第20話:メモリ不足

「──恐らく、スキルのメモリ不足ですね」

「メ、メモリ不足……?」




 ……スキル開発センターの女医さんから、そんな感じの事を言い渡された。


「類似のスキルでは、一度にコピーできる数に制約がある事が殆どなんです」

「つまり一度に3つまでしかスキルが使えないと」

「そうですね……。後、あれから少なくとも3人、いや4人と……そう言う事したんですか……? 診断した私が言うのもアレですが、人としてはどうかと思いますよ……? 刺されますよ、いつか」

「はい……すんません……でも、大抵事故で……」

「事故でそうはならんでしょ!?」

「なっとるんですよ!!」


 結局、このコピースキルで一度に習得できるスキルは3つまでと言う事だ。それ以降は古いものから勝手に消えていくらしい。

 そう考えると納得がいく。

 先日の乱痴気騒ぎでデルタのスキルを手に入れ、そして昨日のワイン騒動で俺は妹ちゃんのスキルを手に入れた。

 本来なら何処かでルカの”抜刀絶技”も忘れていてもおかしくないのだが、姉妹丼やらかした所為で”抜刀絶技”も再度習得している。

 結果、今の俺のスキルは3つ。”抜刀絶技”、”同調”、”覚醒していないデルタのスキル”だ。


(オイオイオイ、話が変わってきたぞ……特に”魔音奏”が使えねーのが痛すぎる)


 居たたまれない顔でスキル開発センターから帰宅した俺は、仲間に今の現状を伝える。


「う、ウソでしょ、同時に習得できるスキルが3つまで……!?」

「調さんが実家に帰ってる今、”魔音奏”の再習得は無理だ……アレ、クッソ便利なのに」


 そこまで言って俺は自分の発言の最悪さに気付いた。

 ”再習得”って何だ。その再習得には、また「粘膜接触」が必要になるんじゃねえか。

 しかしそれを聞いたルカも、


「マズいですね……”魔音奏”は足止め、範囲攻撃、何でもありなのに」


 特に”再習得の手段”については言及しない。

 どうやらルカもいよいよ倫理観がおかしくなっているようであった。

 慣れと麻痺って怖いね。


「問題はデルタだ。今の俺は”契約”のスキル覚えてないみたいなんだけど」

「うン? ドシタ?」

「……こいつは何とも無さそうだな……」


 デルタの首には、俺にだけ見える青白い首輪の模様が浮かび上がっている。契約者の証は──健在だ。

 ”契約”スキルを失っても、新たに生き物をテイムできなくなるだけで、”契約”が外れるわけではないらしい。


「……いきなり家を飛び出して帰ってきた。カンナまだ事情が呑み込めてない」

「おい絶対に誰にも言うなよ」

 

 ──俺、日比野 巡のスキルは”模倣”。

 相手のスキルをコピーし、それを使う事が出来るというものだ。

 ただし、コピースキルを使いこなせるかどうかは俺次第だし、相手の経験まではコピーできないので俺なりに活用して知恵を絞るしかない。

 そして何より、相手のスキルをコピーするのには「粘膜接触(限りなくオブラートに包んだ表現)」が必要になるのである。

 こんな事が大衆に知られれば、俺もルカも大変な事になりかねない。

 故に俺のスキルは表向きには「武器にエネルギーを纏わせる能力」と言う事になっているのだ。色々誤魔化しが効くし。


「コピー……成程、道理で。納得した」

「カンナ。私のためにも他言無用でお願いします」

「ん。ねーさんの頼みなら言わない」

「判断基準が獣人と同レベルなのどうなんだよ」

「にゃはははは!! カンナはデルタと同じダナ!! デルタも肉を貰えるなら言う事聞クゾ!!」

「……貴女と一緒にされたくはないのだけど」

「んな!? どういう意味ダ!?」

「言葉通りだけど」


 ……争いは同レベルの者同士でしか発生しないとはこの事だ。頼むからこんな事で喧嘩しないでほしい。


「仕方ねえ……戦闘要員も二人しか居ねえが、こっちには新型のメカハンマーがあるんだ」

「行くんですね? 八丈島に」

「ああ。今から新しいメンバーを集めるのもアレだしな」


 スキルも不十分だが、新武器の試し打ちには持って来いの相手だろう。

 ドレッドノータスは撃破できれば、大きな撮れ高になるし、何より八丈島のダンジョンの宝はその時点で独り占めだ。

 

「カンナが新しい武器を作ってくれたことだし、こいつで──ドレッドノータスに挑む!!」

「……大丈夫なんでしょうか?」

「安心シロ! デルタが居るからナ!」

「……お手並み拝見」


 カンナが涼しい顔で言った。

 結局の所、スキルも武器も、使いこなせるかは俺次第だ。


「ドレッドノータスに関しては、今日も別の配信者グループが討伐に失敗しています。近いうちに、大規模討伐作戦が始まるかも」


 そうなると、折角の獲物もお宝も先に取られてしまう。

 俺が配信者として……そして攻略者としての力を示す良いチャンスが奪われてしまう。

 多分俺は焦っているんだと思う。確実に。

 だけど──ルカには今まで散々、俺の夢を応援してもらったんだ。

 俺は、ルカにとって相応しい俺で居たいんだ。

 早速雑談配信の枠を立てた俺はデルタと一緒に画面に映る。


「──というわけで!! 3日後!! 俺とデルタで、八丈島のダンジョンを攻略しようと思う!!」

「ドレッドノータスをぶっ飛ばスゾ!!」


 :どえええええええ!?


