第二幕 弐
駄目だ、ここで考えていても埒が明かない。
「アリシア、ちょっと出てくる」
「うぇっ? どこに?」
聴覚を繋いだ先でアリシアが素っ頓狂な声を出す。
「敷地内を歩くだけだ。そんなに遠くには出ない」
答えながらさっさと顕現して部屋の扉を開ける。
「えー……大丈夫?」
「なんとかなるだろう。今頃は訓練の最中だろうしな」
「んー、じゃあ大丈夫かな?」
首をひねりながら頷くのが目に浮かぶ。睡眠を必要としない儂は、日中だけでなく夜中も普通に出歩いて見回りと出くわすことも珍しくない。
特に新人が巡回を担当するときは、わざと工夫を凝らして驚かせたりして楽しんでいる。最初の頃は怒られたり泣かれたりと忙しかったが、今じゃ「死因が心臓発作にならなければ良い」と許可を貰っている。毎年新鮮な反応がもらえるから、けっこう楽しみだったりする。
足音が鳴らないように意識しながら施設内を進み、向かった先は武器庫だ。
中に保管されている武器をぶらりと見ていく。乱雑に壺の中に納まっている練習用の剣や槍。これ見よがしに飾られている様々な形状の武器は見ていて飽きない。火を武器の形へ成す時、こういうのを見ていた方がよりはっきりとした形になって威力も向上するのだ。
たまに棘のついた鉄球をぶらさげた棍棒や、大剣なのか鋸なのかわからない武器があったりもする。もともと切れ味を極めたヒノモトの刀と違って、大陸の国々――特に西へ行けば行くほど、鉄を剣の形に
東ではより鋭く滑らかな切れ味を。
西では敵を屠る手ごたえを求める。
慈悲深さと懐かしさも相まって、儂は東寄りの武器、もっと言えばヒノモトの刀をよく使っていた。やっぱり殺すなら一思いに、な。
目新しいものはなかったから、一周だけして次の
日中も待機中の軍人たちがあっちへこっちへ動くから、鉢合わせは避けられない。中には洗濯や料理のために出入りする民間人もいる。軍人の方はある程度耐性ができていても、部外者はそうもいかない。こちらへ向かってくる足音を聞いて刀に戻れば、だいたいは遠巻きにしながら去っていく。長い廊下で鉢合わせしてしまったら、できるだけ壁際に寄って向こうが去るのを待つ。立ち止まってしまったら踵を返して別の道を散策するだけだ。
そうしてあちこち歩き回っていたら、扉の向こうから声が聞こえてきた。
「……そうだ。明日…………手筈――」
声は聞き覚えがあった。というか、つい数刻前に聞いたものだ。
いつの間にか応接室のある場所まで来てしまったようだ。上官たちが書類仕事に追われる執務室や、大規模な作戦会議を行う会議室が集約されている場所だから、入ってくると嫌な顔をされる。さすがに覗き込むような無神経さは持ち合わせていない。だが、たまに盗み聞きすると面白い話が聞けるから、本当にたまに、立ち寄ったりしている。
あの大佐、誰かと話しているのか。怪しまれないように刀に戻って聞き耳を立てる。
「これで…………のだが」
「……心配……。十…………われる」
もう一方の声は誰だったか。不安が滲み出ているのがわかる。それを大佐が鼻で笑う。
「ハロルド……が、……だった。彼…………だろう」
アリシアの父親の名が出て、思わず息を詰める。
なんだ? いったい何の話をしているんだ?
「あとは…………いい」
「そうだな……」
大佐と話していた誰かが深く息を吐き、身じろぎする気配。まずい、こっちに来る!
急いで顕現してその場から離れる。応接室や上官の執務室は直属の部下が雑務を担っているから、ここへの用事なんて基本的にない。見咎められようものならアリシアにまで飛び火する。それだけはなんとしても回避しなければならなかった。
近場の階段を一気に飛び降り、そのまま足首をひねって物陰に飛び込む。
「うわっ!」
「っと、済まん」
歩いてきた青年の体をすり抜ける。軍服とは違う制服だが、見覚えがある。郵便物を届ける配達員だ。
配達員の青年は儂を見て息を止め、お化けを見るような顔のまま小走りに階段を駆け上がっていった。
「……?」
たった今飛び降りてきた階段を見上げる。階段を上った先には会議室や執務室、応接室しかない。配達員の態度はたまに軍人相手でもされることがあるから気にしていないのだが、かすかな違和感が儂の中で引っかかる。
「…………」
一瞬の思案の後。
儂はいつも以上に気を遣いながらその場を後にした。
ニルウェルは帝都から馬で一週間ほどの距離にある。地理的には国境に一番近いから、隣国と戦争になったら前線基地に早変わりする。そのため街全体が分厚い城壁に囲まれており、日夜隣国の変化に目を光らせているそうだ。
……もっとも、それは報告書や各地の様子を記した旅行記などで得た情報だ。前線基地にもなりえる場所から連絡が途絶え、それを一ヵ月も放置するなど正気の沙汰ではない。
「あんまり考えたくないんですけど、これ、やっぱりおかしいですよね?」
道のりを半ばも過ぎたころ、夕食中にラルフがおずおずと言い出した。同じように携帯食糧を食べていた二人が彼を見る。
「ニルウェルから連絡が途絶えるって……。普通に考えても魔剣士じゃなくて、もっと諜報役に適した部隊が捜査に向かいますよね?」
儂が最初から懸念していたことを口にする。ここに来てそれを言い出したということは、誰の目も耳も気にしない距離まで来たからだろうか。
「シュタイナー伍長」
硬い声でクレアが言った。
「ギルマン大佐も何か考えがあるはずよ。まずはアリシアを派遣して牽制したり、私たちが先遣隊となって探らせるつもりかもしれない」
あの大佐、ギルマンというのか。覚えておこう。
「それだったらそうだと言ってくれればいいじゃないですか」
「言葉が足りないのは事実よ。代わりに報告書に“魔剣士の派遣を要請した”って書いてあったじゃない」
「そこも腑に落ちないんです。ここ一年の特異事件もそうだし、ずっと違和感がぬぐえないんですよ」
「特異事件の頻発は私だって頭を抱えているわよ。犯人が全員身元不明、手掛かりが一切ないだなんて前代未聞よ」
もともと特異事件の黒幕は手掛かりが少ない。が、まったくないわけでもなかった。そのかすかな手掛かりをもとに必死になって黒幕を捕まえたこともある。たしかに、ここまで手掛かりを完璧に消されたのは初めてだった。
そしてラルフの言い分ももっともだ。軍の体質上、あまり表立って意見すると疎まれる。だが上官が必要最低限の説明も厭うようであれば部下に不信が生まれる。微妙な匙加減を求められるのはわかるが、あの大佐はその匙加減を最初から放棄している。クレアもそれをわかっている。でなければあんな苦い顔をしないだろう。自分の中で無理やり納得させたことを蒸し返したラルフへの苛立ちも感じる。
あの大佐がアリシア――正確には儂を疎んじるのもわかるが、真意が見えない。
たまに、最初から捨て駒のつもりで配下に置いているようにも感じるのだが……
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