ある日自分の村と両親を殺された男、固有スキル【幻想】で復讐しにいきます。

香湯

第1話 始まり

『助けてくれー!』

『痛い…痛いよぉ…』

『グルルルル…』

『来るな…こっちに来るなぁ!ぎゃあぁぁぁ!』

『ママー!どこー……うわぁぁぁ!』


 全てを焼き尽くさんと燃え盛る炎、絶え間なく聞こえてくる村人たちの悲鳴、謎の黒い獣の唸り声や咆哮。

 地獄と呼ぶに相応しくなった村の中心に泣き続ける一人の少年の俺を抱え、炎の中を駆け抜ける母さんの姿があった。


『うぅぅ…お母さん…怖いよぉ…』

『大丈夫!大丈夫だよ!後…もう少しだからね…!』


 母さんは燃え盛る建物も地面でうごめく人たちすらも気にするようすもなくただひたすらにとある場所に向かって走り続けていた。

 母さんが走るその先、そこにはこの村の横を流れるそこそこ大きめな川があり、母さんは更にその先にある別の村を目指そうとしていたのだ。

 川は少し荒れ、水位も上がり、人が入って対岸まで渡ろうとするのはとても困難だろう、だがこのままこの場所に居続けていてもそのうち必ず殺されてしまう。

 それならまだ生きられる希望のあるこの選択をとった、それが母さんがこの状況下で出した答えなのだろう。


『頑張れ…後少し…あの川に入りさえすれば…』


 お母さんは自分にそして俺にも向かって励ましの言葉をかけながら徐々に目標の川に近づいていた。


『よし!後!ちょっと!!』


 息を切らしながらも川はもう目の前、お母さんは心の底から『いける』と確信していた。

 それを阻む者がすぐそこにいたことに気づきもせずに。


『どこに行く?』

『え?』


 突然母さんの右側からとても低い男性の声がした。

 母さんは声のした方向を向くとそこには全身を黒いローブで包む男が立っていた。

 背丈は190ほどでまぁまぁの高身長、ローブから出る手はとても青白く、折れてしまうのではないかと心配になるほど細い、さらにはその右の手に真っ赤に染まった不気味な剣を持っている、それ以外の情報は何も得られないそんな男だった。


『だ、きゃ!』


 誰、そう問いかけようとしたが言い終わる前にその男のか弱そうな左手が母さんの首元を掴み、その体は地面から1mほどの高さまで上げられた。

 そして母さんに抱き抱えていた俺は掴み上げられたのと同時に母さんの体から突き離された。


『誰一人として生かすようなことはせん』

『う、あ、ぁぁあ……!』

『お母さん!』


 その男はその手からは感じられないほどの力でギシギシと音を立てながら母さんの首を締め始める。

 それに対して母さんはなす術もなく残った力を持ってその手を解こうとするがぴくりとも動かず、ただ呻き声を上げることしかできない。

 

