【1】知らない世界6

 国道から筋道に入り、グネグネと曲がる坂道を2キロほど進んだところ、小高い丘の上に広がる閑静な住宅地。


 その住宅地でも坂の上、山手に近い一軒家が和悠の家だ。


 一瞬の激しい頭痛に襲われ、和悠は目を覚ます。


「ってぇ!」


 真っ暗な自室。見慣れた光景だ。

 机の卓上時計に目をやると午前1時半を少し過ぎたところ。


 思わず両の手の平を見つめる。


「夢?」


 まるで、先ほどまで自分がロボットになっていたような気がする。


 そこまで考えると、どんどんと記憶が蘇る。

 菊莉と2人て実験の途中、ベルの音が鳴り響き、気付けば森の中で倒れていた。


 何故か身体はロボットになっており、同じくロボットになった菊莉と2人、荒廃した都市の探索をした。


「でも、実験は成功したはず……」


 そう、確かに電子レンジにスマートフォンを繋ぐ実験は成功し、その日の放課後は菊莉と2人でファミレスに行き祝杯をあげた。


 家に帰ってからは、いつものように風呂と宿題を済ませ、先ほど眠りについた。


「やけにリアルな夢だな」


 夢にしては臨場感というか、やけにリアルな体験であった。


 感覚としては夢というよりも、確かな記憶に近い。


 しかし、実際に部室を出て帰宅し、就寝するまでの記憶もあるため、状況的に夢だろうと結論づけ、和悠は再び眠る。






 授業が終わり、和悠はいつものように部室へ向かう。

 ドアを開けると既に菊莉はいつもの席に座りスマートフォンをいじっていた。


 和悠が来たことに気付くと、一度こちらをチラッと見た後スマートフォンを机に置き、顔を上げる。


「今日は早いな、和悠君」


「佐伯先輩はいつも早いですね。ちゃんと授業を受けてるんですか」


「もちろんだ。私のクラスの方が部室に近いから、和悠君より早く着くだけだ」


 菊莉のクラスは部室と同じ3階にある。


「昨夜はよく眠れたか」


「はい。ぐっすりで変な夢を見ました」


「一つ聞きたいんだが」


 菊莉は眉を寄せ、何か難しそうな表情で尋ねる。


「昨日の実験は、成功したよな」


「何言ってるんですか。昨日、成功したって言ってお祝いしたじゃないですか」


「……そうだな」


 菊莉は釈然としないといった表情で、しかしそれ以上は何も言わず会話を打ち切る。


「まあでも、失敗する夢は見ましたね。急にベルが鳴り出して、気付いたらロボットになる。どんな夢だって感じですけど。お陰で夜中に一回、目が覚めましたよ」


「……和悠君、それは夢じゃないかもしれんぞ」


 菊莉は真剣な表情で真っ直ぐに和悠を見つめている。


「え?」


「その夢を見たのは何時頃だ?」


「確か、目を覚ました時が一時半頃でした」


 和悠は夜中に起きた際、机の上に置いていた時計を確認したことを思い出す。


「私はその時間、起きていた」


「昨日、眠る前に学校で出された宿題を片付けていたとき、激しい頭痛に襲われた。その時だ、君が見たという夢の内容が私にも記憶として認識された。」


「え?」


「昨日、確かに実験が成功して君と食事をした記憶がある。だが、失敗して謎の世界に飛ばされた記憶もあるのだ」


「まるで2人の自分がそれぞれに経験した記憶を、今、1人の私に詰め込まれたような。そんな感覚だ」


 和悠は合点がいった。

 昨晩から感じた違和感。


 夢と言うには、やけにリアルで夢のような曖昧さはなく、鮮明に残る記憶。


 その違和感も、菊莉の解釈なら納得がいく。

 何より、


「私も同じ記憶を持っている時点で、単なる夢でないことは確実だろう」


 菊莉と和悠が2人とも全く同じ夢を見たというのは偶然にしても出来過ぎだ。

 さらに、菊莉は起きている時にあの世界の記憶が生まれたと言う。


「あくまで仮説だが、あの実験のとき、何らかの原因によって私達の意識は複製され、複製された意識があの森に飛ばされたのだろう。最後に我々はあの立方体のコードを背中に挿したが、その時に飛ばされた意識があの世界での記憶を伴って元の体に戻ったのだ」


「つまり、コピーされた俺たちの魂が異世界でロボットに乗り移ってた。この記憶はコピーの魂が異世界で経験したもの。ということですか?」


 菊莉の説明は小難しいが、なんとなく自分なりに整理する。


「簡単に言えば、そういうことだな。発生した理屈はさっぱり分からんが」


「先輩はあの世界のこと、どう思います?」


「さてな、こことは異なる世界かもしれないし、あのとき、和悠君が言ったように未来の日本かも知れない。何にせよ情報が足りないな」


 昨日は夕方5時半頃に実験を行い、深夜の1時半頃にこちらは戻ってきた。

 概ね8時間程度、向こうに居たことになるが決定的な情報は掴めなかった。


「そこで、今日もあちらの世界に行こうと思う。それに合わせて、先ほどの仮説についても試したいことがある」


「分かりました。それで一体何をするんです?」


 菊莉は悪戯っ子のような笑を浮かべ、和悠に告げる。



「和悠君、今日は私とデートをしないか」

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