第二章:鳥王の落とし物
第16話:足りないもの
──むかーし、むかし、ある所に。
竜の王様と鳥の王様がいました。
ふたりは互いに恋人同士、とても仲良く──
「ケダモノ!! ケダモノ!! ケダモノ!! サンはケダモノです!! この──ケダモノ!! 何回シたら気が済むんですか!? 貴女って人は!!」
「まあまあまあ、落ち着いてよ。その──ミューが魅力的過ぎるのが悪い!」
「誰にでも同じ事言ってるくせに!! サンの絶倫女!! 浮気者!! 不埒者!!」
──とても仲良く暮らしていました……多分。
「赤い羽根、そして赤い髪に──赤い眼。とても綺麗で愛しい。食べてしまいたいな」
「もう散々食べ尽くされた後ですが!? 貴女の所為で私は傷だらけですッ!! 腰が……痛くて飛べませんッ!! こんな姿、仲間に見せられません……!!」
「そりゃ大変! そこに横になってもらって」
「人の話聞いてましたか!? ちょっとやめてください、押し倒さないで!!」
「ボクの事キライ?」
「ッ……キライです!! サンの所為で、私は……見られたくないもの、全部暴かれて……」
「だいじょーぶだってぇ、ボクしか知らないんだから。ワガママで素直じゃないミューの事」
「ッ……サン。生まれ変わりって貴女は信じますか?」
「またその話?」
「生まれ変わったら絶対貴女じゃない別の人を好きになってやりますから」
「でもさ、その言い方だと……やっぱりボクの事好きってことだよね」
「キライですッ!!」
──鳥の王様は──そっぽを向いてしまいます。鳥の王様は──素直ではありませんでした。
誰よりも自由を愛した彼女は、竜の王様を愛してしまったことで、誰よりも不自由になってしまったからなのでした。
ですが、鳥の王様は幸せでした。
決して竜の王様に直接言いはしませんが──とてもとても幸せでした。
ですが──その幸せが終わるのは、あまりにも突然でした。
※※※
「ごめんなさい、サン……不覚を取りました……」
「ッ……ミュー? どうして……?」
美しさを嫉んだ蟲の王。
その刺客が放った毒に、鳥の王様は斃れてしまいました。
「スティグマだ……ッ!! あいつ、ボクじゃなくてミューを……ッ!!」
「サン……」
「ッ……ごめん、怖かったよね、ミュー……!!」
「ねえサン。私ね、本当はね──貴女が……」
「うん。知ってるよ。じゃなきゃ、ワガママな君がボクの傍に居るわけない」
「……そう、伝わってたのですね。でもね今、すごく後悔しているんです」
消えゆく鳥の王様の身体を──竜の王様は──ずっと、抱き締めていました。
「ミュー……ごめん。守れなくて……」
「サン。もっと……素直になれば、良かった……貴女にずっと甘えてて」
「ッ……ねえ。ミュー、君がもし生まれ変わったら絶対に探しに行く。絶対に、絶対に──だ」
「……サン、私は……こんなに愛されて──とても──」
黒い靄が、竜の王様から漏れて消えていきました。
最後の言葉を、竜の王様が聞くことはあまりませんでした。
「……立て、誇り高き恐竜の軍勢。竜王の至宝に傷をつけた者を──絶対に許すな」
※※※
「──夢……?」
──抜刀院ルカは、妙に鮮明な夢で目を醒ました。
鮮明な夢。
上手く思い出せはしないが、竜王、だとか鳥王だとかの言葉が出てきた気がした。
1週間ほど前、自分達の手で討伐した蟲王。
あれから、ルカは度々奇妙な夢を見るようになっていた。
頭が痛い。これもきっと、夢の所為だろうか──と辺りを見回す。
「……よう起きたか酒乱女……お前も片付け手伝え」
「あッ……」
恨めしそうな顔で部屋を片付ける相方・日比野 巡。
辺りには、脱ぎ捨てられた服、下着、そして酒の瓶に缶。
昨日の晩何があったのかルカは思い出し、そして激しく死にたくなった。
チャンネル登録者数100万人突破記念のお祝いパーティ。
すっかりシェアハウスと化した巡の家での酒を用いた大宴会。
だが、徐々に酒はエスカレートしていき、巡の口に無理矢理酒瓶を突っ込んだ辺りからルカの記憶はあやふやだった。
「こ、殺してください……」
辺りに裸で寝転ぶ友人・調。そして大の字でばんざいして大いびきをかいている獣人少女・デルタ。
……酒に飲まれ、乱痴気騒ぎを起こした事。そして、その殆どを覚えていない事。
酒絡みならば2度目。回避不能の媚薬香水も含めれば3度目。
人は過ちは何度でも繰り返す生き物なのである。
