第一幕 弐
「帝都ヒューリッツより派遣されました、魔剣士のアリシア・フェルベールです」
大人たちの冷たい視線を浴びながら、やや硬い声でアリシアが名乗った。
「あんたが……?」
出迎えた領主以下、数名の男たちが顔を見合わせる。
まあ、そうなるだろうな。
魔剣に呑まれず、それを使いこなす奴なんてどんな人物かと思ったら、まだまだ小柄な少女だったのだ。戸惑いと呆れがひしひしと伝わる。
儂らが訪れたのは、帝国の南西に位置する村だ。周辺にも村が点在し、ここにいる領主がそれをまとめている。
「じつは後ろのあんたとか……?」
まだ疑う村民の男がラルフを見る。こいつもたいがい軟弱な体をしているが、軍人としての基礎体力はあるからな。むしろこっちの方がまだ納得できるだろう。
「いやいや、ご冗談を!」
ラルフが慌てて首を振る。
「俺の魔力なんて平均ど真ん中ですから! ねえ!?」
「知らないわよ」
助けを求めて話を振られたクレアがばっさりと斬る。容赦がない。
「それより」
と一歩前に踏み出す。
「この近辺で特異事件があったと聞きました。詳しくお聞かせ願えますか?」
それを聞いた領主たちが、慌てて机の上に地図を広げた。どうやら領地を示したものらしい。あちこちに文字が書き込まれている。
「ここ半年の間に、子どもが次々と失踪しているんです。つい一週間前に二十人目の行方不明者が出て……」
「半年で二十人?」
思わずアリシアが遮った。
「多すぎない?」
たしかに多い。
半年で二十人。平均すればひと月の間に三人から五人がいなくなっている。もっと早い段階で大騒ぎになっていてもいいはずだ。
「いえ、妥当な数よ」
そう言ったのはクレアだった。
「この村だけじゃない。周辺の村からも失踪者が出ているわ」
「……そうなのか?」
儂はアリシアに訊ねた。言葉はなんとか覚えたが、文字は丁寧に書かれていれば読める程度だ。ここまで殴り書きにされると判読できない。
「えーっと……」
アリシアが片っ端から読み上げる。
最初は半年前。ここの東隣の村で十歳の少女が消えた。次に北東の村。こちらは最初の事件から十二日後に、七歳と八歳の兄弟が。その次が北側、前回の十日後に、十一歳の少年。さらに十三日後に、北西の村で九歳の少女……。
「ほぼ二週間おきに、子どもが消えているんですね……」
ラルフが感想を漏らすと、領主が頷いた。
「事件の間隔が開いているのと、こうして反時計回りに村を移動されているせいで、どうしても事件の足取りが掴みにくくなっていた。先月、ようやく事の重大さに気付いたくらいなのだ」
およそ二週間おきに子どもが消える。たしかに、律儀な空白期間と行動が刻まれていなければ、気付かれずに闇に葬られていたかもしれない。
「どう思う? ムラマサ」
アリシアが儂に問う。
最後に誘拐されたのは一週間前。猶予はあまりないな。
「…………。詳細な地形が欲しいな」
ため息をつきながら儂は言った。
「え、じゃあ投げる?」
アリシアの嬉しそうな言葉に領主たちが息を呑んだ。
「あ、職務放棄じゃなくて、彼を……ムラマサを投げるって意味です」
慌てて腰から刀の儂を取り出し、アリシアが弁明する。
「しかし、投げる……って?」
誤解が解けて安堵した、側仕えらしき男が訊く。
「文字通りです」
アリシアがそれはそれは楽しそうに笑った。
「ムラマサに、空から領土をちゃんと見てもらうんです」
毎度のことだが滅茶苦茶嫌だ。逃げ出したい。
「ハア~~~~」
「ほら、ため息つかないで!」
抜き身の刀を振り回しながらアリシアがなだめる。
「やめろ、酔う!」
ただでさえ刀の状態では身動きが取れないのだから、余計に目が回ってしょうがない。
村の外に出た領主らは、さらに離れた場所にいるアリシアと儂を遠巻きに眺めている。クレアとラルフは自らを安全柵代わりに彼らを守っている――という名目で自分たちの安全を確保している。
誰か代わってくれと思うのだが、こればかりは誰にも代われない。契約している儂とアリシアにしかできない芸当なのだ。
「んじゃー、そろそろ行きまーす!」
高らかにアリシアが宣言し、儂は存在しない腹に力を籠める。
「そー……」
刀を持った手を大きく後ろへ引き、下投げの構えを取る。
「れえー!!」
掛け声とともに、刀が振り上げられ、そのまま手を離れる。
ぶんぶんと空を裂き、回転しながら空高く――
怖え! 怖い怖い! 滅茶苦茶怖い!!
