【1】知らない世界4
湿気を含んだ土の匂いと鳥のさえずりに包まれ、風に揺れる木々の合間から降り注ぐ陽光を浴びる。
まず目についたのは青空。そして青空を縁取るように揺れる木々の枝葉。
思考がハッキリとするまで、数秒を要した。
「え?」
ここはどこだ。
一体、何があった?
混乱しながら周囲を見渡す。
無秩序に自生する木々と未舗装の地面。
少し湿った地面の上には枯れ葉が積もり、生い茂った木々は青空を半分近く覆い隠している。
紛うことなく、森の中だ。
「どこだ、ここ」
取り敢えず状況を整理しようと、和悠は立ち上がる。…が、途中で動きを止めた。
体を動かす度にガチャガチャと金属が擦れるような音、そして立ちあがろうと力を入れた瞬間に胸の辺りから「キュイーンッ」という、おおよそ人体が発するとは思えない音が聞こえたからだ。
和悠は腰を下ろし、改めて自分の両の手の平、そして体全体を眺める。
見慣れた人間の身体はなく、少し霞がかった銀色の機械仕掛けの身体がそこにはあった。
「は?えっ、何これ!」
改めて意識してみると、人間の通常の視界とは異なり、視界の端には謎のゲージや数字が並んでいる。
ビデオゲームなどでよく見かける画面のような光景であった。
和悠はその場に立ち上がり、取り敢えず周囲の状況を確認する。
数歩進んだところで、背中に痛みが走る。
いや、正確には痛みはない。
どう言う理屈かは分からないが、背中の辺りで何か異常が起きたことを認識できた。
その上、視界にあからさまにダメージを知らせるエフェクトが走る。
視界の隅に表示された100%の数値が先ほどまでは点滅していたが、今は常時表示されている。
まるでスマートフォンの電池残量のようだ。
今し方、自身の背中に起きた異常の原因を探るべく振り返ると、そこには高さ1メートルほどの立方体の塊があった。
明らかに人工物と思われるそれは四方の側面から直径3センチほどのコードが伸びている。
このコードは、元々は自分の背中に繋がっており、自分が歩いたためにコードが抜けたのだと、和悠は直ぐに理解できた。
なぜなら、同じ立方体から伸びた他の3本のコードも同じように3体のロボットの背中に繋がっていたからだ。
自分も先ほどまで、このロボットたちと同じようにコードが繋がっていたのだろう。
そして、ここには同じような立方体が3つあり、元々は自分も含めて12体のロボットが眠っていたのだろう。
しかし、いくつかのコードの先は空席となっており、今、この場には自分を含めて9体しかいない。
和悠がいた位置は一番端であったため、振り返るまで気が付かなかっようだ。
「なんなんだ、これ」
自分の身に何が起こったのか、改めて状況を整理してみる。
最後の記憶は、学校の部室で菊莉とともに実験をしていたときだ。
実験が成功したかに思われたその時、原因不明のアラーム音が響き始めた。
そこまではいい。
状況から考えれば、明らかに異常な出来事ではあったが、現実にあり得ないことではない。
では、今はどうだ。
何がどうあっても、自分の体が機械になるなどあり得ない。
これは夢なのか、ゲームの世界にでも迷い込んだか。
アニメやマンガの世界では異世界に召喚されるような物語も沢山ある。
そこまで考えたとき、視界の隅で一体のロボットが身じろぎするのが見えた。
「まさか」
もしやと思い、和悠はその一体の元へ駆け寄ると、そっと肩に触れる。
改めて見ると、ロボットは一体一体の形状が異なり、ガタイの良いものや線の細いもの、背丈の低いものなど様々だ。
目の前の一体は、自分より小柄に作られており、線も丸みを帯びた可愛らしいデザインだ。
「…ん?うわぁっ!ぐふッ!」
目の前のロボットは、和悠に気付くと慌てて飛び起き、背中のコードに引っ張られて派手に転んだ。
起きたら目の前にロボットがいて、しかも自分を起こしたのがそのロボットであれば、びっくりするのも無理はない。
可愛らしいフォルムのロボットは、見た目こそ機械的だが、声は菊莉に間違いなかった。
「落ち着いてください、先輩。俺です。和悠です」
「和悠君?これは一体…、どこだここは」
菊莉は先ほどまでの和悠と同様に、キョロキョロと周りを見渡し、そして自分の体に起きた異変を確かめながら聞く。
「分かりません。俺も今さっき目が覚めたら、こんな状況で……」
流石の菊莉もこの事象には、訳がわからない、と言った様子で黙り込む。
「……。取り敢えず、状況を整理しよう」
2人は互いの記憶を確認しつつ、ここに至った経緯を思い返す。
そして自らの身体に起こった異変や周囲の状況等の情報まとめていく。
「ずっとここに止まっていても、進展はなさそうだ。取り敢えず散策でもして近隣の実態把握に努めるか」
「他のロボットたちも、目を覚ますかもしれませんよ?ちょっとだけ様子を見てみますか?」
「やめておこう、目が覚めたら瞬間に敵だと認識されかねん」
菊莉が目を覚ました時のことを思い出す。
あの時は、自ら和悠だと名乗ることで菊莉は落ち着きを取り戻した。
実験のとき、部室にいたのは2人きりだ。
であれば、次に目を覚ますロボットも知人であると断定するのは楽観的過ぎる。
なるほど、場合によっては敵対することもあり得るのかと和悠は納得する。
「目を覚ました瞬間、見慣れないロボットに顔を覗き込まれるのは、なかなかの恐怖だったぞ」
「す、すみません」
「さて、行こうか。ここが一体どこで、私達に何があったのかを確かめるぞ」
そう言って歩き出した菊莉の後を和悠が追いかける。
途中、先ほどまで自分が倒れていた位置を振り返る。
そこには未だ魂の宿らぬロボットたちが横たわっていた。
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