第一幕 参
“特異殺人”の動機は、そのほとんどが禁忌の魔法の行使と言われている。
その内容は死者の蘇生や死霊術の行使、異界からの化け物の召喚など、とても穏やかとは言い難い。方法も、やれ人間の生き血を使ったものだの、満月に何人捧げろだの、聞くからに物騒なものばかりだ。
その上、手順を踏んだ先に何が待っているかと言えば、たいていは破滅だ。術者の命を最後の糧として禁忌魔法は完成する。そうした警告は百年以上前からおこなわれているはずなのに、思い出したように手を出す輩が現れる。
「早すぎるだろう……」
木の陰に身をひそめながら、儂は思わず言葉を漏らしていた。
北西の村に到着して一日目で出てくるって……。まるで待っていたかのようだ。
村の近くには、大きなため池をたたえた森がある。これまでも失踪事件に遭遇していた村の近くには、こうした池や沼が少なからず存在していた。生きる上で水は欠かせないが、農業ともなれば必要な量が桁違いになる。
村に着いて早々、嫌な予感を抑えながら池に潜ってみれば、手足と首、腰のあたりに石を括りつけられた子どもの死体が沈んでいた。水の中にあったからか、腐敗せずにきれいな形を保っていた。
視覚を繋がないように気を張っていて良かった。こんな凄惨な光景は見せられない。
おそらくは各地の池や沼も同じようになっているのだろう。浮上した儂がかいつまんで話し、犯人を待ち伏せるための策を練る。
犯人はこの池をかならず利用する。その時子どもがいれば、生死を問わず救出する。
森での待ち伏せは儂がおこない、村での監視と待機をアリシアたち三人が担当した。
普通の人間では空腹や睡魔と戦わねばならないし、隠しきれない気配がある。その点、儂はそういった生理現象がない。なんなら呼吸もしなくていいし、暑さ寒さも感じない。刀に魂を移された影響か、人間だった時とは違う勝手さには儂自身も辟易していた。が、こういう時にそれが役立つのもまた事実だった。
周辺の地形を歩いて回って頭に叩き込み、池の見える木陰に身をひそめる。
そうして、もともと暗かった森が完全に闇に沈み、月明かりにもだいぶ慣れた頃。
人の気配を感じた儂は息を詰めた。
松明を掲げながら池の周りをうろつく人の姿を視界に収める。使い込まれた外套と大きな
普通に見れば、ただの旅人だろう。だがこの森は村からちょっと離れており、森へ直接入るには街道を大きく逸れなければならなかった。
儂に見られているとも知らず、旅人は野営の準備を始める。それを見ながら儂はアリシアと聴覚を繋いだ。
「……アリシア、聞こえるか」
「ひゃっ」
「どうしたの?」
アリシアが小さく悲鳴を上げ、クレアが問いかける。視覚を繋ぐと、どこかの部屋にいるのか、寝台の上でくつろいでいるのが見えた。クレアとラルフも窓越しに村を見たり、剣の手入れをしている。
「あ、うん、ムラマサが……」
アリシアが息を吐きながらそう言うと、クレアの目がすっと細められる。
「何かあったの?」
「ああ」
相手に気付かれないよう、小声で肯定する。
「来た」
「え、もう?」
アリシアが素っ頓狂な声を上げる。
「旅人風の人間が一人、池のほとりで野宿をしている」
「旅人風の人が池にいる、って……。前回から何日目だっけ?」
儂とラルフやクレア、どちらに訊いたのかはわからないが、儂も頭の中で数える。
「九日目だ」
馬を飛ばして一日がかりで辿り着き、その翌日に森の調査をしたから、だいたいそれくらいになる。早すぎるということはない日数だった。頃合いを見て村から子どもをさらい、池に沈めるのだろう。もっとも、アリシアたちが村長を通じて厳戒令を敷いたから、一筋縄ではいかないだろうが。
「どうします? 乗り込みますか?」
やがて問いかけてきたラルフに、儂とクレアは同時に否と答えた。
「まだ犯人だと決まったわけじゃないわ。迷子の可能性もある」
「森の中にいる間は儂が監視する。また動き出したら呼び掛ける」
「ムラマサが、また何かあったら呼ぶって」
「わかったわ」
「はい」
二人が頷いたのを見て、儂は視覚と聴覚を遮断する。
視線の先では、旅人が松明の火を焚き火に移し、地面に敷いた毛布の上で一日の疲れを取っていた。もう少ししたら、そのまま毛布をかぶって眠ってしまうだろう。
背嚢を枕代わりにして横になる旅人を、儂は木の陰からじっとうかがっていた。
朝になると、沈黙する森の中に雑多な足音が響く。そちらへ目を向けていると、取っ手付きの桶――たしか“ばけつ”といったか、それを持って走ってくる子どもたちが現れた。
「よっし、一番のりー!」
「ちがうよ、おれだよ!」
「はいはい、はやく水くんで戻るよー」
「あ、誰かいるー!」
あたり一帯が一気に騒がしくなる。その騒がしさに旅人も目を覚ましたようだ。
「んん……」
「あ、ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
最年長か、やや大人びている少女が声をかける。
「ん……」
旅人はのそのそと起き上がり、ぼんやりと子どもたちを見る。
「ああ、いや。もう朝か」
欠伸をしながら大きく伸びをし、旅人は立ち上がる。
子どもの一人が声を上げた。
「この人、見たことあるー!」
……なに?
「え? ……あ、そういえば、エルクが村を案内していたような……」
エルク。消えた子どもの中にそんな名前があった気がした。
「そうだったかな?」
旅人が首をかしげる。
「済まない。なにぶん、あちこちを旅していてね。その子を見たら思い出すと思うんだけど……」
旅人の問いに年長の子どもたちが口ごもる。だがまだ年端もいっていない子どもには、秘密の暴露は自慢話になる。
「エルクはいないよー!」
「え?」
「バカッ!」
最年長の少女が口を塞ぎ、旅人に向き直る。
「済みません、詳しいことは大人に聞いてください!」
そう言ってばけつに水を汲んでいき、両手が塞がった少女は来た道を走って戻った。
「あ、まってよー!」
幼い子どもたちが慌てて同じように水を汲み、後を追う。
残ったのは旅人と、十歳になるかどうかという少女だった。ばけつを持ったまま、ぽかんと目の前の旅人を見上げる。
「……お嬢ちゃん」
旅人が腰をかがめて言う。
「よかったら、村に案内してくれないかな? おじさん、道に迷っちゃって」
少女はこくんと頷く。
旅人は毛布を丸めて背嚢に入れて背負い、少女もばけついっぱいに水を汲む。
「こっち」
そう言ってよたよたと歩き出した少女の後を旅人は付いていく。
旅人の手が少女の口を塞いだ。驚いた拍子にばけつから手が離れ、水が地面にぶちまけられる。
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