授業が終わって大学の職員用カフェに一人でいたとき、携帯が鳴った。高橋からだった。

「速水が死んだ。突然死だそうだ」

 高橋と俺は急いで須田町にある速水の法律事務所に駆け込んだ。気落ちした所長が言った。

「君たちが速水くんのご友人かい? ご家族もいないし、誰に連絡すればいいのかわからなかったよ。速水くんの遺体は僕たちでなんとかするから…」

 速水は優秀な弁護士だったが、社会的に難があったのは独身だった点のみだ。仕事上の引継ぎは完璧だが、本人に事故か急病か何かがあった場合、代わりに連絡する人が不在で、三九歳の速水は遺書がなかった。独身ゲイ弁護士のくせに、死んだ後のことはどうするんだ? 葬式や墓、遺産はどうするんだ? まだまだ生き続けるつもりだったのか? 死んだ速水の謎は次々あらわれて俺たちを混乱させた。が、いっぽうで俺たちはつい黙ってしまったのだ。

 真冬の寒い夜だった。冷たい風が染みるように肌に鋭く刺さった。事務所からの帰り道、高橋がぽろっとつぶやいた。

「…俺、パートナーシップ制度使うか公正証書作成しようと思う。かなり迷ったよ。同性婚は日本ではまだまだ認められないし、アメリカの同性婚は、特にゲイ男性カップルでは互いに浮気しないと誓約するのが定番らしい。ヘテロの結婚と同じだよ。相手は俺より二十は若いし、うつ病が再発して、いまは無職。だけど俺にはすごく大事なパートナーなんだ。これからどうなるかわからんが、努力してみようと思う。契約したとたん、すぐ解除したりしてな。神田はどうなんだ?」

「俺は…たぶん平気だ。大丈夫かどうかは死んでみないとわからないし、死んだ後はどうだっていいと思うんだ俺は」

「そうか…それも人生の選択だと思うよ」

 俺たちは駅で別れた。酒を飲む気分じゃなかったからだ。まだ週の始めだし、飲めば必ず悪酔いすると思った。これまで一度も二日酔いをしなかった俺が、朝になってもまだ酒が残っている感じがして、俺も年をとったな、と痛感した。

 俺は四六だ。人生の半分が、もう過ぎてしまった。俺の人生は何の意味があるのか? 速水の急死を見て、正直そう思う。あまりにも早すぎる。死んだ速水の人生は、いったい何の価値があるのか? 残された家族たちだけに、その価値がわかるのだろう。

 俺の人生は無意味だ。


 息子が帰宅した。俺はなるべく平静を装うように努め、夕食の準備をして、息子と食べた。メニューは水餃子、鶏肉とカシューナッツのオイスター炒め、アボカドとブロッコリとコンビーフのサラダ、デザートは杏仁豆腐。

「神田さん、今日はずいぶんと静かだね」

「そうか?」

「そうだよ。何か変だ」

「実は、君に秘密にしていたことがあるんだ」

「何?」

「明日は君の十五歳の誕生日だろ? お祝いに学校は休んで、俺とドライブしないか? 行先はどこでもいい、宛てのない旅でも」

「本当? ドライブは好きだ、ありがとう、神田さん!」息子は俺に抱きついた。


 深夜、手紙を読み直していたとき、息子がドアをノックした。

「どうした? 眠れないのか?」

「日付が変わったよ。今日は僕の誕生日だ」

「おめでとうの催促が来たよ、せっかちな息子だなあ」

 俺が笑って手紙をしまうと、息子はすぐに指摘した。

「それ、誰の手紙?」

「君に関係ないよ」

「あててみようか? 本間先生の診断報告書だね?」

「君が書かせたって言うんだろ?」

「そうだよ。僕が先生に遺書を書かせた」

 息子は悪びれもせずそう言った。俺は息子のシャツを脱がせ、何度も叩かれた背中の傷をじっと見つめた。それは、翼をもがれたように無惨でグロテスクな傷痕だった。

「ようやく僕のこと、信じてくれたんだね…神田さん、僕のこと抱いてくれないんじゃないかって、ずっとずっと不安だった」わずかに、息子の肩が震えた。

「不安にさせて本当にすまなかった。どうか許してほしい」

 俺は指先で傷痕をなぞり、息子の身体を抱きしめて唇を首に押しつけた。

「お父さんて呼んでいい? それともパパがいい?」

 息子は俺の腕を両手でぎゅっと抱き締めながら肩を震わせた。腕に生暖かいものが垂れた。息子は泣いていた。俺は胸が切なくて苦しくなった。

「ああ、いいよ。お父さんでもパパでも何でも。俺を呼んでほしい、俺だけを…」

愛は、言葉や思いだけでは伝わらない。肉体的行為があり、熱く燃えたぎる血潮を肌と吐息で感じ、初めてお互いの愛がはっきり強く感じられるのだ。肌に触れずに魂には触れられない。

「パパ、パパ、大好きだよ…愛してる…愛してる」

「俺も愛してる」

 愛の告白は、声が震えたような気がした。こんなことは初めてだ。

「嘘。父さんに言ってよ」

「君も、お父さんも、本当に心から愛している。二人とも好きだ、心から愛してる…」

 俺たちは唇を吸い、息子の涙を舐めとった。俺は再び息子を抱きしめた。しなやかな息子の肢体は、すでに幾人にも抱かれ慣れている感じがして、俺の肌にしっとりと吸いついた。

「パパ、苦しい…ここが苦しいよ…助けて…」

息子の下着を脱がせると、息子のペニスははち切れんばかりに勃起していた。ピンク色の亀頭が顔を覗かせ、俺は桃色の顔にキスした。息子は俺の下着をずらし、唇と舌と指で、手練た売春夫よりも巧みに愛撫した。俺は気をやりそうになったが、息子のペニスを銜え、しゃぶり、睾丸や肛門を優しく愛撫した。

