【1】知らない世界2
電車で揺られること十数分。
市内で最も大きい駅の周辺には大型商業施設や、高層の複合ビルが立ち並ぶ。
雅台高校はスクールバスが通っているものの、終業後すぐに出発する便があるのみで、部活動に所属する生徒はほとんどが電車を利用し、ここの駅前ロータリーからの路線バスで帰宅する。
これは、部によって活動の終了時間が異なることや、天候による休みなどを考慮すると部活動生のための便を確保することが困難なためである。
そしてそれは、雅台高校に限ったことではないようで、駅ビルのフードコートには雅台だけでなく様々な高校の制服を着た少年少女が往来していた。
「アイスコーヒー、買ってきましたよ」
「ありがとう」
菊莉は和悠が両手に持った紙コップの片方を受け取ると、口をつける。
2人はフードコートの片隅、4人掛けのテーブル席を厚かましくも2人で占領している。
「それで、買い出しって部活の備品ですか?」
「そのつもりだ。実験で使う機材をいくつかと、部室のコーヒーが残り少なくなっていたからな」
「コーヒーなら、新しいのを買っておきましたよ。教室に置きっぱなしですけど」
「気が利くじゃないか、和悠君は」
「まあ、俺も飲みますし」
菊莉が入れるコーヒーは美味い。
去年の冬休みは、近所のカフェでバイトをしていたようで、そこでコーヒーの淹れ方を教わったらしく、バカ舌な和悠にとっては、お店で出るコーヒーとなんら遜色ないように感じる。
「ところで、先輩のスマホは大丈夫なんですか?」
「それなんだが、電車に乗っている間に落ち着いたみたいだ。念の為、今は電源を切っている」
「個人情報が抜かれたりとかあるみたいですから、気を付けてくださいね」
「念の為、明日の朝一で電話レンジに繋いだものと交換しておこう。あれは私が以前に使っていたものだから、カードを入れ替えればまた使えるだろう」
「先輩がいま使ってるスマホって、新しい機種ですよね」
和悠は、菊莉の最新式のスマホがレンジに繋がれ、火花を散らす光景を思い浮かべながら言った。
「失礼な男だな、和悠君は。私だっていつも失敗するわけじゃないぞ。かつては、研究成果を部長にも褒められたものだ」
まるで、和悠の心を読み取ったかのような物言いに思わずギョッとしつつ、菊莉の少しムッとした表情に和悠は慌てて話題を変える。
「と、ところで、うちの部長って佐伯先輩じゃないんですか?」
「私はまだ2年だぞ。部長は当然、3年の先輩が勤めている」
和悠は、我が部は部長でさえも幽霊部員だったようだなどと胸の内で呟く。
とはいえ、特に責める気もない。
かつて、科学部には10名近い幽霊部員がいたが、日が経つにつれ、次々と成仏していった。
部活動として認められるには在籍人数が5名以上必要であり、今もなお和悠たちが活動できるのは、今は亡き4名の幽霊部員のお陰なのだ。
和悠も実は、初めは真面目に活動するつもりなんてなかった。
運動系の部活からの激しい勧誘を逃れるため、取り敢えず名前だけ入部したのだ。
1人きりで寂しく実験を繰り返す菊莉を哀れんだか、はたまた菊莉の優れた容姿を見てお近づきになりたかったか、自分でもハッキリとした理由は分からないが気が付けば足繁く部室に通っていた。
菊莉と2人で実験を繰り返すうち、初めは大した興味もなかった和悠だが、今では段々と居心地の良さを感じていた。
コーヒーを飲み終えた2人は、順調に必要な資材の調達を進める。
和悠が、そういえば、佐伯先輩と部室以外で2人でいるのは初めてだななどと考えていたところ、菊莉が立ち止まった。
「一通りは、必要なものを買い揃えたな。和悠君は他に見てまわりたいところがあるか?」
正直に言えば、もう少しだけ菊莉とともに買い物を続けたかったが、特にそれらしい用事もないので首を振る。
「そうか、私はそろそろ帰るとしよう。和悠君も気を付けて帰るんだぞ」
「ありがとうございます。また明日部活で会いましょう」
短いやり取りで、菊莉は駅前のロータリーへと歩き出す。
途中で一度、菊莉が振り返ったが、特に手を振るような間柄でもないのでペコリと頭を下げておく。
菊莉の姿が見えなくなったところで、ふと考える。
部長は3年生であり、来年の春には卒業する。
他の幽霊部員たちは何年生だろう。
来年の今頃も、こうして菊莉と2人で実験を続けられるだろうか。
和悠は、取り敢えず安全が保証された自身のスマホの無事を喜びつつ帰路に着いた。
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