結局、起きた後の調は死にそうな顔になっていたし、巡も「やらかした……やらかした……」とずっと口ずさんでいた。
唯一ケロッとしていたのは、デルタだけ。
「え? オスとメスが揃ったらヤることなんて一つだロ? 何でそんな深刻な顔してんダ?」
……とのことである。秩序もへったくれもない獣人ならそれで良いのだろう。
即ち自分達の貞操観念だとか倫理観が獣人レベルにまで落ちぶれていた事を、残る3人は激しく反省するのだった。
こうして、チャンネル登録者数100万人は、アンタッチャブルなタブーとして硬く封印されることになる。
ついでにルカには引き続き禁酒令が発令されるのだった。
「何で!! 何で私だけなんですか!!」
「お前覚えてねーとは言わせねえぞ! 無理矢理ビール瓶俺の口に突っ込んだだろ!!」
※※※
──あれから更に数日経った。
チャンネル登録者数100万人など、只の通過点でしかないと俺は嫌でも思い知らされることになった。
こうも大きくなってくると、配信機材だの何だのが嵩んでくるし、より難易度の高いダンジョンに潜るための装備で必要な費用も増えていく。
「デルタちゃんとの一件で、配信用ドローンの強度に問題があると判明しましたから。こっちもより強化改修しないと」
「幾らくらいかかる?」
「マイクも込みでざっと数10万円」
「うわぁ……」
「にゃははは! 大変そうだナ!」
「オメーが壊した所為だよ!」
入ってくる金も多いが、出ていく金も本当に大きい。
プラマイゼロ、トントンと言ったところだ。
しかし、これからのチャンネルの未来を考えるなら、
だが、それよりも大きな問題は──ネットでの俺の評判だ。
「──俺さ……他の二人に比べて影薄くねーか……?」
これだ。これに尽きる。
「同接が増えるのは決まってデルタが画面に出てる時、あるいは調が出てる時だぜ……こうも視覚化されると、ちょっとな……」
「気にしてたんですか?」
「気にするわ!!」
デルタの人気が高いのは仕方ない。
見てくれは可愛いし、貴重な獣人ということもあって彼女を見に来る人は多い。
この間の攻略配信でもデルタの活躍シーンはネット上で切り抜かれ、そっちも再生数が多い。
だが、それに加えて顔出ししていない調さん……もといシラベさんの人気も多いのだ。
無骨な甲冑姿に反し、ドジな素がちょいちょい出ている所、そして戦闘シーンでの格好良さ、演奏する時のデスボ、ギャップにやられる人は多い。
一方の俺は何だ?
何も無くね?
「──結局このチャンネル、世界初の獣人型危険生物であるデルタさんの注目度で一気に100万人までいったところがありますからね……」
「デルタちゃんの出てる雑談配信と攻略配信、異様に同接数も再生数も高いもの」
つまり、俺が面白くてチャンネル登録者数が増えたわけではないのだ。
うるせぇ!! 分かってんだよ、俺だって他人の褌で相撲を取ってるスキルでやってるってのは!! 他人の褌振り回してチャンネル登録者数増やしてるってのは!!
「うーん、デルタさんを発見したという功績だけで、ネットでは時の人にはなってるんですがね……視聴者のコメントはやはり手厳しいものです」
「デルタはメグルの事好きだゾ!!」
「デルタ……」
「メグルはデルタに旨い肉くれるかラナ!!」
「オメーはエサくれる人間なら皆好きだろがッ!!」
……ネット上でも”巡って要る?”、”要らなくね?”、”シラベさんとデルタちゃんのオマケ”って書かれてる始末!!
結局地味なんだ、俺……。こないだのデルタと戦った回でも、戦いっぷりはドローンがブッ壊れてた所為でネットに公開されてないし。
いやさ、ちやほやされるために攻略者やってるわけじゃないんだよ。それは本当。
だけど、ネットのあまりにも率直な意見を聞いたら、やっぱり心に来るものがあるじゃねえか。
「やはりスキルの事を大っぴらに出来ない所為で聊かインパクトが無いのよね……いっそのこと炎上覚悟でスキルの詳細を公表するのはどうかしら?」
「やめてくださいッ!! 顔出ししてない調はともかく、私の攻略者人生も詰みます!!」
「俺に至っては少なくとも3人に手ェ出したクズ野郎のレッテルが貼られるだけだ!!」
「スキルの為にウミコさんの唇を奪った件も入れれば4人」
「あああああ……ッ!! 恥の多い人生を送ってきたーっ!! どーせ俺は要らない子だよ!!」
「そんな事はありませんッ!!」
ドンッ!!
