【1】知らない世界7



 デート。

 それは、「異性が日時、場所を定めて会うこと」らしい。


 なるほど、その定義で言えばこれはデートなのかもしれない。


 和悠は今、菊莉と共に市街地の駅近くにある図書館で本を読み漁っていた。




 数刻前。


「デート。ですか?」


 和悠は、菊莉の突然の発言に耳を疑う。


 それは放課後の部室で菊莉と2人、昨日に起きた不思議な体験の事について議論していた最中のことだった。


 菊莉は、自身の仮説と異世界のことについて確認したいと語った後、「和悠君、今日は私とデートをしないか」と言い出したのだ。


「うむ、まずは意識の複製についてだ。昨日、私と和悠君は実験に成功し、駅の近くのファミレスで祝杯をあげた。こちらの世界に留まった意識を便宜上、今後はα(アルファ)と呼称しよう」


 そういって、菊莉は何やらまた小難しい話を始める。


「そしてもう一つ、異世界を探索した記憶がある。あちらの世界でロボットとして行動した意識をβ(ベータ)とする」


「この世界に留まる和悠αと、異世界で行動する和悠βという感じですね」


「ああ、だが感覚としては現状、『意識の複製』なのか『記憶の創造』なのか判断しかねる」


「というと?」


「確かに昨日はαとして行動した記憶も、βとして行動した記憶もある。しかし、本当に自我を待って行動していたのか、或いは実際には存在しない架空の出来事についての記憶が何者かによって植え付けられただけなのか」


 確かに、そう言われるとその可能性もある。

 

 あの時、本当の和悠はファミレスで祝杯をあげて帰宅し、就寝した。

 そんな和悠と菊莉に「異世界を冒険した」という架空の記憶が植え付けられた可能性。


 或いは、実際に異世界に飛ばされてロボットとして活動した和悠と菊莉に「ファミレスで祝杯をあげて帰宅した」という架空の記憶が植え付けられた可能性。


 先ほどの菊莉の仮説どおり、意識が複製され「この世界に止まったα」と「異世界へ行ったβ」の両方が実在し、後に記憶が共有された可能性。


「それを確かめる訳ですね」


「その通りだ。前もってαとβにそれぞれの行動パターンを決めておいて、後に記憶が共有された際、与えられたミッションをこなしていれば、αとβのそれぞれに自意識があると判断していいだろう」


「それで、デートですか?」


「ああ、まずは昨日同様に電話レンジを起動する。その後、αの我々は図書館で異世界のことについて調べよう。あの世界に類似する建造物や北松県なる地名についてだな」


「ん?、デート?」


 なんだか話の雲行きが怪しくなってくる。


「そして、あちらの世界でβの我々は廃都市の探索を継続してもらう。具体的には地理の確認だ。学校跡地があったから周辺の地図なんかが得られるかも知れん」


 デートと聞いて少し浮かれた自分が恥ずかしい。


「さて、それでは早速。電話レンジを起動しよう」






 そして、現在に至る。


 これがデートなら、一昨日の買い出しや昨日の食事だってデートだろう。


 そして今頃、βは異世界デートの真っ最中だ。


 結果として、電話レンジの起動は成功した。


 スマートフォンを操作した後、電子レンジの加熱が始まったのだ。


 これは昨日のα視点と同じだ。

 βの視点から見れば、アラームの爆音に包まれ、頭痛と目眩に頭を抱えていたことだろう。


「βはうまく行ってますかね?」


「さてな」


 以前2人が買い出しに来た駅の周辺、商業施設や高層ビルが立ち並ぶ市街地の一角に市立図書館がある。


 和悠が幼少の頃からあるため、さほど新しい建物ではないが、清掃が行き届いており隅々までピカピカだ。


 図書館内は冷房が効いており、夏休み前のこの時期でも快適に過ごせるため、和悠と同世代と思われる学生の姿が多く見られる。


 一階は受付と勉強スペースになっており、多くの机と椅子が並べられている。


 中央部のテーブル席は既に埋まっており、和悠と菊莉は壁際のカウンター席に隣同士で腰掛ける。


 2階から上が書庫スペースになっており、上の階から本を持ち込んで、一階の席で読者や調べ物をするのだ。


 菊莉はどこから持ってきたのか、山のように積まれた大量の本に目を通しながら、顔を上げることなく、先ほどの和悠の問いに答える。


「βが発生したか否かも現時点では確かめようがない。βがこちらへ帰還するのはおよそ8時間後だ。それまで何も分からないのがもどかしいな」


 今のところ、あの世界に関する手がかりとなりそうな情報はない。


 和悠は何から調べたものかと頭を悩ませたものの、この手の調べ物は自分には向かないと諦め、菊莉の持ってきた本を適当に読み漁っている。


「なあ、和悠君。君はあちらの世界についてどう思う」


「佐伯先輩が分からないことは、俺にはなおさら分かりませんよ」


「そういうことじゃなくてな、…‥今後も探索を続けるべきかという話だ」


「向こうの世界の?」


「ああ、正直興味は尽きない。もっと詳しく調べて見たい気持ちもある。だが、多少は恐怖も感じている」


 意外だった。

 あちらの世界でも菊莉は先頭に立って行動の指針を提示してくれた。


 今回の件について仮説を立て、今日の予定を立てたのも菊莉であり、興味こそあれど、恐怖なんてさらさら無縁だと思っていた。


「正直、君が居なかったら。あの世界に飛ばされたのが私1人であったのなら、再び向こうへ行こうとは思わなかっただろう。そもそも、ここに帰って来れたかも分からん」


 菊莉の突然の発言に、和悠の胸が高鳴る。


「いや、それは俺も同じですよ。佐伯先輩が居なきゃ、俺もどうなっていたか…….」


 菊莉は可笑しそうにフッと笑い立ち上がる。


「これ以上はここで調べても埒があかんな。この辺で、スイーツでも食べに行こう」


「もう、いいんですか?」


「君は図書館じゃ不満なのだろう?デートをしようじゃないか」


 和悠は目を見開き、大慌てで本を片付け始めた。

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