【1】知らない世界5
森の中というのは歩きづらい。
足場が悪く、土の盛り上がりで不自然な傾斜がつくとバランスが取りづらい上、降り積もった落ち葉で地面の様子が一目では分からない。
生い茂った草花や倒木などを避けながら森の中を進むのは、普段運動をしない文化系の人間にとって、非常に困難な作業である。
つまりは、
「先輩、ちょっと休みません?」
和悠は、そろそろ限界であった。
機械の身体を得て以降、体力的な疲労は一切感じない。
息切れもしないし、空腹も感じない。
しかし、普段歩き慣れない山道を黙々と小一時間歩けば、精神的に疲労してくる。
全くと言って、森を抜ける気配がない。
「うむ、闇雲に進んでも埒があかないな」
「取り敢えず、山を降ってみましょう」
「うーむ……」
菊莉は考え込む。
仮に森を抜けて人里に降りたらどうなるか。
森の中から突然現れた2体のロボットに村人は当然驚愕するだろう。
自らの境遇すら説明ができない現在、平和的に、穏便に村人とコンタクトをとれる自信がない。
侵略者か何かと勘違いされて、場合によっては攻撃されるおそれもある。
それよりは高台を目指し、周囲の地形や人里との位置関係を把握した上で、少しずつ接近した方が良いと考えたためだ。
しかし、周囲に人里がなく延々と森が続いていた場合、現在の登山はただの徒労に終わる。
「そうだな、取り敢えず下山しよう」
幸い、水も食料も必要ない身体だ。
焦る必要はないが、この森がどこまで続くか分からない。
機械の体とは言え、山中は危険だ。
崖などから滑落すれば無事でいられるかは分からない。
取り敢えずは身の安全の確保が先であろう。
2人は進路を変え、今度は斜面を降り始めた。
山を降り始めてさらに1時間ほど。
山を降りて平地にでたが、以前として森は続いている。
しかしながら、見られる景色が一変した。
「佐伯先輩、これってどう思いますか」
「……街、だろうな」
そこは荒廃した街であった。
人がいなくなってから相当な時間が経過したであろう廃都市だった。
森に侵食され、道路からは木や草花が芽生えている。
ビル群は蔦に覆われ、ガラスのない窓からは木の枝が伸びている。
「コンクリートジャングルってやつですね」
「それは、意味が違うと思うぞ」
「日本、……ですよね?」
「そのようだな」
都市の構造的には、日本の街並みに近い。
看板や標識は錆が酷く判読は不能であるが、日本語の一部と見られる文字が確認できる。
「一体なんなんでしょう、人類が滅亡した未来…とか?」
「さあな、可能性は否定できん」
「俺の知ってる街並みじゃないです。どこなんでしょう。」
「私もこんな建物は知らないな」
菊莉は、ビル群の中に建つ一つの建物を眺めながら言う。
まるでブドウの房を逆さまにしたような妙な作りの建物。
しかし、それも他の建造物と同様に蔦が這い、建物自体が朽ちている。
「少しこの街を見て回ろう」
「そうですね、何か分かるかもしれません」
2人はしばらく、森と化した廃都市を散策する。
途中で猪が道路を横切り、2人しておっかなびっくりしつつも探索を進めた。
「先輩。俺、電池残量がやばいかもです」
視界の右上に表示されたパーセンテージは数値が10を表示し、文字が赤色に点滅し始めた。
「最初の森に戻ればいいのか?」
「多分そうですね。あの四角いやつが充電器的な何かだと思います」
「では、戻ろう。一晩はあそこで過ごすとするか」
2人は来た道を戻り、歩き始める。
途中、右手に学校のような建物を見かけるが、やはり2人とも見覚えのある校舎ではなかった。
そのまま通り過ぎようとしたとき、菊莉は驚いたように立ち止まる。
「なあ、和悠君。47都道府県を全て言ってみてくれないか」
「えぇ、無茶ですよ。というかめんどくさいです」
「なら、質問だが。……、北松県という地名を知っているか」
菊莉が差した先、校門のところに記載された学校名には確かに「北松県立」と表記されていた。
「どういうことでしょう?ここは日本ではないってことですかね」
「少なくとも、私たちが知る日本ではないな。和悠君の言ったとおり、ここが未来の日本なら地名が変わった可能性もないとは言い切れないが」
そう言って菊莉は考え込む。
「先輩、考えごともいいですけど、先に充電しましょう」
「すまない。行こう」
言いようのない不安を覚えながら2人は歩く。
最初の森に戻ると、そこには離れた時と同じように7体のロボットが眠っていた。
初めからいなかった3体のロボットはまだ帰ってきていない。
和悠の電池残量からして、現時点で戻っていないということは、どこか出先でバッテリー切れを起こしたか、事故に巻き込まれたのかもしれない。
菊莉と和悠は元いた位置に戻り、コードを手に取る。
「背中に挿すって、なかなか難しいですね」
「そうだな、このコードには端子の向きがないのが救いだな」
「先輩、もう挿せました?」
「……、あれ?」
返事がない。
菊莉の背中にはコードがしっかりと繋がれており、菊莉自身はピクリとも動かなくなった。
「えぇ、大丈夫かこれ」
和悠がコードを持った手で背中の辺りをゴソゴソしていると、カチャッという気味のいい音が聞こえた。
それと同時に視界が暗転して行く。
あ、これ死ぬかも、と和悠が思うと同時に和悠の意識は途絶した。
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