ルカが──机を思いっきり叩いた。
「このチャンネルを此処まで引っ張ってきてくれたのはおにーさんなんです! 私は悔しい! おにーさんの魅力がネットに広がってないのは!! どいつもこいつもケモ少女にしか目が無いドスケベばっかりです!!」
「若干私怨が入ってないカ……?」
「大体、何を食べたらこんなにおっぱいが大きくなるんですか!? 調はともかく、デルタさんまで!!」
「やっぱ私怨が入ってんじゃねーか!!」
もにゅもにゅ、とルカがデルタのモフモフと毛皮に包まれた胸を揉んでいる。おい目の前でセクハラかますんじゃねえ。
「──こんなの邪魔なだけダゾ。なんでこんなもんが欲しいんダ?」
「ッ……!?」
撃沈するルカ。
これが強者の余裕か。
性能の差……努力では覆しようがないってヤツを突きつけられている。
さて、ルカが沈んだ所で議題に戻るとしよう。
「……だけどあまりにも公表しちゃいけない部分が多すぎるだろ俺は」
「私は……どうせ、ド貧乳ですよーだ……」
「コイツは放っておこう」
「例えば新しい生き物をテイムしようにも、本来”契約”スキルを持っていないはずの巡さんが新しい生き物をテイムしたら違和感しかないわ。次は誤魔化せないわよ」
「今の所、デルタさんのケースは”肉で釣った”ということになっていますからね……しかし他の危険生物はそうはいきません」
「八方ふさがりじゃねーか、どうすりゃいいと思う?」
「実績ですよ、実績!! 私は配信で人気を取る為に、配信者にキャラ付けを強要するのは良くないと思ってます!! だから、おにーさんはおにーさんの路線を突き進むべきなんです!!」
「俺の路線──」
……竜王に出会った今、俺がやりたいのは──ただ一つ。
今までに潜った事のないダンジョンを探索していく事。
そして──
「──このダンジョン蔓延る世界の謎を解き明かす!!」
「よっ、その意気です!! そんなわけで、これからもガンガン高難易度ダンジョンに潜っていきましょう!!」
「でもそれじゃあ今までと変わらないんじゃない……? 巡さんは配信でのキャラを更に濃くしたいのでしょう? 今までと変わらないなら結局デルタちゃんが目立つだけじゃない?」
「かと言って巡さんばっかり映すと、”デルタちゃんを映せ”ってクレームが凄くてですね」
「いっそのこと、デルタちゃんの専用サブチャンネル作る?」
「いや、流石にリスキーが過ぎます……この子、こっちの常識もまだまだ覚えたてなんですから」
「箸と橋って何が違うんダ?」
「ほら、分かるでしょう?」
……決してバカじゃないんだよ、デルタは。食い物に釣られやすいだけで、バトルIQはかなり高いし。
だが、単独で配信に出すのはルカが言う通り危ういものがある。
デルタもまた、情報面での爆弾を抱えている。それが──獣人たちを取りまとめる「王」の情報を彼女が握っている事だ。
獣人たちの王は、ダンジョンをこの世界に発生させた元凶。そして、政府にもその存在は感知されており、トップシークレットならぬ”トップタブー”とされている。
うちの配信は政府の特務機関にわざわざ監視されており、俺達がトップタブーに触れようものならすぐにでも停止できる状態にあるのだ。
──というわけでデルタ、”王”の事は喋っちゃダメだぞ。
──何でダ? 納得できないゾ!!
──高級焼肉でどうだ
──納得したゾ!!
