第18話:シスコン襲来
──調さんが朝早くからシェアハウスを出て、慌ただしい朝は過ぎ去った。
ドレッドノータスへの対策を考えていく中、突如として「彼女」はやってきたのである。
執拗にけたたましく鳴る家のインターホン。出るのは俺だ。
「──はーい、セールスはお断……り……?」
「……」
「……どなた?」
女の子だ。
すらりとした体型に似合わぬだぼついたオーバーオール。
その下には黒いインナーだけが纏われている。
頭には大きなゴーグルが付けられており、背中には何に使うのか分からない大きなスパナが背負われていた。
腰には皮のベルトが付けられており、そこにはびっしりと工具が敷き詰められている。
だが一際目を引くのは──くすんだ赤い癖っ毛だ。この髪には見覚えがあった。
「カンナ。抜刀院カンナ。それが名前」
「……ばっとういん……!?」
「ねーさんを出して」
すっ、と彼女は自らの攻略者ライセンスを出してくる。
……た、確かに「抜刀院カンナ」と名前が書かれている!!
日本広しと言えど、こんな珍妙極まりない苗字の持ち主はあまり居ない。
「そもそも──貴方は誰? ねーさんを誑かす悪い男?」
「い、いや、俺は──」
「……もしそうなら鼻っ柱、これで捩じ切るから」
「ちょーっ!?」
ぶん、と勢いをつけて抜刀院カンナを名乗る少女は──巨大スパナを俺の鼻に突きつける。
いや待ってほしい。この娘思い込んだらあまりにも一直線過ぎやしないか!?
「待て待て待て!! バイオレンスはやめておけ!! 大体なんだ、ルカって妹居たんだな……俺、初めて知ったんだが!?」
「……知らないのも無理はない。多分ねーさんが言ってなかっただけだと思う」
ほ、本当か?
あいつ、家族が皆迷宮崩落で死んだって言ってたような気がする。
妹だけ生きていたのか?
「ストップ!! ストップストップストップです、何事ですかッ!!」
どたどたどた、と後ろから足音が聞こえてくる。
ルカだ。部屋に籠って作業をしていたはずなのだが──
「何やってるんですか、ってかどうして此処に──っわぁ!?」
「ッ……ねーさん、会いたかった」
カンナはジャンプし、姉の胸に飛び込む。
困惑するしかない俺は念のためにルカに問うた。
「な、なあ、この子……」
「彼女はカンナ……抜刀院カンナ!! 私の妹です」
ウソだろ。マジで? そんな事ある?
「マジで妹ちゃんだったのか……」
※※※
──リビングのテーブルに座らせる。
こうしてみると、カンナは明るく快活な印象のルカとは正反対。
常に真顔で少しぼんやりした目。何を考えているのかよく分からない。
取り合えず粗茶を出すが──きょろきょろと辺りを興味深そうに見回している。
「改めて紹介します。妹のカンナです」
「うん。ねーさんが世話になった。ぴーす」
「よろしく……」
「よろしくダゾ!! カンナ!!」
「これが例の獣人? ……分解点検してみたい」
「ッ!?」
意味は理解出来ないものの、恐ろしいものを感じ取ったのか、デルタは俺の影に隠れてしまった。
何で獣人が恐れてんだよ。おかしいだろ。
俺も怖かったけどね!?
「メ、メグル、こいつ目が据わってる……なんか怖いゾ!?」
「俺も今怖かった……」
「だ、大丈夫です! 怖い子じゃないですから! ……多分」
多分!?
今、多分って言ったかこの子!?
「何で妹ちゃんが居るって言わなかったんだよ、今まで」
「いや、わざわざ言う必要もないかなって」
「何で別々に住んでたんダ? 姉妹、なんだロ?」
「この子がいつまで経っても姉離れできないから、です……」
ああ、察した。
今ですらルカにべったりだもんな。
既に椅子から離れて、ルカの腕に抱き着いている。
「ねーさんの意地悪。何で住所教えてくれないの」
「さっき言いましたよね!? 私の配信者デビューを機に、いい加減姉離れしてほしかったんです! カンナの将来を案じて、ですよ!」
「カンナはこんなにねーさんが好きなのに、ねーさんは……知らないうちに知らない男と一緒に住んでる」
じとぉ、とカンナの双眸が俺を睨んだ。
不味い。誤解を解かねば。……一部、大部分バレてはいけない事もあるが。
「違う違う! 俺達配信仲間でシェアハウスに住んでた方が色々便利が良いんだよ!」
「そうです、私達断じてそういう関係では」
「うン? 何言ってんダ、オスとメスが揃ったらヤる事なんて──むごごごご」
「はーいッ!! 揃ったらやる事なんて焼肉に決まってるよなそうだよな、そうだと言ってくれ、ってか言えッ!!」
「むごごごごごごご(テメェ覚えとけヨ、クソボケカス)!!」
危ねェェェーッ!!
セーフ!! 多分ギリギリセーフ!!
聞こえてない。聞こえてないよな、今のは!! 妹ちゃん、ちょっとボーッとしてるし、今のは聞こえなかった事にしてくれないか!?
「……交際関係……いや不純異性交遊……?」
あっ、ダメみたいですねェェェーッ!!
棒ヤスリを無言で俺の方に近付けてきてらぁ!!
「違う違う違う落ち着いて、その棒ヤスリで何を削ぎ落すつもりだ」
「そんなの棒に決まってる」
何処の棒!?
