第19話:同調

「カ、カンナ……!?」

「……ねーさんは昔からそう。そうやって、カンナを子供扱い。カンナはもう20歳、お酒くらいどうってことない!!」

「おい待て、その考えは危険ダゾ!! どうってことある奴がデルタの隣にいるゾ!!」

「確かにそうですが、デルタさんまで私の事刺さなくても良いじゃないですかッ」

「事実だろ酒乱女」

「……ねーさんに思い知らせてやる」


 露骨に頬を膨らませたカンナはすんすん、と鼻をヒクつかせると階段を駆け上がる。

 

「ちょっと、カンナ!?」

「ねーさんの匂い……多分ねーさんの部屋はこっち」

「おい、何をするつもりだ!?」

「やっば、鍵閉めてないです!!」


 そのまま無遠慮にカンナはルカの部屋に押し入った。

 部屋の隅には──轟々と音を鳴らす小さな冷蔵庫のようなもの。

 だがガラスの中にはワインボトルが並べられている。

 ……洋酒を適温で保管するための入れ物、即ちワインセラーである。


「やっぱり、あると思った……!!」

「おいルカ。申し開きは?」

「……ま、まままま、待って下さい!! これには深いワケがありまして!!」

「これとか良さそう」

「一体何を──あああ!! それはとっておきなんです、勘弁してください!! 年代物なんです!!」


 どっからどう見ても高そうなワインだ。こいつ、こんなモン隠してたのか。


「オメー何ワインとワインセラー買ってやがんだ!! おい、妹ちゃんもやめろよ、それをどうするつもりだ」

「こーする」


 ワインボトルを手に取ったカンナは、ぶら下げた工具のうちの1つで器用にワインの栓を引っこ抜く。

 そしてあろうことか──ワインをイッキ飲みしたのである!!


「カンナァァァーッ!? 何やってるんですか!?」

「……ぷはっ。不味い……やっぱりお酒って味がキライ……」

「ちょっと!! 人のワイン飲んでおいてそれは無いでしょ!?」

「でも、これで分かった? カンナは子供じゃない……!!」

「いや思いっきり不味いって言ってただろオマエ!!」

「なあコイツすっごく酒臭イゾ!?」

「ア、アルコール臭やべぇ……!!」


 ……ワインのアルコール度数は大体15度以上。

 ビールのそれを優に上回る。そしてワインボトルの内容量は大体750ml。

 これは、ヤバいぞ……カンナの顔がみるみるうちに真っ赤になっている。

 そういや学生時代の友達が就活の最終面接落ちた時に、ヤケになってワイン1リットル一気飲みしてゲロゲロ吐いたって聞いたような──


「……あのー? カンナさん? 水!! 水持ってくるから!!」

「……ヒック」

「カ、カンナ、水!! 水飲みましょう!? も、もう!! まさか、全部飲んじゃうなんて、正気じゃありません!!」

「……な、なあコイツ、ふらふらしてねーカ……!? デルタ、もう嫌な予感ガ……!!」

「う、う、うにゃぁぁぁ──? ねーさん……?」

 

 あ、ヤバイ。手遅れかもしれん。

 姉妹揃って酔っぱらった時の反応がソックリだ!!


「……体がポヤポヤする。頭がぼーっとする」


 ルカに倒れ込み、すりすりと胸に頬ずり。

 目がとろんとしており、とてもではないが正気に見えない。


「……ちょ、ちょっとカンナ!?」

「……ねーさん。らいしゅき……ずっと、いっしょにいてぇ……置いて、いかないで、みすてないで……」


 ──次の瞬間だった。

 体温が一気に上がった気がした。

 俺もデルタも立っていられず、その場に膝を突いてしまう。

 

「お、おい、何だコレ……!? ルカ、妹ちゃんのスキルは……!!」

「し……知りません……うにゅう……!! わ、私の知る限り……カ、カンナはスキルの無い一般人です!! ……まさか、ドロップを使った……!?」

「すっごく頭がぼんやりすルゥ……」


 そ、そうだ。

 この感覚は──だ。

 酒を一滴も飲んでいないのに、高濃度のアルコールを多量に摂取したかのような倦怠感、平衡感覚の喪失、そして気持ち悪さ。

 視界が揺れて歪んで、立っていられない。


「ZZZZ……」

「で、でるたぁ……!?」


 アルコールに弱いデルタに至ってはもう潰れて寝てしまっている。

 だが一方、アルコールに半端に強いルカは目が蕩けてしまい、妹に抱き着かれたまま俺に身体を預けてくるのだった。


「う、にゃぁ……お、おにーさん……無理でしゅぅ……暑く、なっへきちゃいまひたぁ……」

「待て、ルカ……!? 不味いって、妹さんの前だぞ!?」


 すり、とシャツを脱ぎ捨て、ルカの女性的な体型が露わになった。

 ド貧乳だなんて自嘲していたが、最近余計に丸みを増してきている気がする……!?

 太ったっていうよりは、女性的な魅力を増したような──いや、バカ!! 何考えてるんだ俺は、こんな時こそ諫めるべきだろう!!


