第17話:ドレッドノータス

「……本気ですか?」

「本気だとも。僕は意欲のある人間を集めているんだ。JURAの抑圧的なやり方に不満を覚えている攻略者や、自分のチャンネルをもっと大きくしたい! と考えている人をね」

「……お生憎様ですが、その話には乗れません」


 どちらにせよ、ルカには関係のない話である。

 ルカにはすでに先約が居る。


「何でだい? 今はフリー、暇なんじゃないのかい」

「……こっちはこっちで忙しいんです」

「忙しい? 最近の君は動画も上げていないし、かと思えば迷宮探索者からの目撃証言も無い。阿形ウミコだっけ? あの無名のライバーを助けに行ったのは知ってるけど」

「たまたま近くを通りがかっただけですよ」

「君ほどの情熱のある人間が、あれしきで燃え尽きてしまうとは僕には思えない。何をしているんだい? 同期の好で教えてくれたまえよ」


 肉料理にナイフを入れながら、イデアは言った。


「……だって勿体ないじゃないか! 君のような人間を使い潰したJURAのやり方、僕は納得いかないね。君のように才能のある人間は、相応に認められなきゃいけないんだ」

「私はもっと自由にやりたいんです。誰かを縛り付ける事なく、誰にも縛られる事なく」

「自分が縛り付けている側にならないって思うのは……傲慢な考えだろ?」

「ッ……何が言いたいんですか」

「人と人の関係は、鎖だ。互いが何かしら鎖で繋ぎ合っている。善し悪しじゃあないよ。友人、仲間、仕事の上下関係──そして恋人にしたって、同じさ。何らかの形で相手を縛る。君、割と人恋しい性格だろう」


 全部見通すようにイデアは言った。


「昔から見てるから分かるよ。そんな君が、誰かと関わり合いになる事なくやっていけるとは思えない。多分、気の合う仲間を見つけて何かやってるんだろうって事は容易に察せるよ」


 図星だ。

 故に、ルカは何も言葉を返せない。


「分かった上で言うよ、僕の所に来な。今度は表舞台に出ずに裏方に回ろうだなんて考えているんだろうけど、まあ勿体ないね。君と言う才能を潰す事になる」

「お断りします」

「何だよ、本当に釣れないな」


 最後の料理も平らげると、ルカは席を立った。


「……後、貴方の言う意欲のある人間って今何人いるんです?」

「声を掛けるだけかけて、今から集まる予定さ」

「居ないんですね? 他に仲間が。声を掛けるだけかけて、未だに誰も応えてくれる人が居ない、違いますか?」


 図星を突かれたからか──イデアはしばらく黙っていた。

 そして──


「……はぁー、分かった! 僕の負けだ。降参だよ」


 イデアは両の手を挙げた。

 そして諦めたように首を横に振る。


「見ての通り、今のところは鳴かず飛ばずなんだよ。見ての通り僕、昔っからやれ胡散臭いだのやれ何か企んでそうだのと言われて、人望が無いんだ」

「……んなこったろうと思いましたよ……」

「一体何がいけないんだろうね?」

「そのニヤケ顔ですよ。後、半端に策を練ろうとするところです」

「困ったな、ニヤケ顔は生まれつきだ。今更直せない。それに策士だなんて酷いなあ。こうでもしなきゃ、君は来ないと思ったのさ」

「実際来なかったでしょうね」


 お手上げだよ、とイデアは言った。


「……全く。君をそこまで惹きつけるのは、一体何処の誰なんだい? 教えてくれないか。一周回って興味深いよ」

「教えませんよ。私はもうしばらく表の活動には出ませんから」

「JURAのブランドを借りてるからチャンネルが伸びてるって言われたの、今でも気にしてるのかい」

「だから証明するんです。JURAの力が無くても、配信活動は出来るって」

「それで裏方か。君も大概意地っ張りだ。僕は元の知名度でも何でも使って自分を売るよ」


 ルカとイデア。

 この二人がJURAを抜けたのは真反対の理由だ。

 JURAのやり方に嫌気が刺したルカ。

 より個人で自由に自分を売っていこうと考えたイデア。

 似ているようで、方向性は違う。


「では──意地っ張りな私が仲間を裏切るような人間に見えますか?」

「……そうだね。君はそういう子だった。付き合わせて悪かったね。今日の食事は僕の奢りだ」

「生憎、そこまで生活は困ってませんよ」


 残念だよ、とイデアは肩をすくめ──自分の分の支払いを済ませ、先に出ていくルカを見送るのだった。

 彼女の足取りは確かだ。全く酔っている様子も見せない。

 食事中も何度かワインを飲んでいたはず。

 にも拘わらず、全く隙というものが見当たらない。

 ──しかし。


(だけど悪いね、ルカ君。僕は別に君を無理して引き入れるつもりはないんだが……がいるのさ)


 さらりさらり。

 イデアは懐から筆を取り出し、領収書にすらすらと何かを書きこむ。

 黒い墨がひとりでに筆から飛び出し、領収書を黒く染める。


(あーやれやれ、頼まれたとは言え、こんな事をしてるからきっと僕は信用されないんだろうな。ま、悪い事には違いないけどこれっきりだよ、これっきり!)