 :ウッソでしょ……。


 :あのヤバさの極みみたいな場所で……!?


 :なんかこないだもどっかの攻略者グループが挑んで人死んでたよあそこ


「マジ? 結構色んな所が挑んでるんだな」

 

 :女の子が死んで、まだ死体が見つかってないって


 :他のメンバー、まだ病院から出られてないみたいだ


 :配信してなかったから、誰なのかも分からないらしい


 怖いな……ルカが言ってたけど、ダンジョン攻略配信って、やっぱり自らの生存レポートのような側面もあるみたいだ。

 配信を付けておけば、万が一何かがあった時に助けてくれるもんな。


 :配信の重要性がよーく分かる


「やっぱダンジョン配信って大事なんだなぁ」

「デルタは、あのブンブンしてる機械見るの未だにイヤだゾ」


 :大丈夫? 死ぬんじゃない? 今度こそ


 :準備は終わってるの?


「ドレッドノータスがどんなヤツかってのは一応予習してるぜ」


 :ただ、流石に一匹だけじゃないっぽい


 :滅茶苦茶デカい個体も居るみたい


 :配信で見たけど、高さは12mくらいあったな、あいつ


 :そいつがボス個体なんじゃない? 


「全高12m……前情報の倍近くデカいな」


 竜脚類……所謂ブロントサウルスだとかスーパーサウルスとかの仲間だし、どれだけ大きくてもおかしくないんだよな。

 多分、此処までデカい個体が出てきてしまった所為で、八丈島のダンジョンの攻略は滞ってしまっているんだろう。


「とにかく! 俺達も八丈島に、そしてドレッドノータスにチャレンジする!! 皆、見ていてくれ!!」

「デルタ達は勝って帰ルゾ!!」




 ※※※




 ──ドレッドノータス攻略に向け、巡達は準備を進めた。

 そして、八丈島ダンジョンの攻略は翌日に迫っていた。

 トレーニングと準備で疲れ、巡とデルタは既に眠ってしまっている。

 一方のルカは、配信機材を確認しながら明日に備えていた。


「……ん?」


 コンコン


 部屋の扉が鳴る。

 開けるとそこには、カンナが立っていた。


「カンナ、どうしたんですか?」

「……眠れなかっただけ」


 そう言ってカンナは、ベッドに腰を下ろした。


「……ねーさん、心配そうな顔してる」

「そうですねー……やっぱり、ドレッドノータスは強敵ですから。おにーさんとデルタさんが無事で帰って来られるか、それだけ願っています」

「好きなの?」

「……へ?」

「おにーさんの事、好きなの?」


 そう問われ──ルカは沈黙した。

 分からなかった。

 確かに身体の関係は何度かあるが、いずれも事故で、しかも記憶が無い。

 巡もそれは重々理解しているのか必要以上にこちらに距離を詰めてくる様子はない。

 だが改めて巡の事を「好き」と聞かれ、ルカは返答に戸惑った。

 

「……分からない、です」


 だから、誤魔化した。

 彼を恋愛的に好きかと聞かれ、即答できなかった。

 だが間違いなく、ルカは巡に対して少なからず入れ込んでいるのは自覚していた。


「……カラダの関係は、前からあったの?」

「ッ……えーと。酒の勢いで、何度か」

「……相変わらずゴミカス」

「お、おにーさんを悪く言わないで下さい!!」

「安心して、ゴミカスなのはねーさん」

「そっちかぁー!!」

「でも大丈夫。カンナはどんなねーさんでも好きだから」


(我ながらなんで妹から好かれているのか分からない……)


 正直、こんな有様でよく見捨てられてないな、とルカは考える。

 妹にも──そして、巡にもだ。


「でも、ねーさんがそうやって特定の誰かに入れ込むなんて」

「……出会ったのは偶然です。でもね、お酒飲んで話してるうちに……今時、こんなに真っ直ぐで純粋な人、珍しいなって思っちゃって」

「それで身体を許しちゃったの……?」

「違うんです、酔った私があの人にバカバカ飲ませました……」

「酒カス……」


 残念ながら弁明のしようもない。

 紛れもなくルカは酒カスであった。


「ダンジョンに潜るのが夢だったのに、スキルが覚醒しない所為で燻ってて……それでも腐らずに諦めなかった。だから──スキルに目覚めた時、すっごく喜んでて」


 見てみたい、とルカは強く願った。巡の旅路、その果てを。

 今まで表に出てダンジョン攻略していた自分は敢えて裏方に回り、彼が自らの力で道を切り開いていく様を確かめたいと考えたのだ。

 そして何よりルカは責任を感じていた。

 自分が一夜の過ちを犯したことで、結果的に巡のスキルが目覚めてしまったことに。


「あの人のスキルは他者のスキルのコピー。最初にコピーしたのは私の”抜刀絶技”……責任、取らなきゃって思っちゃったんです」

「……責任で、配信を手伝ってるの?」

「それだけじゃありません! ないけど……やっぱり、そうだと思います。私が目覚めさせてしまったものは、私が……面倒見なきゃって」


 ──しかし。

 