「おいルカしっかりしろ!! 人間ってのはな、過ちをそう何度も繰り返しちゃいけねーと思うんだよ!! なあ!!」

「だいしゅきですぅ、おにーしゃん……♪ だきしめて、ううん、だいてくだひゃーい……♪」

「ダメだ聞いちゃいねえ……!!」

「ねーねー、おにーさん……みてくだひゃい、さいきん、ちょっとおっぱいおおきくなったんれすよぉ……?」

「いやいやお前もう、成長期は過ぎてるだろ──!?」


 黒い下着姿のまま迫るルカ。


「……? ……ねーさんのすきなひと……カンナも、興味津々……」


 そして、黒いインナーの下には何も下着を付けていないカンナ。

 二人はそのまま俺を部屋に無理矢理押し込み、ベッドの上に乗せる。

 駄目だ。腕に力が入らない所為で全く抵抗が出来ない。


「……いっしょに、にゃーにゃーしましょう、おにーさん……♪」

「……カンナは……ねーさんのしたいことなら、いっしょにしたい……」


 ……うん。ダメです。

 どうやら理性にグッバイを宣言するしかないらしい。




 ※※※




 チュン……チュン……。




 もうこの流れも何回目だろうか。

 様式美と言えば様式美なのかもしれない。

 駄目です。言い逃れのしようがありません。

 立派に3Pの後です。

 しかも今回、何が終わっているって──よりによって姉妹丼という点だ。

 

「……ねえ、おにーさん。昨晩何があったか覚えてますか」

「……全く記憶が無ェ。例によって。おいどういうことだ、説明しろ」

「──カンナのスキルですか」


 もう色々全部終わっている俺の隣で、終わっている顔をしているルカが首を横に振った。

 当のカンナはすやすやと俺の腹の上で寝ている。

 最早5度目ともなれば、俺もルカもわざわざ慌てはしない。

 大丈夫だ。落ち着け。落ち着くんだ──落ち着けるかーッ!!


「違ェよその質問はもうした!! 部屋に高級ワイン隠してた事だッ!!」

「つい……」


 辺りに脱ぎ散らかされた下着、なんかもう形容し難い淀んだ生臭い空気、そして──酒を飲んでいないのに酷く痛む頭。

 そして何も着ていない俺達。

 

「んにゅ……腰が、痛い……」

「あ、起きた」

「……この状態は……正直、予想外、だった……まさか”酔い”にまで影響が出るなんて」

「カ、カンナ、大丈夫ですか……!?」

「……スゴかった」

「へ?」


 二日酔いの様子など全く見せず、カンナはケロッとしながら言った。

 おい待て。こいつもしかして昨日の事全部覚えてるのか──!?


「……ねーさんが、夢中な理由、分かった気がする……ねーさんの見た事無い姿、たっぷり見せて貰った」

「ちょっと!?」

「絶倫。ケダモノ。でも、キライじゃない。この気持ち、この感覚、どうやって科学したらいい?」

「しなくて良い!!」

「……おにーさんは鬼畜……カンナは初めてだったのに……でも、ああやってスクラップにされるの……キライ、じゃない」

「人聞きが悪すぎる……!」

「ねーさんの乱れてる顔も、ステキだった」


 ちゅ、とカンナがルカの頬に口づけする。


「思い出しただけで夢みたい、ドキドキする……カンナは、またしたい。いい?」


 やれやれ──そんなの答えは決まってる。


「良い訳ねーだろッ!! 服を着ろッ!!」

「良い訳ないでしょーッ!? もう死にたいですーッ!!」


 ちなみにデルタは──




「ふがっ……!? いつのまにこんなに寝てたんダ……!?」




 ──……今回ずっと、蚊帳の外ならぬ部屋の外であった。




 ※※※




「”同調”。それが、カンナのスキル」




 くぴ、と珈琲を飲みながらTシャツ1枚のカンナが言った。

 こいつ……ワインあれだけがぶ飲みしたのに全く翌朝に響いてない。

 多分俺達の中じゃあ一番酒に強いかもしれない。


「カンナもねーさんみたいな強いスキルが欲しいって思ってドロップ飲んだ。でも、正直使いづらい」

「やっぱり……サイキック系の能力の1つですね。人間の第六感を拡張する超能力です」

「……妹ちゃんはダンジョンに潜ったりしたことはあるのか?」

「無い。無いけど……ねーさんみたいになりたかっただけ。仕事で溜めたお金でドロップを買って使ってみた」

「具体的に何ができるんだ?」

「カンナの受けてるダメージ、不調、それを周りにいる誰かにも押し付けられる力」


 う、うわぁ、使いづれぇ……!?

