【1】知らない世界8
薄暗い森の中。
周囲は霧に包まれ、10メートルも離れれば、真っ白で何も見えなくなる。
まだ日は沈んでいないものの、空は分厚い雲に覆われており、まるで薄暮時かのような暗さだ。
微かに霧状の小雨が降っているものの、あまり気にならないレベルだった。
間違いない、周囲に立ち並ぶ木々と背後に佇む1メートル四方ほどの立方体。
「来たか」
見覚えのある光景に和悠は確信と共にそう呟き、立ち上がる。
背中に挿さったコードを抜き取り、背後を振り返ると、可愛らしいフォルムのロボット(菊莉)も丁度立ち上がり、背中のコードに手を触れていた。
和悠と菊莉の他にはやはり7体のロボットが眠っており、その辺も以前と変わりはないようだった。
先ほど、電話レンジを起動させる前に菊莉が話した仮説に習えば、今の自分はβの役割りを担うこととなる。
「なんだか今日は、やけに薄気味悪いな」
菊莉は背中のコードを抜き、和悠の元へ歩み寄りながら言う。
薄暗い森の中で霧に包まれ、視界も優れないという状況は確かに気味が悪い。
これで電話レンジの起動に伴う、転移現象は偶然ではなく、何らかの法則に基づくものと確定していいだろう。
電話レンジを起動した時のベルの音も、今回はあらかじめ来ると分かっていたからか、心の余裕がある分、いくらかマシであった。
「こっちは、天気が良くないみたいですね。佐伯先輩、傘は持ってきてます?」
「傘どころか、服も下着すら忘れたよ。」
そう言って、菊莉は若干半身になりながら両腕で胸元を隠す。
もちろん見た目はロボットだ。
和悠が突っ込んでいいものか、オロオロしていると菊莉は恥ずかしそうに、小声で「冗談だ、行くぞ」と言って一人で先に歩き出す。
和悠もどうしていいか分からず、取り敢えず「す、すみません」と謝罪しながら着いていく。
なんだか、よく分からない気まずさを抱えながら、2人は山を降っていく。
一度通った道、しかし悪天候ということもあり、以前訪れた廃都市に到着するまで、1時間ちょっとかかった。
ちなみに、ロボットの身体は運動能力が非常に高い。
以前、この世界を訪れた際は右も左も分からない状態であれこれと試す余裕はなかった。
今回は、廃都市へ向かう道中で様々な検証を実施した。
まず走破力だが、全力で走ったところ、周囲の景色は横一線に後方へ流れて行った。
まるで高速道路を走る自動車から眺める景色のようだった。
次に跳躍力だが、ちょっと力を込めてジャンプしたところ、軽く人1人を飛び越えるくらいの高さまで跳ねたが、着地の時にダメージエフェクトが入ったため、それ以上の実験は中止した。
筋力については、あまり確認のしようがなかったが、原付スクーターくらいの大きさの岩なら、ギリギリで持ち上げられた。
そんなこんなで寄り道をしつつ、改めて発見した身体能力の良さを発揮しつつ、1時間ほどをかけて山を降りてきた。
「まずは、学校でしたね」
「そうだな、周辺地理とこの世界の歴史を把握したい」
2人はジャングルと化した廃都市を歩く。
街並みは以前と変わらないものの、天候の違いからか以前とは雰囲気が違って見えた。
廃都市に着くと数分で学校跡へ到着した。
校門は鯖だらけで、辛うじて原型は留めているもののところどころが崩れ落ちている。
校舎の3分の1ほどは蔦に覆われ、窓ガラスは割れ落ちている。
2人は雑草が生い茂る校庭を進み校舎へ向かう。
昇降口は鍵が掛かっているが、窓ガラスのない窓から簡単に侵入できた。
「中は普通の学校と変わりないな」
長いこと放置されているためか、埃はたまっており、割れた窓から吹き込む雨風の影響で多少の劣化は認めるものの、校舎の造り自体は和悠たちの知る学校のそれと大差ない。
「さて、どこから向かうべきか」
「資料なら、図書室がいいのでは?」
「そうだな。冴えてるじゃないか和悠君」
「ありがとうございます」
そんなやりとりを挟みつつ、2人は図書室を探して校舎内を散策する。
「こんな暗い中の廃校は、なかなか雰囲気がありますね」
「そんなことは言うもんじゃない。フラグになるぞ」
2人は笑いながら進む。
ちなみに、この2人は科学部なんてものに所属しているとおり、非科学的なもの、特に幽霊などの類は全くもって信じていない。
寧ろ、そういった話はどのようなメカニズムで発生したのか、徹底的に調べたくなるタイプだ。
なんともロマンのない2人である。
そんなこんなで図書室の表示を見つけ、中に入る。
「……」
2人は言葉を失う。
「……知識は、文明の宝だというのに」
図書室内の本棚は全て空になっており、本の類は一切見当たらなかった。
「期待はずれですね」
「うむ、1番の目当てだったからな」
「せっかくですし、もっと見てまわりましょう」
その後も学校の探索を進め、ある教室で日本列島の白地図が貼られているのを確認したことから、地形は元の世界と相違ないであろうことは判明した。
しかし、歴史的な背景、特に人が全く見当たらない理由や「北松県」なる地名の謎などは分からず終いであった。
2人は最後に体育館へ足を伸ばす。
「佐伯先輩って、運動は得意なんですか?」
「そう見えるか?」
「……あの、いえ」
「なら、聞くな」
「すみません」
扉を開けて、中に入る。
体育館内は雨漏りのせいか、ところどころ床が傷み、穴が空いている場所が見受けられる。
体育館の構造自体は校舎同様、よく見られる一般的な学校のそれと大差ない。
「意外と普通ですね」
「いや、そうでもないぞ」
そう言って菊莉が指差した先、ステージ奥の上部、壁に掲げられた校旗。
その隣には、日の丸の国旗が掲げられていた。
ただし、我々の知る日の丸の国旗とは異なり、赤い日の丸の周りは、青い土星のような輪っかが囲んでいた。
そして、ステージ横には校歌とともに国歌の歌詞が見事な達筆で掲示されているが、それは我々の知る君が代ではなかった。
それに気付いた菊莉は振り返り、和悠に言う。
「……ふむ、『西日本公国国歌』だとよ」
ErrorWORLDー偽りの世界(目覚めたら未知の世界。そして身体は機械に。やがてこの世界の真実を知る) もるたぬβ @morutanu
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