「そもそも論として、私が何処の誰かと付き合っていたとして、カンナには関係ないでしょう? 私もカンナも良い大人なんですから──」
「ッ──!!」
「カンナも私の心配をするより自分の心配をするべきです」
「……うん。確かにその通り。ねーさんの
「そうです! 良い子のカンナなら分かりますね!?」
「……ねーさん、付き合う、結婚」
だばばばばーっ!!
おーっと!?
妹ちゃん、真顔のまま涙が滝のように流れてきたーッ!?
「……の、脳が割れる……」
「大丈夫! 大丈夫です! お姉ちゃん何処にも行きませんから、しっかりして!!」
駄目だこの姉。
こいつも大概妹を甘やかしていると見える。
「こ、この程度は軽傷。ちょっと脳が破壊されただけ。脳は破壊されればされた分だけ再生して強くなる」
「流石うちの妹は天才です、何言ってるのかサッパリ分からないし分かりたくありません」
「一度破壊された脳は元に戻らねエゾ」
おい獣人の方が真っ当な事言ってんぞどうなってんだ。
「なんとか正気を取り戻した……二人は結局……」
「付き合ってねえよ」
「そ、そうです!! 私達……ま、まだ付き合ってません!!」
「まだ──ッ!?」
おい馬鹿テンパってんじゃねえ。
そこで狼狽えたら余計に怪しまれるに決まっている。
そもそも「まだ」ってどういうことだ、滅多な事言うもんじゃねえぞ。
「なら良い……辛うじて致命傷で済んだ」
「ダメじゃねーか」
もう死にかけてるなコイツ。
表情筋は死んでるけど、顔の色が信号機みたいに変わる所為で感情が分かりやすい。
「ねーさんはJURAでうまくやってたはず。なのに何で引退したの? こんな冴えない男と組むなんて」
「オイコラ」
「……色々あったんですよ。今は裏方をやってるんです」
「色々? 何でカンナに言ってくれないの? 姉さんを傷つけるヤツは皆スクラップにするつもりだったのに」
こんなに物騒だから妹ちゃんには言わなかったんだろうな。よく分かったわ。
「でも過ぎた事は良い。ねーさんが此処で仲間と配信するって決めたなら、出来る妹のカンナはそれを尊重する。カンナは出来る妹だから」
「カンナ……ありがとうございます」
「でもそれはそれ、これはこれ。カンナはすっごく姉さんが心配。酒に溺れたり麻雀に溺れたり、前科が沢山」
おーっと、雲行きが怪しくなってきた。妹は出来る妹だが、姉はダメダメな姉だったかもしれねえぞ。
「まさか!! もう私も良い大人です!! 酔っぱらったり、理不尽なツモにいちいちキレたりしません!!」
俺もデルタも凄い目でルカを睨んでいたと思う。
ウソばっかりだ。何一つとして本当の事を言っていない、この酒乱雀カス女。
勿論、妹ちゃんも彼女の発言に信ぴょう性が欠片も無い事は分かっているんだろう。氷のような目で姉を見下ろしていた。
「決めた。しばらくカンナ、此処に住む」
「ウソォ!? い、いや、部屋余ってないですし──」
「余ってるぞ」
「シラベの分を入れても、まだ空きがあったゾ」
「いっ、何で言っちゃうんですか!?」
「決定」
この際だ。
妹の監視下で生活習慣を正してアルコールを抜け、酒乱女。
つーかこいつ、今までそれが嫌で妹を遠ざけてただろ、最悪だな。
※※※
「妹ちゃんは今まで何やってたんだ?」
「カンナはこれでもメカニック。配信用機材から、ダンジョン攻略に役立つメカ、変形機構のあるロマン武器、何でも作れる」
「妹は機械いじり一本で食べていけるくらいの天才です」
「むふー」
鼻を膨らませて、妹ちゃんはドヤ顔。
「でも、お金なんて要らない。カンナはねーさんの力になれればそれで良い」
「んじゃあ俺らの配信の機材の調整とか──」
「カンナの技術は高い」
やっぱりそうなっちまうのか……。そりゃそうだよな、自分の技術をタダで売るなんてしたくねーよな。
「カンナ。私のためにおにーさんの配信の機材の改造とメンテ、頼めますか?」
「合点承知」
「おいちょっと待てや」
あ、心なしが目がキラキラしてる!!
この子、姉の頼みなら何でもやっちゃうタイプか!!
「──折角此処に居候するなら、それくらいさせてほしい」
「え? 良いの? さっきと言ってる事180度逆だけど、技術屋的にはそれで良いの?」
「カンナはねーさんのために力を使えるならそれでいい。でも勘違いしないでほしい。カンナは貴方と仲良くするつもりはない」
「カンナ。私のためにおにーさんと仲良くしてください、良いですね?」
「末永くよろしく」
「いいのか!? 本当に君はそれで良いのか!?」
「こいつ、デルタよりも単純すぎダゾ……」
駄目だこの子。一周回って心配になってきた。
ルカからのお願いで、「ルカのために」って枕詞さえつければ何でも言う事を聞いてしまうんじゃないか。
怖くなってきたぞ。
「……ついでにカンナ。私のためにお酒を飲むのを許していただけませんか?」
「ダメ。アルコールは体に悪い、ねーさんの為にならない」
「何でですか!! 何でそこは許してくれないんですか!!」
「そこはちゃんと弁えてるんだな」
「ふんっ! どーせ、カンナはガキ舌だからお酒の良さが分からないだけですっ!」
「む」
「大人ぶっていても、カンナはいつまで経ってもお子ちゃまですねー」
「……」
あれ。
何か空気が変わったぞ。
「……ねーさん。カンナはもう子供じゃない……!」
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