるのは辺り一面に広がる溶岩地帯。触れれば大火傷では済まない。 

 空洞内は巨大ヤスデや巨大コウモリ、そしてうにうにと動く1メートルほどの大きな巻貝が3匹ほど見えた。


「ビッグスケーリーフット……溶岩を纏ったデカい貝だ」

「初めて見たゾ……こんな所来ないかラナ……」


 深海に生息する同名の貝に類似している事から名付けられた生物だ。 

 足が鉄で出来た鱗に覆われており、貝殻も鋼鉄のように硬い。

 どうやら金属鉱石を口で削り取って食べるらしく、それで身体を硬化させるのだという。


 :デルタちゃん火山初めてなんだ?


「食べて美味そうなモン無いカラナ……てか、此処の生き物たち、蟲だの鉄の匂いだので不味いヤツばっかダ!!」

「あいつもか?」

「ウン。デカいのは良いケド、岩と鉄の匂いが凄イ……! 肉なんて食えたモンじゃネー……!」


 とはいえ、あの巨大巻貝共もれっきとした危険生物である。

 人畜無害そうな顔をしているが──近くを通りかかる生き物が居ないのがその証左だ。

 

「デルタ、合わせるぞ」

「オーケーッ!!」


 デルタが真っ先に飛び出し貝共の真上を舞う。

 ──縄張りへの侵入を確認した鉄巻貝たちは貝殻の隙間から銛の如き針を一気にデルタ目掛けて吹きかける。


 :うわ、針!!


 :イモガイみたいだな


「にぃっ──止まって見えるゾ!!」


 しかし。

 3本の針は、デルタが器用に両手そして──強靭な歯でキャッチ。

 その隙に俺はウォーハンマーを思いっきり横回転で振りかぶり、一匹目の貝を粉砕する。

 最初の一撃には”抜刀絶技”が乗る。一撃必殺だ。


「後、二匹!!」


 更に勢いを殺さずにハンマーを振り上げ、二匹目に真上から叩きつける。クレーターが開くほどの衝撃。

 勢いを殺さずに一連の動きを続けられれば”抜刀絶技”の威力を維持したまま複数の敵を叩きのめせる。これも練習の成果だ。

 黒い靄と共に貝は消滅した。

 そして残り一匹──


「悪く思うナヨ!!」


 ──地面を思いっきり蹴ったデルタの渾身の両足蹴りが鉄貝を粉砕した。

 これで3匹共撃破だ。


 :難なく撃破!


 :あの貝の針で大怪我して撤退したパーティも居るんだよな


 :こんなんがあちこち徘徊してるこのダンジョン、怖すぎだろ


 ……とまあこの通り。

 貝が大人しいとは限らないというわけだ。

 こいつらは普通に床を這いずり回ってる時は良いのだが、閉所や迷宮内でも此方目掛けて鉄針を噴き出してくる殺人貝だ。

 急所を射られて命を落とした攻略者も多いらしい。


「此処が開けてて助かったぜ」

「なぁー、メグル。こいつら何か落としたゾ」

「拾っておいてくれ。あいつらの針は割と高く売れる」


 鉄巻貝の体内で一度溶かされて加工されているからか、そこらの魔鋼よりも純度が高いらしい。

 武器の素材にすると、強いものが作れるそうだ。

 危険だが、こいつらを狩るメリットは相応に高い。

 鉄貝共が消滅した跡に残った針を拾い終えた俺達は、いよいよメインディッシュを狩りに向かうのだった。


「……でっけぇ……」

「あ、あア……」


 俺達は改めて、自分達の獲物の大きさに直面する事になった。

 スコープで確認した先には──巨大な竜脚類の姿があり、俺達は立ち尽くす事しか出来なかった。

 アレが例の問題生物・ドレッドノータスだ。

 このエサのなさそうな場所で、どうやってあそこまでデカくなったのか疑問だが、どうも奴らのエネルギー源はマグマなのだという。

 危険生物は絶滅生物に形だけ似た常識外れの連中ばかりであったが、火山環境に適応したこいつらは余計にその異質さが際立つ。


「あんなのもう恐竜じゃねえ……恐竜の皮被った兵器じゃねえか……」


 あの背中のタレットだけはどうにかならなかったのか。

 どうも稼働するらしく、遠目からでもぐるぐると動いているのが分かる。射角も向きも自由自在だ。

 名前も相まって、まさに溶岩を泳ぐ戦艦に相応しい。


 :交戦する?


 :そもそもどうやって倒すん?


「全ての生き物の弱点は、頭だ。頭をハンマーでカチ割れば良い」


 :あのデカさの生き物をどうやって転ばせるんだ?


