第一幕 陸

「あ~~も~~」

 自室の机に突っ伏したアリシアが不満だらけの声を上げる。

「ねえ何で報告書ってこんなにめんどくさいの~?」

「ほとんど書き写しているお前さんに言われたくない」

 刀の姿のまま文句を返す。その報告書の内容を考えているのは儂なんだぞ。今回だってほとんど儂がやっているし、アリシアたちは半分見物人のような状態だった。あれでも頑張った方だと思うぞ。たまにクレアから「過保護が過ぎる」と苦言を呈されているが、それでアリシアが死んだら元も子もない。現実問題、暴走した犯人に立ち向かえと言ってもどこまで対応できるかわからなかったしな。

「ほら、続きを言うから書き取れ」

「はーい」

 つらつらと報告書用の言葉を並べながら、儂は思考にふける。

 特異事件がここ一年、頻繁に起こっている。

 最初は北の小さな村。村一つが蹂躙され、逃げ延びた人を通じて儂らに連絡が入った。

 次に東の街。新月の夜に若い女性が殺害された。これは新月を逃すとほぼ一ヵ月なにもできなかったから、かなり苦労した。

 そして今回の南西の村々。犠牲になった子どもは全部で二十五人だった。

 しかもそのすべてでまだ黒幕が見つかっていない。

 今回の事件だけでも何か手掛かりを掴めればよかったが、犯人の身元もわからずじまいだった。

 そもそも特異殺人自体、極めて珍しいものなのだ。一度発生すればしばらくは語り草になる。それがこの一年の間に三件も発生し、しかも新たな事件が起こる可能性が否定できない。

 嫌な予感がする。まだ何かが隠れているような。それこそ、まだ見つかっていない魔剣が絡んでいるのではないか。

 ……なんて、考えすぎか。

「――以上。ラルフたちに確認を取ってくれ」

「はーい」

 いつものように儂を腰に差し、報告書を抱えてアリシアは席を立つ。隣の部屋の扉を叩けば、待機していたラルフたちが顔を出した。

「報告書書けたよー」

「はーい、お疲れー」

 ラルフが受け取り、書かれた文字に目を通す。

「……うん、まあまあ大丈夫かな」

「やった!」

「あ、でもここちょっと修正しようか」

「えー!」

 アリシアが声を上げる。相変わらず表情がころころと変わる。などと考えていたら前に突き出された。

「考えたのムラマサだから、はい」

「待て」

 言いながら彼女の手を離れてヒトの姿をとる。

「儂が字を書けないの知ってて言っているだろう?」

 というか、このためにまさか儂を連れてきたのか?

「読めるじゃん。じゃあ書けるでしょ?」

「こんなミミズがのたくったような字を写せと? あと横書きなんかできるか!」

「ムラマサの書く字の方がよっぽど見づらいよ!」

「儂の十年の努力をけなす気か!?」

「はいはい、どーどー」

 間にラルフが割って入る。

「実際に書いたのはアリシアちゃんだろ? じゃあ報告書の書き方をもうちょっと勉強した方がいいよ」

「ラルフまで!?」

「名前で気安く呼ばないの。そもそも書式がまだ甘いのよ」

 泣きそうになるアリシアに、ラルフから報告書をひったくったクレアが追い打ちをかける。

「貴方も一緒に聞いておけば? まだ訛りが残っているわよ」

「む、どこだ?」

 こちらに来てから数十年経っているが、生まれ故郷の名残は簡単に消えてくれそうにない。

 結局四人であーだこーだと意見を交わしながら(アリシアはほとんどが文句だったが)、報告書の修正を終えて提出する。

 一仕事終わったー、と逃げ出そうとするアリシアを、クレアとラルフは逃がさなかった。

「あんたは訓練よ」

「この前走った時、ちょっと体力落ちてたよねー」

「やぁーだぁー! 遊ぶー!」

「わがままを言わないの」

 両腕を抱えて引きずられていくアリシアを、他の軍人たちが遠巻きに見送る。

「あれ、例の……」

「しっ、目を合わせるな、殺されるぞ!」

「ハズレが……」

 アリシアたちにどこまで聞こえているのか知らんが、とりあえず目を合わせただけで死にはしないぞ。誰だそんな噂を流した奴は。

「殺さないわよー!」

 あ、聞こえてた。

「誰よー、目を合わせたら殺されるとか言った奴ー!」

「はいはい、あとで決闘を申し込もうねー」

「そんなことしたらこっちが負けるでしょ?」

「ひどいー! 事実だけどひどいー!」

「やかましい!」

 暴れて吠えるアリシアを二人がかりで引きずっていく。

 普段は空気を読んで鞘に収まっているが……、なんというか、うん、済まん。二人とも。


 魔剣士というのは、一人存在するだけで一騎当千の戦力となる。もとより貴重な魔術師としての素質を持ち、偏りはあるが息をするように魔法を操れる。しかもそれがほぼ無制限に扱えるのだ。

 あまりにも強力すぎて、それが発覚した時は儂自身もびびった。人ならざる存在の儂ですら怖気付いたのだ。周りがどれほど恐怖したのかは想像するに余りある。

 もしも魔法の制御が狂ったら、帝都どころかその周辺すら火の海になる。魔剣士が近隣諸国に寝返ったら国そのものが滅びる。

 獅子身中の虫を飼い慣らしたい上層部は、しかしその役目を押し付け合った。好き好んでその牙に首を差し出そうという酔狂な輩がいないのは結構だったが、あまりにも見苦しい光景に儂が口を出さなかったらどうなっていたか。

 結局、くじで決まった上官を通じて選任されたのが、当時入隊したばかりのクレアとラルフだった。

 二人とも正規の手段で入隊したが、どうもそれぞれ難があったらしい。

 クレアは男社会の軍隊では珍しい女性軍人で、その上融通の利かない頑固者だった。

 ラルフは魔法の才能があったが、「モノを動かす」ことにしか使えなかった。

 有り体に言えば厄介者同士で固められたのだ。その面子から周囲で「ハズレ組」などと呼ばれているが、なかなかどうして、歯車が噛み合う。

 自由気ままに行動するアリシアをクレアが抑え、ラルフが間に入って折衷案を出す。曲がりなりにも軍人だから、二人ともそれなりに腕が立つ。おかげで儂が顕現せずとも日常生活に支障はないし、大きな揉め事もない。

 作りかけの刺繍を完成させたいと煩いアリシアの腰で揺れながら、儂は今日の訓練内容について思案していた。 

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