 お膳立てするのは簡単だ。

 だが、それでは意味が無い事は巡もルカも分かっている。

 ダンジョン攻略はあくまでも巡の進むべき道であり、ルカは過剰に干渉するべきではないと考える。


「報われてほしいって思う。幸せにしてあげたいって思う。でもね……きっとそれを、おにーさんは望まない」

「どうして?」

「あの人は……自分の力で、自分の道を切り開いていきたいって思ってる。それは迷宮攻略者なら誰もが思う事。だから──私はそれを、見守ることしかできない」


 だからこそ、ルカは止めたかった。乗り気ではなかった。

 巡が再生数やチャンネル登録者数を気にしていたり、撮れ高やネットでの評判を気にしているのは──ルカの為だということに気付いていた。

 元より巡はチヤホヤされることに頓着しない。

 そんな彼が自分の評判を気にするのは、チャンネルを管理しており、いずれは大規模グループに成長させたいルカを気遣っての事だ。

 

「……私は、彼が彼自身の為にダンジョンを攻略するなら喜んで応援します。でも、彼が……私を気遣って難易度の高いダンジョンに挑むのは……私の所為で彼を危険な目に遭わせてる気がして」

「ねーさんそれ……大分ホレてる……」

「え?」


 指摘され、パチパチとルカは目を瞬かせた。


「……互いの夢の為に寄りかかってるって言ってるけど、ねーさんは……結局、おにーさんのことをすっごく案じてる。大切に思ってる」

「でも、おにーさんも迷惑でしょう! こんな酒乱女に迫られたら……絶対にもっと良い女の子がいるに決まってます!」

「……そう」

「だから、これで良いんです。おにーさんは……私の力を使って伸びる所まで伸びて貰えればいい。その後、おにーさんが後腐れなく私と別れられるように、私は……迷惑な酒乱女のままで良いんです」

「ねーさんは、それで良いの?」

「……おにーさんには、もっと相応しい人が居ますから。きっと」


 これで良いのだ、とルカは自分に言い聞かせる。

 

「……ごめんね、カンナ。こんな事を聞かせてしまって」

「ううん。ねーさんの話、聞けて良かった」


 首を横に振り、カンナは部屋を出ていった。

 それを見届けて──ルカは机に突っ伏す。

 分からない。分かったところでどうする事も出来ない。

 自分は巡の事が好きだとして、今更普通の恋愛など出来はしない。

 

(媚薬香水で3P、酒に酔って4P、その次はまた酔って3P……爛れてるどころの話ではありません……此処から1対1のお付き合いだなんて……いや、そもそも!!)


 ルカは首をぶんぶん、と横に振った。

 今は夢のために──色恋に現を抜かしている場合ではないのだ。




 プルルルルル




 そうしてルカが悶えている中、着信音が聞こえてきた。

 相手は──調だ。


「はいもしもしー?」

「あ、ルカちゃん!?」

「……調。そっちはどうですか?」

「おばあちゃんの体調、結構悪くて……ゴメンね、攻略に加われなくて。ドレッドノータスでしょ? 絶対強いよね……」

「心配しないで下さい。おにーさんにデルタさんも居るんです。十二分ですよ」


 調の祖母の具合は思っていたよりも悪いかった。

 今はずっと、調が他の家族と一緒に付き添ってやっている状態なのだという。

 

「それに安心してください! おにーさんの新武器!」

「あ、配信で紹介してたよね。あのメカメカしいハンマー。アレ、誰が作ったの?」

「聞いてくださいよ! ウチの自慢の妹の手製なんですっ!」

「……?」


 しばらく、沈黙が横たわった。


「ん? どうしたんですか、調」

「あ、いや、ルカちゃん、妹っていたんだって思って」

「え!? 逆に今まで知らなかったんですか!? ……どっかで教えてたと思うんですが」

「そうだったのかな!? 初耳だよ!!」


 教えていなかっただろうか、こんなに付き合いが長いのに、とルカは訝しむ。


「……い、いや、ルカちゃんって迷宮崩落で家族皆亡くなってるはずじゃない?」

「妹だけ生き残ったんですよ」

「……そうだったんだ? あ、会った事なかったから、いや、本当に初めて知ったよ、もう何年も友達してて」

「あの子機械いじりが趣味で引っ込み思案ですから。案外調とも気が合ったりして!」

「それならいいのだけど、ちょっとビックリしちゃったよ」

 

 それから他愛のない事を駄弁り、通話は切れた。

 親友が妹の事を知らなかった事に驚きつつ、ルカはゲーミングチェアに深く腰掛ける。

 

(全く、長い事親友やってても知らない事というのはあるものなんですねぇー……ま、私も調が媚薬香水買ってたの知りませんでしたし、似たようなものでしょう)


 多分だが違う。

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