 本物の墨ではない。イデアの持つ力が具現化したものだ。

 誰にも悟られる事無く、黒く染まった領収書は犬の形へと折りたたまれていくのだった。


「最後に目を書き足して、と」

 

 筆先を覆う墨が赤くなる。

 そして、ちょんちょん、とイデアは犬の折り紙に目を書き足すのだった。


「墨神”駒戌”──効果時間は短いが持ってくれよ」


 それはぴょん、とイデアの手を飛び出し──ルカを追うようにして夜の町へと消えていく。




「……さ、”駒戌”。ルカ君を追うんだ」




 イデアの眼が赤く光る。

 そして同時に──犬の形に折りたたまれた領収書も不気味に赤く光るのだった。




 ※※※




「複数人の会席のはずが二人っきりだったぁ!?」

「──全く、とんでもない人です……ッ!! あっ!! ロン!? 跳満って──ウソでしょ!?」




 帰ってくるなり部屋着に着替え、ノートPCの前でネット麻雀に興じるルカは酷く不機嫌そうだ。

 決して麻雀で負けたからではない……とは思う。


「私を引き抜きたかったみたいですけど、断りましたよ! 安心してくださいね! 変な事もされてないんで!」

「……良かったぜ」


 ……”魔筆のイデア”──陸奥出光だったか。

 油断ならねえ上に、とんだ食わせ物だったな……。 

 なんかすっごいニヤケ顔だし。 

 絶対怪しいし悪い奴だろコイツ。


「……下心があったとしか思えねーなソレ」

「余程私が欲しかったと見えますね」

「気を付けろよ。酒に酔わせて女の子をお持ち帰りする奴にロクな奴は居ね──ゴフッ」


 うおおお、何でか知らねえが俺にまでダメージが返って来たぞ。

 そうだな! 酒に酔った女の子をホテルにお持ち帰りするヤツなんてロクな奴じゃないもんな! 

 

