【1】知らない世界3
最近のスマートフォンは、新しいモデルが出るたびに価格が高騰する。
今まで使っていたモデルのものも、大して不便に感じることはなく、十分な機能を備えている。
新しく発売されるモデルは、値段の上昇に見合うだけの、機能の向上が伴っているかといえば疑問が残る。
しかし、それでも一定の需要はあるようで、新モデルの販売が開始されるたび、ショップには長蛇の列が出来る。
そんな、人々が羨む最新機種のスマートフォンが現在は数本のコードによって電子レンジに繋がれている。
どのコードがどんな役割なのか分からないまま、和悠は菊莉に言われたとおり、作業の手を進める。
和悠が菊莉と買い出しに行った翌日の放課後、2人は再び科学部の部室にいた。
「万が一がある。和悠君は少し離れていてくれ」
「今のところ、万が一ではなく二分の一ですけどね」
「ならば、なおさら離れておけ。」
昨日は、和悠が遅刻した上、菊莉のスマートフォンがウイルスに感染したため、実験はやむなく中止となった。
今日はその実験が行われる。
緊張した面持ちの菊莉とは対照に、和悠はやる気のなさそうな表情だ。
というのも、この手の実験は大抵何も起こらないか菊莉のスマートフォンが火花を散らして終わる。
これまでの実績では大体がこのパターンだ。
「それじゃ、始めるぞ」
そう言って菊莉は手に持った少し古い型のスマートフォンを操作する。
新旧のスマートフォンが、昨日とはポジションが入れ替わっている。
これは昨日、菊莉が使用していたスマートフォンがウイルスに感染したためだ。
ウイルスに感染したスマートフォンの使用は控え、菊莉は現在、古いタイプのスマートフォンを使用している。
ウイルスに感染してしまった最新式のスマートフォンは実験道具に成り下がってしまった。
菊莉が手元のスマートフォンを操作すると、少し遅れて電子レンジに繋がれたスマートフォンから通知音が鳴る。
その後、しばらく沈黙が部室内を満たす。
重い空気に耐えられなくなった和悠は口を開ける。
「何の反応もないですね」
「うむ、おかしいな。設定や配線のミスではないと思うが」
菊莉はパタパタと電子レンジに駆け寄り、真剣な表情であちこちの確認をしている。
「一応、もう一度やってみよう。今度は出力を上げて試してみるか」
和悠に向けての発言なのか、独り言なのか分からないくらいの声量で菊莉が言う。
この期に及んでは、和悠にできる仕事は特にないので黙って成り行きを眺める。
「さて、では始める」
菊莉は再び手元のスマートフォンを操作する。
先ほどと同じように、電子レンジに繋いだスマートフォンから通知音が鳴る。
それと同時に電子レンジに明かりが灯り、加熱が始まった。
「おやっ、先輩。これって成功じゃないで……」
和悠が声をかけようとした瞬間、ジリリリリリリンと、けたたましいベルの音が鳴る。
音の発生源は分からない。
電子レンジにはこんなアラーム音はないはずだ。
「先輩?」
もしかして、スマホのアラーム音ですか、という和悠の意図を汲み取った菊莉が、しかし酷く困惑したような表情で答える。
「分からん、私はこんなアラーム音を設定した覚えはないぞ。 」
2人して、首を傾げながら電子レンジに近付く。
「うげぇ、なんですかコレ。昨日のウイルス?」
電子レンジに繋がれたスマートフォンの画面には、言語として成り立たない無数の文字列が縦横無尽に走っていた。
この間も、ベルのようなアラーム音は次第に音量を増す。
最初は少しうるさいくらいだったアラーム音が瞬く間にとてつもない騒音となった。
「先輩、これは流石に不味くないですか!」
「分からないっ、一体なんだこれは!」
段々と、お互いの声すら聞こえないはどの音量になり、もはや耳を塞がなければ立っていることもままならない。
菊莉は耐えきれず、その場にしゃがみ込む。
おかしい、いくらなんでもスマートフォンからこんな爆音はでない。
明らかに異常だった。
大気が震えるほどの激しい騒音の中、頭が割れるような頭痛と目眩が2人を襲う。
何とかしてこの場を離れなければ。
和悠は、辛うじて意識を保ちながら菊莉の元へ近づく。
どうにかして、菊莉を抱えて部室を出ようと奮闘するが、自分も立っているのが精一杯の状況。
不安と焦りが募る一方、徐々に自分も足元が覚束なくなる。
もう、立っていられない。
気を抜けば意識が飛びそうだ。
刹那、白一色に染まりゆく視界の中央に何か文字が浮かんで見えた気がした。
ーsystemerror-コード022ー
一瞬、何のことだと思いつつも、それを考える余裕はなく、訳も分からないまま和悠は力尽きた。
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