 うんまあ、それが一番の問題だ。

 考えてるのは俺とデルタで足を集中攻撃して破壊することである。

 問題は足も足で踏み潰される可能性が高い事である。

 取り合えず、ドレッドノータスの出方を伺っていたその時。


『あの、おにーさん。あいつ、こっちを見てませんか?』

「は?」

 

 ドレッドノータスの大きく長い首がこっちの方を見ている。

 待て待て、此処から500メートル以上離れてるんだぞ。

 目が良いのか? いや──違う。

 

「やっべぇデルタ、俺の所為で感知されたかもしれん……!!」

「……エ。アッ!!」


 ──俺の竜王の血だ。

 この血は生き物たちの敵対心を掻き立てる効力がある。

 とはいえ、この距離から匂いで勘付かれたのは初めてだし、今回は対策として調さん曰く”エッジの効く香水”を吹きかけてきたのだ。

 現に嗅覚に優れた鉄巻貝共は俺じゃなくデルタを狙っていたわけで、効果はあると思っていたのだが──

 



「ドッゴゴオオオオオオオオオオオオオンッ!!」






 咆哮するドレッドノータス。

 背中の溶岩で出来た砲台が俺達を向いた。

 うん、不味いね。間もなく俺達は今までいた場所をダッシュで離れる事になった。

 数秒後、爆発音と共に溶岩の破片が辺りに転がる。


 :ヤベヤベヤベヤベヤベ


 :勘付かれたァ!?


 :やっぱコイツ怖すぎるだろ!!


「走れデルタ!! 足を止めるなーッ!!」

「そりゃこっちの台詞ダゾ!! 先にバテるのはオマエの方ダ!!」

「それもそうだったーッ!!」


 ドゴン!! ドゴン!! ドゴン!!


 畜生玉切れとは無縁か、アイツめ!

 次々に火炎の弾をこちらに向かって吐き出してくる。

 幸い命中率は然程高くはなく、明後日の方向に飛んでいってるが、爆発に巻き込まれるだけでも大怪我は避けられない。


 :あーもう滅茶苦茶だよ


 :あいつあの距離からでも捕捉できるん?


 :いや、少なくとも先行の攻略組はあの距離からじゃ勘付かれなかった


 :多分それは勘付かれなかったんじゃなくて相手にされてなかっただけ


 :もっと近づかないと威嚇もされないはず


 じゃあ何で気付かれたんだよ!!


「腹下だ!! 腹下に潜り込んだら射角で砲弾は飛んで来ねえ!!」


 とはいえ、まだ結構距離がある。

 重い鎧を着ながら走れているのが本来なら奇跡みたいなものなのだ。

 しんどい。しんどすぎる。だけど足を止めたら死ぬ──ッ!!

 辺りのものに遠慮することなくドレッドノータスは主砲で全てを薙ぎ払っていく。


「ドッゴゴオオオオオオオオオオオオオン!!」


 漸く、奴の足元が見えてきた。

 だが──ドレッドノータスの武器はあの主砲だけではない。

 竜脚類最大の武器、肉食恐竜をも叩きのめす鞭のような尻尾だ。

 風を切り、尾が暴れ狂う。

 当然のようにデルタはそれを跳んで躱し、俺はウォーハンマーで受け止めたが──


「どあぁぁ!?」


 相殺し切れず、吹っ飛ばされてしまうのだった。


「メグルッ!!」

「いっだだだだッ……」


 ……ヤバい。流石に強いぞコイツ。

 岩壁に叩きつけられ、起き上がる。

 これで済んでいるのは超人化の恩恵だろう。

 だが、これでは近付けない。足を攻撃するどころの話ではない──!




 ※※※




「さ、流石に強敵です……!! 一体どうしたら……!!」



 

 戦況を見ながら、ルカは歯噛みした。

 ルカならドレッドノータスの尻尾を”抜刀絶技”の乗った刀で斬り刻んでしまうところだが、ハンマーでは良くて打ち返すのが関の山だ。

 距離を取れば主砲による攻撃、距離を詰めれば尻尾で薙ぎ払ってくる。足を攻撃する時も踏みつけには細心の注意を払わなければならない。

 幾ら超人化した身体でもぺちゃんこにされれば終わりだ。

 何より単純な巨体。幾らルカでも、このサイズの怪物は斬り刻めない。

 

「ねーさん。おにーさんは──勝てると思う?」


(ッ……やっぱりドレッドノータスは早かったかもしれません……!!)