魔剣になってから、そしてアリシアに投げられるようになってから気付いたが、高いところが滅茶苦茶怖い! 無理! 目を閉じれないのが嫌! 開きっぱなしなのはわかっているがそれでも一瞬でいいから閉じさせてくれ!
天守閣に上り詰めた時も霊峰の頂まで登った時も大して怖くなかったのに! あれか? 地に足がついていないのが駄目なのか!?
見渡す限り地平線とかやめてくれ! うっすらと山脈が見えるが! あいつどんだけ高く飛ばしたんだ! 最近めきめきと腕を上げていないか!?
できるだけ遠くを見るように努めていたのに、不意に真下へ視線が移る。
怖いいいいいい!! 無理無理無理真下とか無理!! おいアリシアいつの間に儂と視覚を繋いだんだ!? そして主導権を握れるようになったんだ!? 森と草原と街道が織りなす幾何学模様は絶景だがこれから落ちるんだろう!? というか落ちているんだろう今!?
意識を手放したい! 無理なのは百も承知なんだがちょっとでいいから気絶させてくれ!!
ドン! と衝撃が走り、そのまま動かなくなる。
……………………。あ、落ちた? 刺さった? 地面に?
「おつかれー」
呆然自失の儂に、ひどく軽いねぎらいの声がかかる。深めに刺さったのか、刀を揺らしながら引き抜かれる。
「…………」
文句の一つでも言いたいところだったが、とりあえず地上に戻ってきた、そしてアリシアの手に戻って来た安心感から、儂は無言を貫いた。
「いつものことだけどさー、もうちょっと静かにできない? 集中できなかったんだけど」
「ヒトを空高く放り投げておいてよく言う……」
逆にアリシアが文句を言ってきたから、恨み節を返してやった。
不毛な言い合いが始まる前に話題を切り替える。
「それで? 何かわかったのか?」
「うん」
アリシアが頷く。
「やっぱり実際の景色を見ると違うね」
「そうか」
ならば話は早い。
アリシアが儂を連れて領主たちのもとへ戻り、改めて地図を広げてもらう。
「次に被害に遭うのはこの周辺」
筆がないから指で、アリシアがぐるりと北西の村を囲む。
「で、犯人は多分ここを使う」
とん、と指で押さえたのは地図上のある一点だった。
「一週間前後でまた犯人が動き出すと思うから、それまでに罠を張りに行きます」
「……よろしく頼む」
領主が頷く。
魔剣士が出てきた時点で、すでに人の手でどうにかなる領域ではなくなっている。
何かしらの法則にのっとっておこなわれる“特異殺人”は、犯人がたいてい正気を失っている。たとえ正気であったとしても倫理や道徳を捨てた者たちだ。まともな話し合いなんてできるわけがないし、下手に刺激すれば軍人であっても命の保証はない。
道を外れた者には、同じく道を外れた者をぶつけた方が被害は少ない。魔剣士――もっと言えば儂が駆り出されるには十分な理由だった。
クレアの操る馬にアリシアを乗せてもらい、儂らは北西の村へ急いだ。
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