……俺もだんだんデルタとの付き合い方が理解出来てきた。
デルタに”頼み事”をするなら”対価”が必要だ。それが彼女にとって見合っているものなら、デルタは快く聞いてくれる。
だが、それでも人間社会の事を理解したわけじゃないし、彼女も簡単に迎合してやるつもりはないだろう。
(獣人と俺達では価値観も社会観も違う……)
さっきも言った通り、デルタはバカじゃないし記憶力も悪くない。むしろ良い部類だ。
今のところはこの約束を守ってくれている。
だが、かと言って何かの拍子に危ない事を話してしまいかねない。
単独で配信に出すのはまだまだ早い。
「とにかく、おにーさんが配信でのキャラの薄さに悩んでいるのは分かりました。でも、このチャンネルは聊か短期間で大きくなり過ぎたんです」
「そうかぁ?」
「本来、配信者のキャラなんて長い事配信しているうちに付いてくるものです。おにーさんは攻略者としても配信者としても駆け出し。私はそこまで問題視してないとだけ伝えておきます」
「うーん、ルカちゃんに同意かな。無理しても良い事何もないし」
「デルタは肉くれれば何でも良いゾ!! 後、強いヤツと戦えればオーケーダ!!」
「……というわけです! 多くの人が見ている中プレッシャーが大きいのは分かりますが、焦りは禁物。炎上の元、ですよ!」
違うんだよ、ルカ。
それじゃあダメなんだ。
お前にも分かるだろ? ずっと、おんぶにだっこのままじゃいられないんだ。
「……そうだな。悪い。次の議題に行くか」
「はいっ」
※※※
夜、外で一人ウォーハンマーの素振りをすると時間はあっという間に経っていく。
竜王に出会う、という一つの目標を達成した俺は──次の目標に直面している。
それが、チャンネルに相応しい攻略者になる事だ。
多分俺はルカに負い目があったんだと思う。
あいつは凄く努力家で、スキルも自分の体一つで鍛え上げた。
人のスキルを借りて強くなった俺とは違うんだ。
「はぁー……」
得物を下ろし、溜息を吐いた。
蟲王を倒せたのは俺の力だけじゃない。チャンネル登録者数が増えたのも俺の力だけじゃない。
……今の俺は、100万人という登録者に相応しい配信者なのか? と言われると違う。
スキルも借り物。家も借り物。配信だって機材だって用意されたものを使ってる。
何か少しでも……俺の力で出来る事があるならやりたい。
「かと言って、すぐに思いつくモンじゃねーよな……制約があまりにも多すぎるし」
素振りが終わったら、今度はトークや話し方の本を読んでいく。
大事な事だ。配信業は人間相手に話す仕事なのだから。ルカだって努力したに違いない。
自分で探して買い漁ったのだ。
本を読みながら発声練習まで最近はしている。
(ま、一朝一夕で身に着いたら世話ねーけど……)
……喉が渇いた。空気が乾燥している。最近──冷えてきた所為かもしれない。
水を飲みに1階のリビングに降りる。
すると──何か話す声が聞こえてきた。
ノートパソコンの前で、ルカがスマホを手に取っていた。誰かと電話してるのか?
「……ひ、久しぶりですね……」
誰だろう。
息をひそめて、つい通話を立ち聞きしてしまっていた。
「食事ですか? 構いませんが……分かりました。リスケしておきます」
食事? 友達だろうか。
でも調さん以外でルカの友達ってあんまり話に聞かないな。
あいつも自分で「友達があまりいない」って嘆いていたし。
「……あ」
「あ、悪い。喉乾いて……ってかオマエ、こんな所で作業してたのかよ」
「冷蔵庫がリビングにありますから。すぐ飲み物が取れるでしょう?」
「酒じゃねーだろな」
「まさか!」
……少し、気まずい。
盗み聞きしてたのがバレてしまっただろうか。
「……誰との電話だったんだ?」
俺も聞くなよバカ。プライベートだろが。
でも、気になってしまった。
「JURAの頃の配信仲間です。久々に数人で集まって食事しないか? って」
「そ、そうか。悪い……」
「心配しなくてもJURAには戻りませんよ。今は、こっちが私の居場所ですから」
……こう言ってくれるのは、辛うじての救いかもしれない。
「だからおにーさんも心配しないで下さい」
「……するよ。俺達は対等だ。いつまでもおんぶにだっこじゃいけねーだろ。攻略者としても、配信者としても──お前には届かない。もっと頑張らねえと」
「ッ……そう、ですか。無理はしないでくださいね」
俺はきっと──ルカに離れてほしくないと思っている。
だけど、俺と組んでいるのが本当にこの子の為になるのか?
もっと相応しい場所があるんじゃないか?
……そう考えてしまった。
「食事楽しんで来いよ。昔の仲間なんだろ」
「ええ、分かってます。折角ですから」
※※※
──それから数日後。
とあるホテルのレストランに、ルカは招待されていた。
話は、JURA時代の予定が合うメンバー数人ということだったが──
「──複数人での食事って話だったと思いますけど」
「いやぁーゴメンゴメン、皆忙しかったみたいでね。来れたのは僕だけだ」
「……」
聞いていたメンバーはそこには居なかった。
確認を取れば良かった、とルカは失念する。
髪を金に染めた背の高い男が軽薄そうな笑みを浮かべて、レストランの入り口に立っていた。
「どうして貴方が……」
「僕もJURAから独立する事にしたんだよねぇ。魔筆使いと刀使い。相性はバツグンだと思うけどね?」
「何が言いたいんですか」
「ルカ君──組まないか、僕達」
──男の名は”魔筆のイデア”。本名、陸奥 出光。
JURAでも屈指のトリッキーな戦い方を得意とし、ルカに並ぶA級攻略者として名を馳せていた。
何度かルカとコラボ配信をしたこともある相手だ。
今更帰るわけにもいかないので、ルカは渋々テーブルに着く。
食前酒が置かれる中、イデアは単刀直入に切り出した。
「──僕とルカ君で、新しい配信グループを作るのさ。既に色んな面々に声をかけてる。共にJURAを超えないかい?」
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