 そう言ってしまうのは簡単だ。

 だが、このチャレンジは巡が自ら進んで行ったのだ。

 その言葉を口にするのは彼のプライドを著しく傷つけてしまう気がした。


「信じるしかありませんッ……!! おにーさんと、デルタさんをッ!!」


 何とかアドバイスを模索する中──パソコンに通知が来た。

 配信用ソフトではない。玄関のインターホンと連動しているセキュリティソフトだ。

 来客があると、通知と共に玄関前に居る相手を映し出すのである。


「うん? こんな時に……? ゲッ!!」


 それを片手間で確認し、ルカは顔を真っ青にした。

 インターホンにはマイクも付いているので、相手の声まで聞こえてくる。




「御姉様ーッ!! やっと見つけました、ルカ御姉様ーッ!! 訪問する心の準備だけで幾数日経ってしまいましたがッ!! 此処に居るんですよね、御姉様ーッ!!」




 ──玄関前に立っていたのは──妹を名乗る不審人物。

 抜刀院ルカの大ファンでありダンジョン配信者の阿形ウミコであった。

 ルカは軽く恐怖した。確かに彼女とは一度病院で話したっきりだが、当然このシェアハウスの住所は伝えていない。


「ヤバすぎでしょあの子、どうやってウチの場所特定したんですか……!?」

「……ねーさん。何でカンナ以外に妹が?」

「アレは勝手に妹って名乗ってるだけですよ!!」


 何処から情報が漏れたのか全く分からない。

 ドローンの操作も覚束なくなってしまうのだった。


(いやいやいや!! こっちに気を取られてる場合ではありません!! だけど、集中できないッ……!!)


 ルカが戦慄する中、カンナが──口を開いた。


「……待ってて。カンナが何とかする。ねーさんは、指揮に集中していて」

「え? 良いんですか?」

「ん。どうにかして追い返す」


 意気揚々とカンナは配信部屋から出ていった。


「全く、どうやってウチの場所を突き止めたんでしょう……」


 少々カンナの事が心配だが──今は巡とデルタが最優先だ。ルカはドローン画面に再び視点を戻す。


「あ”ッ……おにーさん吹っ飛ばされてる……!?」


 映っていたのは、岩壁に叩きつけられたメグルの姿だった。




 ※※※




「──新気鋭の配信者も仲間に加えたいと思っていてね。僕の配信グループに入らないかい?」




 ──阿形ウミコがイデアからスカウトを受けたのは一週間ほど前だった。

 個人勢として自分のチャンネルに誇りを持っていたウミコは、当初その誘いを断るつもりでいたが──


「良いのかい? 僕は、あの抜刀院ルカをこの配信グループに加えるつもりでいるのだけど」

「んな──ルカ御姉様を!?」

「そうさ。僕はルカ君の同期だからね。あの子の住所も調べられるけど?」

「入りますッ!! 御姉様が一緒ならッ!!」


 ──やはり彼女は倫理観が終わっていた。

 元々、引退したルカの居場所を配信で嗅ぎまわっていたような女なので、さもありなんである。

 しかしイデアはルカの勧誘に失敗。ウミコは約束をフイにして、ルカの住所だけ握ってこうしてやってきたわけである。

 

(ど、どうしよう、あの時のお礼!! お礼を言わなきゃッ!! ついでに、あの時書いて貰いそびれたサインも──ウフフフフフ)


 要望はファンとしては普遍的な物だ。

 しかし、住所を特定した挙句、自宅に凸するのは最早ストーカーの域であった。警察を呼ばれても仕方のない事をしている。

 がちゃり、と音を立てて鍵が開く。

 ウミコは心臓が止まりそうになった。 


「あれ? 貴女は一体」

「カンナ……ねーさんの妹」

「妹ォ? 妹なんてあの人に居た覚えないんだけど──貴女、妹を名乗る不審者ね!!」


 中から飛び出してきたのは、ルカにそっくりの赤い髪の少女に、ウミコは怪訝そうに投げかける。

 無感動なカンナの目が──大きく開かれた。



 

(今此処に開く──”梟の大双眸オルニメガロアイズ”)




 一瞬、カンナの目が赤く輝く。

 同時に──ウミコの目もまた、呼応するように赤く輝いた。しばらくの沈黙ののち。



「あ、あれ、あたし何故こんな所に居たんだろう? か、帰らないと……」


 何事も無かったかのようにウミコは踵を返し、帰っていくのだった。

 それを見送り、カンナもまた、家の扉を閉める。




「……昔からそう。ねーさんの周りには変なのが集る。ねーさんはすぐ変なのに引っ掛かるから……カンナが守らなきゃ」

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