「ああっ、気持ちいい…パパ、すぐ出ちゃうよ」

「いくらでも出せばいい。出しても俺は続ける。からっからになるまでしゃぶり続ける」

 俺のペニスはすでにカウパー腺液が溢れていた。息子の脚を開いて挿入し、激しく腰を動かした。息子は俺の首にすがりつき、何度もキスして、すすり泣いた。俺は息子の乳首を舐め、吸いついた。腰を動かすたびに、息子は喘いだ。

「信じられない、パパのが僕に入っているなんて…ああっ」

 俺は息子を裏返して再び挿入し、息子のなかを何度も突いた。俺はベッドに座り、俺の膝の上に息子が座っている体位になった。息子の勃起したペニスを握り、扱いた。と同時に、俺のペニスは息子のなかを激しく突いた。俺のペニスが息子のペニスとなり、自分でオナニーしているみたいだった。

 息子と合体したまま位置を変え、四つん這いにした。俺は激しく腰を動かし、息子のペニスは握ったままだった。ペニスを抜き、息子の肛門に唾をつけ、思い切りフィスト・ファックした。息子はすかさず俺のペニスを握った。

「んああっ、気持ちいい、気持ちいいよぉ! パパ、いっぱい出して、僕のなかに! 種付けしてっ! お願いっ! 僕、孕んじゃうよぉっ!」

 その言葉が切なく響いた。腕を抜いた俺は改めて正上位で息子と合体した。息子の頬は薔薇色に染まり、わずかに覗いた亀頭はほのかな桃色だった。息子はとても感じているらしかった。俺のペニスを手で締めながら、何度も射精した。若いからか、射精してもすぐ勃起するのだった。

息子は身をよじり、すすり泣いて、最後は狂ったように泣き叫んだ。息子は体勢を変えて俺の顔にすがりつき、目と目が合った。息子の美しい顔が淫らで歪んだ顔になる瞬間を、俺は初めて見て、たまらないほど興奮した。俺は息子を凌辱したんだ。

「僕のいやらしい身体、何度でもいっちゃう…恥ずかしい…ああでも、すごく感じる! お願いやめないで! このままずっと感じさせて! お願い、お願いだよ…もっと感じさせて…! パパ、僕をもっと淫らにさせて…! 狂っちゃう、狂っちゃうよぉ…」

 俺が射精し、力が抜けたように息子の上にゆっくりと倒れた。息子は俺のくたびれた精液まみれのペニスを奇麗に舐めとり、脚を広げて舌で肛門を丁寧に愛撫した。

「指を挿れていいよ」

 息子は言われるままに指を挿れた。前立腺が刺激されて、また勃起しそうだ。

「うっ、ううっ…」

 遅濡だと思っていた俺は、息子の巧みなフェラチオですぐさま射精し、口で精液を受け止めた。果てた俺にディープキスをし、口移しで精液を含ませた。息子の唾液と精液と血の混じったものを、俺は喜んで飲んだ。

「僕も、挿れていい?」

「もちろん。来いよ」

 仰向けになった俺の肛門を押し広げ、亀頭にローションをつけた息子はペニスを挿入した。汗にまみれた息子のしなやかな身体はきらきらしていて、優しい眼差しで俺を見つめていた。それはまるで、あのときの、若いころの聰と肉体的交歓をしているようだった。

三〇年にわたる片思いは、やっと成就した。俺の胸は甘酸っぱい気持ちでいっぱいになり、思わず涙が出た。死なないでよかった、この年まで生きててよかった、いまの俺は本当に幸せだと、これ以上の幸せはないと、生まれて初めて思った。總と生き写しの聡、俺が本当に愛しているのは、二人だ。總が死ななければ、聡を養子にすることはなかった。いま俺の肛門のなかで息子のペニスが暴れている。俺は何度も精液を吐き出した。この上ない性的悦楽と背徳感、罪悪感が襲ってきたのは、その後だった。


 これが愛なのか? 本当にこれが、愛なのだろうか? 

 男たちの乱交は自己破壊的であり、破滅への渇望であり、自己愛的だった。それは誰のための愛なのか。自分だけの愛だ、ナルシシズムだ。一人称ではなく主格でもない、目的格でもない。それは斜格(obliqueness)のナルシシズムである、エゴイストである。男たちの愛は生殖能力がない。しかし、たとえばペスト、たとえばコレラ、たとえばスペイン風邪、たとえばポリオ、たとえば狂牛病、たとえばノロウイルス、たとえばMERS、たとえばSARS、たとえばコロナ、たとえばエヌポックスなど、ひとたび人的災害になると、みるみるうちに拡散し増殖する。この矛盾はいったいなんだろう。(見えない)共同体なんだろうか。死の共同体なのか。


 翌日は哀しいくらい快晴で、雲ひとつなかった。俺たちは行く宛もわからずBMWを飛ばした。信号機で待っているとき、息子が俺にキスをし、俺が応じて舌を絡めて唇を吸っていると、隣の車の運転手が口をあんぐりさせて驚いていた。それを見た俺たちはゲラゲラ笑った。これを「真冬の旅」と言っていいのだろうか。

 俺の車は誰よりも勢いよく走った。信号が赤から青に変わったとき、アクセルは直に車軸に伝わり、素早くタイヤを走らせた。俺たちはつねに一番早く走り、トップに躍り出た。単純だが、それが気分爽快だった。目の前には広く蒼い海があり、雄大な川があり、神聖な冠雪山があって、最後に俺たちは人気ない切り立った崖で止まった。俺は息子に手紙を渡した。

「これ、読んでいいの?」

「ああ。全部君のことが書いてある」


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