「だ、大丈夫ですよ、あ、あの時のは私も悪いですもん……」

「ああ……」

「私──深酒する相手は選んでるつもりなので」


 ……いやいやいや。

 何だそりゃ。結局その結果がアレだったんじゃねえか。


「俺相手なら良かったって問題でもねーだろ……」

「……」

「何だよ。何で黙ってんだ」

「別に! なんでもありませんよー、だ」


 ……わっかんねー、何で今ので怒るんだ。

 何回も酒で痛い目見てるのに。


「それより、ルカ。次に行くダンジョン、これにしたいんだけど」

「何です? それって麻雀より面白い事なんですか?」

「何で最近麻雀ばっかやってんだよ」

「どっかの誰かに禁酒されてるから、これしか楽しみが無いんですよ!!」

「今日も飲んできてんだろが!!」


 取り合えず俺は動画サイトのサムネイルをルカに見せた。

 ぐらぐらと煮立つ溶岩が流れる洞窟。

 既に何人もの攻略者が挑み、ギブアップしている難関である。


「……八丈島の深層ダンジョンだ」

「八丈島!? また随分と難しい所を……」


 入口もかなりデカく、内部もかなり広くなっているダンジョンだ。

 溶岩も流れており、危険なエリアである。


「だけど難易度が高いダンジョン程、見返りも大きい、だろ?」


 危険なダンジョンであればあるほど、中には強力な武器だったり、換金性の高い道具だったりが置いてあったりするのだ。

 何でダンジョンに武器があるのかは皆疑問に思いつつも「そういうもの」とスルーしていた点なのだが、今なら分かる。

 この世界にダンジョンを下ろした「王」達。彼らが元居た世界の武器なのだろう、と俺は考えている。

 だが、えてしてその武器というのは常識はずれな物が多い。


「蛇腹剣に、変形機構付きの斧、ロマン溢れる武器ばっかりだ!」

「……でも、此処最近八丈島のダンジョンに行ってる配信者は皆攻略を失敗してます」

「ああ。動画を見ても命からがら逃げだしてる」


 その理由は唯一つ。

 この火山内ダンジョンをうろつくボス級生物の存在だ。


「──”砲竜・ドレッドノータス”……こいつは強敵ですよ。私もまだ戦った事が無いです」


 見た目は6メートルほどの巨大な竜脚類、四足歩行で首が長い草食恐竜の仲間だ。

 しかし、全身は固まった溶岩の鎧に覆われており、堅牢そのもの。そして最大の特徴は──背中の巨大な砲塔である。

 その威容はまさに溶岩の海を進む戦艦の如し。


「八丈島の地下世界は恐らく、全域がドレッドノータスの縄張り……一筋縄ではいかないでしょうね」

「調さんの力は必要になってくるな、絶対に。動き止めねえと話にならねえだろ」

「ゴメン……多分それ無理かも」


 声を震わせながら──調さんが言った。


「……実は、おばあちゃんが倒れちゃって、実家に帰らないといけなくなっちゃって……」

「ウソォ!?」

「明日にでも、出ないといけなくってぇ……」

「初めて聞いたぞ!?」

「なに!? シラベ、居なくなっちまうノカ!?」

「ごめんなさい……」


 ……マズいな。

 これからって時に、調さんが居なくなっちまうのか。

 これは、俺とデルタの二人っきりで攻略しないといけないかもしれない。


「何ダ!? デルタじゃあ不満だってノカ!?」

「いや、不満はねーよ? ……でもよ、後衛はやっぱ欲しいからな……」

「見送りますか?」

「撮れ高だぜ、撮れ高!! 先送りにしてたら、他の奴に狩られちまう!!」


 ……腕試しにはピッタリの相手だ。

 この際だ。デルタと二人だけでも攻略に行くべきだろう。

 じゃなきゃ、撮れ高を他の攻略者に奪われてしまう。

 つまり──視聴者へのアピールのチャンスが失われてしまう……!!




 ※※※




「──ははん、成程ね?」




 ”駒戌”は、イデアが”魔筆”のスキルで作り出す使い魔──あるいは式神の1つ。

 戦闘力は無く、長い間顕現することもできないが、イデアの思うがままに動き、そしてイデアと視覚を共有する優秀な諜報要員である。

 だが、イデアがルカの事情を把握するにはあまりにも十分な時間だった。

 ”駒戌”が時間制限を満たして崩壊し、黒い塵になって消えたのを確認し、イデアは自宅のゲーミングチェアにどっかりと座り込む。

 さっきのフォーマルな服装はどこへやら。今の彼はアロハシャツ1枚。もうすぐ冬なのに。


「……理解した。理解したよ、ルカ君。裏方に回ってるのは予想してたが、まさか……日比野 巡だったとはね」


 日比野 巡。

 最近颯爽と現れ、阿形ウミコの配信で巨大アースロを撃破して話題になり、自分のチャンネルを開設した後は獣人を発見して話題になった新顔。 

 しかし、イデアは巡の事を、新参者にしてはやけに手慣れていたり成長が速いと思っていた。

 その理由は──裏でルカがサポートをしていたから、と考えればすべて辻褄が合う。


「……ふぅん、やはり面白い女だよルカ君。良いね、俄然興味が出てきた。君が見込んだという男は、それなりに見所があると思って良いんだね?」


 だが、それはそれ。これはこれ。

 仕事はきっちり終わらせるのがイデアと言う男だ。


「あ、もしもし? あーうん、僕。今、ルカ君の居場所送ったから。オーケー? じゃあ約束通り、うちのグループに入ってくれるんだよね?」

『──……』


 このイデアという男。

 とある人物からの依頼で、ルカの居場所を探していたのだ。

 その見返りに自らの配信グループに加入してもらう事になっていたのだが──


「は? ルカ君の勧誘に失敗した? いや、でも、それは仕方ないじゃん……人の心って変えられないし、後はそっちでどうにか説得してくれよ」

『──……』

「ファーッッッ!? グループ加入の話はナシ!? えっ、ちょっ、待ってよ。僕このためにわざわざ大して好きでもないフレンチの店を予約してさ」

『──……』


 ブチッ


「き、切られた……!! ゲッ、着拒になってやがる!! ち、畜生!! やられた!! これじゃあ僕は只々元・同期の個人情報を売り渡したクズ野郎じゃあないか!!」


 残念ながら元・同期の個人情報を売り渡したクズ野郎という点については、全て事実なので仕方がない。

 ともあれ、二兎を追う者、一兎も得ず。

 イデアは何も得る事が出来ずに、終わったのだった。


「ト、トホホ──悪い事なんてするもんじゃないなあ……」


 この男が配信グループを結成するのはまだまだ先の話になりそうである。

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