第2話 カフェ・ボタニカル

 鎌倉から金沢八景に行くには、幾つか方法がある。一つは鎌倉駅から京急バスを利用し、鎌24系統で金沢八景駅に向かう方法、もう一つは横須賀線で鎌倉駅から逗子まで行き、少し離れた京浜急行の逗子・葉山駅で京急逗子線を利用する方法。そして、自家用車で向かう方法だ。


「人数も多いし、商用バンを出そうかなぁ」


 クロジさんの提案に、クロイさんが反対した。


「帰りの時間がわからねえからなぁ。時間によっては朝比奈からの道は混むぜ」

「では、行きはバスで行って、帰りは状況に応じて考えるのでいかがですかねぇ?」


 鎌24系統のうち、金沢八景まで向かうバスは一時間に2本だから、準備をして時間を合わせて出かける。考えてみると鎌倉駅に行くよりは、八幡宮バス停で乗った方が近いのでそちらに向かう。


 小町通りの奥から鶴岡八幡宮の正面を横切ってバス停に向かう。律儀なクロイさんは八幡宮の正面を横切る際、本殿に一礼してから通過していた。ボクたちはバスに乗り込むと、鎌倉に住んでいてもあまり利用することが無い金沢街道の風景を楽しんだ。この方面には杉本寺や竹寺として有名な報国寺など、名所も多いのだが、鎌倉に住んでいるとついつい足が遠のいてしまう。やはりどこに出かけるにも鎌倉駅から横須賀線に乗るのが一般的で、なかなか金沢街道から東京湾側に出ることは少ないのだ。


 太刀洗から朝比奈のあたりはすっかり竹やぶに囲まれていて道も狭い峠になっている。ずっと昔、まだ暴走族が元気だった時代にはこの峠を攻める若者たちも多かったと聞くが、令和の今ではそういう光景はすっかり見られなくなった。


 朝比奈の急カーブを越えてしばらくすると視界が開け、緑と紅葉のマダラ模様になった山々が見えてくる。なかなか美しくていいなとボクは思った。


「竹藪が多いね、春はたけのこが沢山とれそうだよ!」


 食材には目が無いクロジさんが竹藪に目を輝かせている。


「春はたけのこ、やうやう頭だしたる山ぎは、すこし掘りて。茶色になりたる竹の、細く伸びたる……」

「クマーリャ、わざと言ってない?」

「あ、わかりますか……」

「でも、上手だから座布団あげてもいいと思いますよ!」


 クマーリャは日本の古典文学を学んでいるが、なぜか唐突に古典でボケてくるので対応が難しい。でも突っ込んでもらえると嬉しそうなので、姉は丁寧に拾ってあげているようだった。


「しかし、本題になかなか入らないで、導入と移動だけで2話も使っちゃってるじゃねぇか」

「クロイさん、メタ発言はほどほどにして景色を楽しみましょうよ……」

「すまねぇ。素直に朝比奈の紅葉を楽しむとするわ……」


 そうこうするうちに景色は小さな工場が幾つかある地域を抜け、住宅地に移り変わってきた。道沿いには国道沿いによくあるようなチェーン店や中規模店舗があり、マンションや住宅の立ち並ぶ平凡な景色が続いた。六浦のT字路を曲がってしばらくすると、特徴的な京浜急行の金沢八景駅が見えてきた。


 金沢八景のバスターミナルに降りたボクたちは、シーサイドラインに沿って海沿いを少し歩くと、目指す喫茶店「純喫茶 ボタニカル」についた。


「マスター、こんにちは!相談に乗ってくれって言ったら、こんなにいっぱい来ちゃったのよ!」


 そう言いながら熊子ちゃんは店に入っていった。カウンターには愛想の良さそうなサボテンのマスターが鉢植えから生えていた。


「初めまして、クロイっていうツキノワグマだぜ!」

「どうも、熊子の夫で、鎌倉でレストランやってるクロジと申します!」

「ボクはシロクマのクマイです」

「クマイの姉で、そこの宿六やどろくの家内のクマチェリーナよ。マーチャって読んで頂戴」

「クマイの家内のクマスタシアと申します……」 


「ほんとうに大勢で来てくれたね!賑やかなのは好きだから有難いですよ!」

「やっぱりサボテンだけあって太陽を浴びたように明るい性格なんですねぇ!」

「もっとトゲがあるのかと思ってたらそんな事もねえしな」


 メニューに目を通すと、キリマンジャロ、ブルーマウンテン、ブラジル、キューバ、モカ、マンデリンなど沢山の銘柄が並んでいた。


「最近は、こういう風に銘柄別で出してくれる純喫茶は少なくなったよね!」


 クロジさんが懐かしそうに言った。


「そうだな、どこへ行ってもブレンドとカフェラテとかな。あとなんとかマキアージュとかトッピングがどうしたとか訳が分からないぜ!」

「それは、クロイがおっさんだからよ」

「いつもながら手厳しいな……おれがおっさんならお前もおばさんだろ!」

「私はいつでも特例だから」


 クロイさんと姉のいつものやり取りを眺めているうちに、狸のパートさんがボクたちにコーヒーを運んできてくれた。ボクはブルーマウンテンを注文したのだが、金色の縁取りのある綺麗なコーヒーカップに入った深い琥珀色の液体はとても美しかった。一口すすると、奮発してブルーマウンテンにしただけのことはある深みと、砂糖を入れてないからこそ感じるほのかな甘みが口に広がり、豊かな香りがボクの敏感なシロクマの鼻を通り抜けた。


「これは……美味しいコーヒーですねぇ!」

「生豆で仕入れてきて店内焙煎してますからね。褒めてもらえてうれしいです」


 サボテンのマスターが得意げに言った。


「クマは犬の2000倍の嗅覚があるから、コーヒーには特にうるさいんだぜ……」

「そうですね。クマのお客様が来られた時には緊張しますね」

「で、相談と言うのは何なんですかねぇ?」





 

 

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