『そして、それはお前も同じ』

『え』


 次に俺を標的とした男はフードの中から見えた黄色く、冷たい目で俺の姿を捉えていた。

 そして右手に持っていた真っ赤な剣を地面に突き刺し、空いた手を俺の顔に徐々に近づけてくる。


『やだ…』


 俺は必死に逃げようとする。

 しかし、うまく体が動いてくれない。


『来ないで…』


 そして、無慈悲にもその手が止まることはなく、俺の視界が徐々に真っ暗になっていく。


『いやぁー!!』


「はっ!…はぁ…はぁ…」


 しかし、視界が完全に閉ざされた瞬間、再び視界が明るく開き、なぜかアルスの息がとても荒くなっていた。

 しかも視界が開けた先にはさっきいた場所とは全く異なり炎も悲鳴もあの男すらいない普通の家の中であった。

 アルスは少しして状況を理解して、ため息をついて一言独り言を呟いた。


「またか…」


*****


「ガランじいおはよ」

「おぉ、起きたのかアルス。朝飯用意しといたぞ」

「ありがと」


 アルスは服を着替え、顔を水で洗ってから先ほどいた部屋とは別の部屋の中に入る。

 扉を開けた先には椅子に座り本を眺めている顎に白い髭を蓄えたじいさん、ガランじいがいた。

 アルスはガランじいに言われ、テーブルの上に置かれてあるパンを確認してからパンのあるその席に座り、パンに齧り付く。


「その感じ……またあの夢を見たのか?」

「…うん…見た」

「ここのところ多いんじゃないのか?前回は2日前ぐらいだったろ」

「そうだね」


 するとガランじいは見透かしたようにアルスにそう聞いてきた。

 そうさっきアルスが体験した夢は以前にも体験したものであり、そしてただ創造で作られた夢なのではなくアルスが実際に体験した出来事でもある。


 あの日、俺の村は襲われた。

 外が真っ暗な夜になった時、何の予兆もなく突然としてあの黒い獣たちが現れたのだ。

 男たちはそいつらを倒すために武装をして立ち向かい、女子供は安全のために避難した。

 しかし、その獣たちには全く歯が立たず、ただただ無惨にも一人、また一人と殺されていった。

 そして獣たちはまるで知っていたかのように避難していた家を壊し、隠れていた村人たちも殺していった。

 もちろん俺と母さんも家の中に隠れており、やがて獣たちに見つかってしまった。

 獣が前足を振り上げた時、死んだと思ったよ。

 しかし、横から飛び出て現れた武装状態の父さんが俺と母さんを庇うため前に立ちはだかりその攻撃を自ら喰らったのだ。

 俺と母さんはおかげで助かったが父さんからはとてつもない量の血が流れ即死であった、声かける時にはもう死んでいた。

 そこからはあの夢の通りだ。

 母さんは俺を抱きかかえ隣の村を目指して走っていったのだ。

 そこにあの謎の男が現れたのだ。

 しかし、あの夢の男が俺に向かって声をかけたところからは少し内容が違っている。

 俺は掴み上げられた母さんを助けるためその男に掴みかかった。

 だがそんな非力な子供の力が通じるわけもなく俺はその男に思いっきり蹴りを入れられた。

 その勢いで俺の体は後ろに流れていた川の中に飛び込んでしまった。

 必死に流れに抗ってみたが荒れ狂う川になす術もなく体力を消耗し、やがて川の中に沈んだ。

 そこからは記憶がない、気がついたらこのガランじいの家のベットの上に横たわっていた。

 話によれば鍛治職人であったガランじいは一休みに外に休憩に出たところ岸で倒れている俺を発見したらしい。

 

「…今でもガランじいには感謝してるよ…あの日助けてくれたこと」

「あぁあぁ、もういいんだよ。その夢見るたびに言うな」

「ごめんって」


 ガランじいはこう言って怒っているがアルスからしたらガランじいは命の恩人、ガランじいがいなければ川から拾われずそのまま流されて結局命を落とすとこだったろう。


「たく……それよりも…アルス、お前の気持ちは変わらないのか?」

「…うん」


 ガランじいは呆れながらも話を変え、さっきとは変わり真剣な眼差しでアルスのことを見つめそう問いかけてきた。

 アルスも話の内容はなんとなく分かりなんの迷いもなく答えを出す。


「本当に良いのか?せっかく助かった命、失うことになるかもしれないんだぞ」

「それでも…俺はやらなくちゃいけない。生き残った俺が…」


 それでもガランじいはアルスを心配しているのか問いかけ続ける。

 しかし、何度ガランじいがアルスの考えを変えようとしても変わることは決してないと思う。

 俺は…あの時、母さんを殺したあの男を…必ず…。


「あいつを…殺す…!」


 俺はそのために今日まで生きてきたのだから。

 俺はあの時何も出来なかった。

 村の人たちを、父さんを、母さんを目の前で無惨に殺されていくのを見ることしかできなかった。

 唯一立ち向かおうとしたが力がなくあっけなくやられてしまった。

 あの日の俺を今でも許せず後悔している。

 だから俺があいつをやる、みんなの仇を取るために。


「………はぁ。そうか…分かった。…ただこれだけ約束してくれないか?俺はこう見えて寂しがり屋なんだ、だから月1でもいい、俺に手紙をくれ。そして何かあったらここに来い、待ってる」

「分かった…ありがとう、ガランじい」

「…頑張れよ」


 それを聞いたガランじいはとうとう折れ、アルスと約束をしてそれ以上関わろうとはしなかった。

 アルスはそれを快く承諾し、ガランじいがアルスに向かって手を伸ばして頭を撫でようとするのでアルスはなんの抵抗もせず、ガランじいが済むまで自分の頭を撫でさせた。


「…よし!そうと決まればとっとと天恵を済ませるか」

「うん!」


 そして、もう気が済んだのかガランじいはアルスの頭から手を離し、出発する準備をしながらそう聞いてきた。

 アルスはそれに対して元気よく返事をしたのだった。

 

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ある日自分の村と両親を殺された男、固有スキル【幻想】で復讐しにいきます。 香湯 @kayu-208

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