 確かにカンナの微妙そうな口ぶりも納得だ。 

 ルカの”抜刀絶技”みたいな強力なスキルを期待していたなら、猶更がっかりかもしれない。

 自分から何かをする能動的な能力ってよりは、相手から攻撃を受けた時のカウンターって感じか。


「えー、でもソレ、結構嫌だナ……殴り合ってたら、自分が殴った分が返ってくるって事ダロ?」

「そりゃあ相手にする分には嫌かもしれねーがな」

「サイキック系の能力は拡張性と成長性が高いので、分からない事が多いんです。これから化ける可能性はありますよ」

「……だとしてもカンナはダンジョンには潜らない。無用の長物。あ、でも──軽い念力なら使えるようになった」


 ふよふよ、とコーヒーカップが宙に浮く。

 でもどうやら、サイキック系のスキル持ちの人間なら誰でもできる芸当らしい。

 危険生物相手に何処まで通用するかは分からないけど。


「成程な、大体分かったぜ。ワインで酔っ払った妹ちゃんは、”同調”のスキルで俺達も酔わせちまったってわけか」

「……ん。ごめん……酔った所為でスキルが暴発した」

「元はと言えば私がカンナを挑発した所為です……」

「だけどこれで分かっただろ。酒の恐ろしさって奴がな……」


 ……となると、これで俺が手に入れたスキルは4つ。

 ”抜刀絶技”、”魔音奏”、”契約”──そして”同調”か。

 デルタの持ってるスキルは彼女自身にも分かってないらしいので、正確には5つか。

 正直気分は最悪だが、パッシブとはいえスキルが手に入ったので良しとしよう。

 良しに出来る訳ねーだろ、酒に呑まれて姉妹両方頂いちまったんだぞ、俺の最悪度がどんどん上がっていってる。


「あ、あの、ルカ……?」

「今回の件は仕方ありません……事故のようなものです。私もワインとワインセラーをこっそり買ってましたし……無かった事にしましょう!!」

「うん。俺ひょっとして罪悪感感じなくて良いヤツか?」


 取り合えずこの酒乱女には説教だな……。


「こっちこそごめん。押しかけたのに、色々迷惑かけた」

「いや、なんかもう……色々終り過ぎてて、こっちも何と言えば良いか……」

「気にしなくて良い。良い経験を積めた。八丈島……ドレッドノータスを倒しに行くんでしょう?」

「うん? ああ、そうだな。あそこにはレアな物が沢山埋まってるし」


 あれ、何でこの子八丈島遠征の事知ってるんだろう。

 俺まだルカにしかこの事は話してないんだけどな。


「なら丁度良い。おにーさんに、良い物をアゲル」



 

 ※※※




「お、おお!! これは──」

「おにーさんはハンマー使いなんでしょう? この試作品を試してほしい」




 歯車、機械仕掛けで動く機構が付いたハンマーだ。

 部品は当然全て中級魔鋼で出来ており、少なくとも今俺が使っているものよりも上等な素材が使われている。

 尖っている錨爪の部分は健在だが、逆の槌頭の部分は何やらメカメカしい。


「例えばスイッチ一つで」

「うおっ、刃が飛び出した!?」

「斧に早変わり。石突は物を掴む強力ペンチ」

「……成程。多機能ハンマーってわけですか」


 持ち手の部分に様々なボタンが付いており、状況に応じて色んな使い方ができるようだ。

 コイツ一つで色んな局面に対応できそうだな。 


「んで先端のトゲは?」

「先端は杭打ち機・パイルバンカー……槍の要領で相手を突いて、ボタンを押すと杭が飛び出して深く突き刺さる」

「これ、使うのか……?」

「パイルバンカーはロマン。ちなみに1発だけ」

「これ使うのか!? 本当に!?」


 ……いやでも、迷惑かけられたお詫びにしては良いモンだぞコレ。

 確かに使うかよく分からない機能は他にも沢山付いてるけど、単純に便利かもしれん。

 その分、今まで使ってたハンマーよりずっしり重いが許容範囲内だ。

 早速試し打ちしてみよう。

 パイルバンカーの1発きりのロマンも、よくよく考えるとすごくカッコよく思えてきた。

 そもそも当たり前のように呼称されてるパイルバンカーって何だろって考え出したら冷静になってしまいそうだったのでやめた。


「なんか、おにーさん心なしか喜んでません?」

「男の子はこういうのでテンション上がっちまうんだよ……!」

「なんかこういうのゴチャゴチャしてて、デルタはあんまり好きじゃねーゾ……」


 俺はハンマーを掲げて外に出る。


「使う時は必ず電源を入れて。内部で震動や衝撃を相殺する機構が動くから、それで中の機械を守る」

「オーケー……!」


 いつも素振りをしている場所で──思いっきり、アスファルトに向かって──ハンマーを振り下ろした!!


「ッ──らぁ!!」


 ズドンッ!!


 ──……。


「どうしたんですか、おにーさん……?」


 ……すげぇよ、カンナ。

 振り心地は悪くねえ。叩き心地も最高だ。

 だけど、だからだろうか。

 俺は──ハンマーとは直接関係ない別の問題に直面してしまったのだ。




「”魔音奏”が使えねえ……! 電気が、出ねえ……!!」

「い”ッ──!?」




 最初はハンマーの所為かと思ったのだ。

 しかし、いつものウォーハンマーに持ち構えても”魔音奏”は発動しなかったのである。

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